正体と驚き


「はぁ…お前は本当に無茶をする」


これまでの経緯を聞いたレオは額に手を当て困り果てた様子でそう言った。

一方のルークはレオから視線を外したまま、ムッとした表情を浮かべ、まるでふてくされた子供の様な顔をする。



「…仕方がないだろ…時間がないんだ」

「だからって、召喚魔法でそんなあやふやな指定を…もし魔族だったら、魂ごと食われていたかもしれないぞ」

「呪いが解けるなら俺は構わない」


レオの言葉に表情ひとつ変えず即答するルークに私は驚く。よくわからないけど魂を食われるって死ぬって事じゃないの?



「あの…すみません。呪いというのは一体…?」


ルークが事の経緯を話している間ずっと黙っていたが、恐る恐る会話に入る。召喚された時も『呪い』と言っていたが、ルークは人から恨まれそうな性格だ。だから呪いの内容と原因にそこまで興味がなかったし、あまり深刻に捉えてもいなかった。

自分を犠牲にしてでも解きたい呪いとは何なのだろう?魂をとられるということが死を意味しているのであれば尚更疑問だ。

死んでしまったらそこでお終いなのに…



「…ルーク、何も話していないのか?」

「呪いを解く方法も知らない。魔法も使えない人間に何ができるって言うんだ?話しても無駄だ」


当然だと言わんばかりの表情でさらりというルーク。彼の言う通りだが、無理矢理ここに呼び出された上、役立たず扱い。腹立たしい気持ちが増しいい加減迷惑を被った事に対して謝罪の一つでも要求しようとしたが、一瞬だけ辛く悲しそうな顔を浮かべた彼を見てしまい、私は言葉を飲み込んだ。

よくわからないが、事態は私が想像しているよりはるかに深刻なようだった。



「とにかくだ。こいつを元の世界に戻す方法も見つけないといけなくなった。俺も呪いと並行して調べるが、魔術師第一の手を借りてもいいか?」


ルークの言葉にレオは口に手を当て、何かを考える素振りを見せる。そして、僅かに難しい顔をしたレオ。断られるかもしれないと不安に思いながら彼を見ていると不意にパチリと目が合う。



「…いいだろう。ただ、条件が1つある」

「なんだ?」

「異世界というものに興味がある。この子と2人ゆっくり話がしてみたい。そこでだ…私がこの子と話をしている間、ルークはマルクに魔法の講習をしてくれないか?」


突然の言葉にキョトンとする私。初対面の人と何を話していいかわからないしできれば遠慮したい所だが、私の意見など当然聞くこともなくルークは面倒くさそうに頭を掻きむしると仕方がないと言った様子で立ち上がる。



「あいつはその辺の子供より魔術に長けているだろう。俺が教える必要はないと思うが…」

「攻撃系はな。でも防御が全くなっていない。だから防御魔法を叩き込んでやってくれ。ルークの言う事ならマルクも素直に聞くだろう」

「…わかったよ。3時間くらいでいいか?」


レオが頷くのを確認するとルークは重い足取りで部屋を出て行ってしまう。

突然二人きりにされ緊張が増した私。気まずさから視線を泳がせていると、レオは優しい声で話を切り出した。



「突然こんな事を言ってすまないね。申し遅れたが、私はレオ・エルフィーネ。一応この国の王を勤めている。君の名前はなんというんだい?」


目が点になった気がした。今…彼はなんと言った?この国の…王?

