嘘と真実
「防御魔法仕込んできたぞ」
レオと会話を楽しんでいると部屋を出ていた時と同じように、ダルそうな雰囲気を醸し出しながらノックもなく勝手に入って来たルーク。
ハッとしソファーに座ったまま後ろを振り返り窓を見ると、すでに斜陽がさしていた。真っ赤な光の眩しさに思わず目を細めていると、ルークはここに来た時に座っていたソファーに何も言わずにどっかり座る。
「…お前、ノックをと何度言ったらわかるんだ…」
「あいつ、マジで防御魔法を習得する気がまるでない…おかげで基礎を叩き込むのに苦労した」
呆れた様子のレオの言葉を気にする事なくルークはため息をつく。
そういう彼はノックをするという常識を習得する気がまるで無いではないか。
レオが王様だと知った今、改めて二人の会話を聞くと余計に驚きと恐怖が湧き上がる。
人に訓練をつける前に自分が一般常識を学ぶべきではないだろうか…。
「マルクは防御魔法の重要性が理解できていないからな…にしてもよくこの短時間で基礎を叩き込めたな。どうやったんだ?」
「あいつに攻撃魔法を撃ち続けて、防御魔法を使わざる負えない状況にした」
苦笑しつつも何気ない様子で特訓の内容を聞くレオ。そんな彼に、ルークが発した言葉はとんでもない内容だった。
特訓内容を聞いたレオは、今までにないくらい深いため息をついて両手で顔を覆う。一方で私はあんぐりと口を開けたまま動く事が出来なかった。マルクという人の事は詳しくわからないが、攻撃し続けるなんていくらなんでもスパルタすぎない?
「…お前、仮にもこの国の第一王子にどんな指導しているんだ…ミーシャが見たら卒倒するぞ…」
「障壁をギリギリ壊せるくらいに魔力を調整したさ。万一当っても大怪我しない程度に手加減しているから大丈夫だ」
第一王子。
その言葉に横にいる私が青くなる。つまりマルクという人はレオの息子さんで
未来の王様だ。そのことをルークは理解しているのだろうか?
怖気で固まる私をよそに、ルークは何ともなさげな態度で空のまま机に置いてあったカップに魔法で水を入れる。そんな彼にレオは少し強めの視線を向けた。
「9歳の子供に手加減するのは当たり前だ」
9歳⁉︎
9歳と言ったらまだ小学生だ。そんな小さな子供にこの人は攻撃魔法を?それもこの国の王子だと知っていた上で?かけ離れすぎている常識に慄然とする。
いくら魔法に長けていたとしても、絶対に指導役に指名してはいけない人間だ。
「…まぁでも、100発近く受けさせても全く弱音を吐かなかった。さすがレオとミーシャの息子だ。なかなかいい根性しているな」
「…そうか?いや、俺もそうだとは思っていたんだ」
レオの強い視線は柔らかくなり、嬉しそうに笑みをこぼす。そんな彼に私は『そうじゃないでしょう!』と心の中で叫んだ。
この人は次期王子に100発も攻撃したのだ。いくら指導するよう頼まれていたとしても、普通なら罰せられてもおかしくないのではないだろうか?
それに話を聞く限り、ミーシャさんという人物はレオの奥様だ。マルクさんの事を全く知らない私が聞いても青ざめる光景。それなのに、もし母親が息子が攻撃を受けている姿を見たら…いや目撃した人から話を聞いたら、それを許したレオだって怒られるのではないだろうか?
なぜか満足そうなレオを何とも言えない目で見ていると、ルークはソファーから立ち上がり私とレオを交互に見る。
「大分時間を潰してしまった…俺たちはそろそろ帰る。それと、こいつのことだが、俺のメイドということにしておいてくれ」
「「メイド?」」
唐突なルークの提案にレオと私は首を傾げる。なぜメイドになる必要が…?