優しい雰囲気の中にもどこか威厳があると思ったけど王様⁉︎想像もしていなかった言葉に私の頭は真っ白だ。ルークは王様にあんな口の聞き方をしていたの⁉︎



「もっ、申し遅れました。私、花園香草と申します。えっと、香草が名前です。先程は大変失礼な態度をっ…」


知らなかったとはいえ、王様の前で横になっていたなんて…。自分の行動を深く後悔しながら、勢いよく立ち上がり腰を90度に折る。

ルークもルークだ。そういう大切な事は最初に教えておいて欲しい。

王様に無礼な態度をとっていた恐ろしさと緊張で声が裏返ってしまったが、クスリと笑うレオの声が耳に届いた。



「香草さんか。そんなに緊張しなくていい。態度も改めないで先程のように接してくれて構わない」

「でも…」

「正直なところ私も堅苦しい形式は苦手でね…私の願いという形で聞き入れてもらえないだろうか?」


そんな風に言われてしまったら断るわけにはいかない。それに、王様に対する正しい言葉使いに自信もないので、私にとってもありがたい話だ。

おずおずと頷くと、レオは微笑みを崩さず先程まで私が座っていたソファーを手の平で示す。促されるままソファーに座り直すと彼は小さく咳払いをした後、真剣な表情で口火を切った。



「まずはルークが迷惑をかけたことを、お詫びしたい。本当に申し訳ない」


ソファーに座ったままだが、深々と頭を下げるレオ。その姿に私はソファーにおろした腰を再び上げる。



「頭を上げてください!王様が悪いわけでは…それよりも、本当に私が異世界から来たって信じてくださるのですか?」


普通なら信じられないだろう話だ。それなのに、私を疑う事もせずルークの代わりに自ら頭を下げているレオに私の方が戸惑ってしまう。



「正直な所、まだ驚いてはいるがね…確かに君はどこか不思議な雰囲気をしているし、何よりルークはそんな嘘をつくようなやつじゃない」


ゆっくりと頭を上げたレオは私を見て苦笑した。

そしてまるで手のかかる子供のことを話す親のような表情で口を開く。



「ルークは…魔法に関してはこの国一優秀なのだが、それ以外は全くというほどダメでね…あの様子だと香草さんにも失礼な態度ばかりとったのではないかい?」


レオの言葉に目を逸らす。彼の言う通り、失礼な態度ばかりとられた。

地図は投げて渡すし、頭から水をかけられる。それに荷物の様に担がれたあげくソファーに投げられた。大きく頷きたくなるが、親しみを含んだ目でルークについて話す彼に『はい。そうです』とは言いづらい。

言葉に詰まっていると、王様は困り眉を作って小さく息をつく。



「態度は悪いが、根は優しいやつなんだ…それに努力家で責任感が強い。今もこの国のために解呪の方法を必死になって探してくれている。そのせいで君には多大なご迷惑をおかけしてしまったわけだが…」


その言葉はレオには申し訳ないが一つも頷けなかった。あのルークが優しい?道端で困っている人間を見つけても平然と素通りしそうだ。

心の中で毒づいていると、レオは私から視線を逸らし膝の上で組んでいる両手をじっと見る。やがて、渋面を作ると独り言の様な言葉をポツリと呟いた。



「まさか…召喚魔法にまで手を出すとはな…」


苦渋に満ちた声。召喚魔法がこの世界でどういった扱いなのかは知らないが、あまり良い魔法ではないようだ。そんな魔法を使うほどルークは追い詰められているのだろうか?そうだとしても命の危険があった召喚魔法を使うなんて少しやりすぎだと思う。



「…あの、呪いってどんな呪いなんですか?魂を食われるって、死んでしまうってことですよね?死んでまで解きたい呪いって…」


あの様子だとルークは絶対に教えてくれなさそうだが、レオなら教えてくれるかもしれない。今までの会話から興味本位で聞いてはいけないのはわかっているが、やはり聞いておきたい。帰還の方法がわかるまでは私もこの世界で生活する事になる。今後の事はわからないがルークと関わる事は必然だ。何も知らぬまま彼と接するのは何かとても良くない気がした。

真っ直ぐと彼を見つめる私にレオは何かを見極めるかのような表情を向け、しばらく黙り込んだ後何かを決心したような表情で1人頷く。



「…そうだな迷惑をかけた君には話すべきか…だが、今から聞く話は内密にすると約束して欲しい」


怖いくらい真剣な表情で問いかけてきたレオの表情に一瞬たじろぐが、私は無言で頷く。それを確認した彼は私に頷き返すと重そうな口をゆっくりと口を開いた。

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