「俺が他人…しかも一応女と生活するのは目立つだろ。メイドなら一緒に生活しても、多少は許容される」
「いやお前がメイドを雇うだなんて…それこそ違和感がないか?」
一応という言葉にイラっとするが、私が抗議をする前に怪訝な表情をしたレオが口を開いた。
その言葉にルークは少し図星を突かれた顔をして、再び何か考え込む。何を考えているか知らないが、ロクな考えが出てこないのは容易に想像がついた。
「なら、こいつが森で倒れていたところを俺が助けた。そして、助けた恩返しとしてメイドとして働きたいと言うので雇うことにしたのなら違和感ないんじゃないか?」
「…あんたが人を助ける事がもう不自然だと思う」
「なんだと?」
こっそり呟いたつもりだったが、ルークには聞こえたらしい。レオに向けていた顔をこちらに向け、ギロッとにらむ。
だが『殺されるのでは?』という懸念がなくなった今、そんな表情で怯むほど私は可愛げのある女ではないし、そうでなくともここまで失礼を働かれたのだ。これまでの扱いを受けて我慢の限界を感じるのは恐らく私だけではないだろう。
怒りを込め、負けずにルークを睨み返すとレオが険悪な空気をかき消すように私たちに割って入ってくる。
「2人とも落ち着きなさい。香草さんの事は、私の来客ということで帰還の方法がわかるまで宮廷で過ごして貰うのはどうだろう?2人もその方が良いのではないか?」
「いや、それはダメだ」
願ってもない話だ。『ぜひお願いします』と即答しようとするがルークが私の言葉を遮るようにレオの提案を拒否してしまう。
どうして?彼だって私と生活したいわけではないはずだ。その証拠に首を振った彼は『本当は嫌だがな』と言いたげな苦い表情をしているのだ。
「どこの国の人間なのかもわからない謎の女を客としてもてなしているなんて知られたら、宮廷内の人間は不審に思うし、他国に知られたら怪しまれる。それに、もしもこいつが異世界から来た事が知られたらこいつの身の危険が出てくるかもしれない」
私の身と国の事を考えている発言が彼の口から出た事に驚く。
しかも、そんなまともな理由を言われたら、『嫌です』とも言いづらいではないか…
何も言えなくなってしまった私をレオはチラリと視線を向けた。
「そうかもしれないが、香草さんは望まないだろう」
望んではいない。でも、ルークの意見も一理ある。異世界から来ただなんて普通は笑い飛ばされそうだが、それでも国に保護されている人間がいるという噂はあまり良い結果を産まない気がした。
そんな事を気にせずわがままを言っても良い立場なのだろうが、私もレオをあまり困らせたくはない。
「………私も…王様のお世話になるのは……恐れ多いので…」
奥歯を噛み締めながら答える。
けれど、ルークがどんな表情をしているのか気になった私は、彼に気づかれないように視線を向ける。彼は、ほんの少しだけホッとしたような顔をしていた。
一方のレオは額に縦皺を作って私を見つめたまま動かない。
「だが、メイドという立場に置くなど…せめてお前が惚れて住まわせているとか…」
「「絶対にありえない」です」
そんな立場ならメイドの方が絶対にいい。
同時に否定し、同じタイミングで睨み合う私たちを見てレオはなぜかクスクスと笑い始めた。
そして笑いながら立ち上がると、ルークの肩をポンッと叩きながら私を見る。
「この国の女性は年齢問わずルークに憧れを抱くものばかりなのに、異世界の方には通用しないのか。ははっ、これは新鮮で面白い」
「…だいたい、惚れてって設定だがな…レオは俺を
笑い続けるレオにルークは私を睨むことをやめ、彼を横目で見ながら呆れた表情で言う。その言葉に強い違和感を覚える私。
ちょっと待て…少女?
「十数歳くらいの歳の差ならそこまで問題あるまい。たまにある話だろう」
「それは政略結婚の時だろう。それにその場合、女が成人するまで同居することはない。非常識だ」
戸惑う私を置き去りにして、何の違和感もない様子で会話を続ける2人。
それは、私が成人していないように見えているということだろうか?それとも、この国の成人年齢は高いのだろうか?
「非常識って…お前が…ぶっ…」
戸惑いから声を出せぬまま思考を巡らせていると、眉間に皺を寄せ否定するルークにレオは吹き出す。非常識という言葉をルークが使ったのがよほど面白かったのか、涙目になりながら笑い続けるレオと面白くなさそうな視線を向けつつも何も言わないルーク。
そんな2人の会話が落ち着いたところで私はおずおずと口を開く。
「…あの…お二人とも、私のこといくつだと思ってます?」
私の質問にレオは笑いを堪えながら、ルークは顔を顰めたまま、はっきりとした口調で言い切った。
「14くらいだろ?」
「いや、確かに幼く見えるが、しっかりしているから…16歳くらいじゃないかな?」
絶句する私。
元いた世界でも日本人は比較的若く見られたりする。でも流石にここまでではないだろう。私だって若く見られる事は多少なりとも嬉しさを感じるが、ここまで実年齢と違うと正直複雑な上、実年齢を言い出し辛い。
だがここまで大きな差を黙っていて、後で何かこじれても大変だ。
「…私、25歳なんですけど…」
私の発言に3人の時間が止まったかのような沈黙が流れた。ルークは無表情のまま固まり、王様は小さく微笑を浮かべたままピクリとも動かない。
そんな二人のあまりの反応に私は心の中で苦笑することしかできなかった。
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