移動魔法とトラウマ

「ううっ…ぎもぢわるい」

「自業自得だろ」


あの後、レオという人の元へ魔法で向かうことになった私たち。魔法が使えない私は当然ルークの魔法を頼ることになるのだが…。



「…だって…あなたに…抱えられる…なんて…嫌」


魔法で移動する前の事。突然彼はなんの断りもなく私を抱き抱えようとしたのだ。突然の行動に全力で暴れた私。

移動魔法は空間が歪み立っている感覚がわからなくなるため、慣れていない人は酔う。だからなるべく支えを失わない様な体制がいいのだとルークは面倒そうに説明してくれたのだが、それにしてもな格好だ。

理由を聞いた後も私は首を横に振り続け、一悶着。

埒が明かずお互い妥協して…いやルークを妥協させたのが、ルークと手を繋いだ状態での移動。

この方法だと絶対に酔うと彼は声を荒げていたが、私は譲らなかった。好感が持てる男性だとしても子供のように抱き抱えられるなんて嫌なのに、相手は好感を持つことができそうにないルーク。過度な触れ合いは断固拒否したい。

そう思っていたが、異動魔法を体験した今、口に手を当てながらその決断にほんの少しだけ後悔をした。

酷くてもバス酔いくらいだろうと甘く見ていたのだが、実際は二日酔いのような激しい吐き気。そして、天地がふわふわとし、体全体がぐるぐる回っているような症状が治らず、立つことすらままならない。

ルークの家の木の床とは違い、ふわふわとした絨毯が引かれた床に両手両足をつけた状態で、吐き気を堪えている私にルークは大きなため息をついた。



「こうなるのが面倒くさいからあれだけ忠告したんだ。自分で歩けないのであれば帰りは大人しくいうことを聞くんだな」


呆れた口調で言い捨てるとルークは動けない私の腹部に手を回し、そのまま持ち上げ荷物のように自分の小脇に抱え歩き出す。お腹を中心に上半身と下半身を折るような体制に私の不快感は増すが、吐き気と自業自得とも言えなくもない結果から文句も言えない。

顔を歪ませる私の様子など気遣う事なくツカツカと歩く彼。揺れる視界に目を開けている事すら辛くて、目を閉じ彼に運ばれるままになっていると、ガチャリと扉が開く音がした。



「レオはいるか?」

「ルーク。いくら移動魔法を探知できるからと言っても、ノックくらいしろといつも……って何だその子は⁉︎」


小脇に抱えられているため、薄目を開けても視界には床と何かの家具の足くらいしか映らない。しかし耳に届いた渋い声から部屋にいるのは男性だということはわかった。



「この時間にここに来るやつは滅多にいないじゃないか」


驚きの声をあげている男性の様子など気せず、あっけらかんとしているルーク。ここがどこだかわからないが、ノック以前に勝手に家の中に入っているのだから本当に常識がない。

突っ込みたい事は多々あるが、頭が下になる体制が追い討ちをかけているせいで私の吐き気はそろそろ限界に達しそうだ。

けれど狭い視界で見えるのは豪華そうな絨毯。そんな綺麗な絨毯に…いや、見ず知らずの人の家で吐くなんてことは絶対に避けなければならないだろう…。



「そんなことよりその女性は何なのだ?…行き倒れ?」

「まぁ…そんなもんだ。移動魔法で酔ったらしい」


はぁ⁉︎っと言いてやりたかったが何も言えないのがもどかしい。誰が行き倒れだ。あんたが無理やりここに呼んだくせに!

心の中で抗議しているとルークではない声のため息が私の耳に届いた。



「…聞きたいことは山ほどあるが……とりあえずその子をソファーで休ませてあげなさい」

「あぁ、それもそうだな」


ルークは、男性に言われるまで思いもつかなかったという口ぶりで私を運ぶ。ようやくこの体制から解放されると安堵しかけた時、突然私の体が支えを失い宙に浮く。



「キャァ!」


驚きから反射的に声を上げると同時に、柔らかい何かが私の体を優しく受け止める。それは大人3人がゆったり腰掛けられそうな大きなソファーだった。

ふかふかのソファーの上でゆっくりと体を起こしながら、まるで荷物の様にポンっと投げられた事実に私は驚く。彼に気遣いとか優しさという概念はないのだろうか?

人の扱いとは思えない行為に、もはや怒るどころか驚くことしかできなくて、上半身を半分くらい起こしたままの体制で、ソファーの座面を呆然と見つめる。



「…君、大丈夫かい?」


突然の声にハッとして声をかけられた方向を見ると、身なりのきちんと整った男性が困惑した顔でこちらの様子を伺っていた。

短髪で金色に近い茶髪とそれと同じ色の立派な髭に緑色の瞳。ルークよりもだいぶ年上に見える男性は落ち着きがあり威厳のある雰囲気を帯びている。この人がレオという人なのだろうか?



「大…丈夫…です…それより…すみま…せん」


声を出すと驚きで忘れかけていた吐き気がぶり返し、私はもう一度口元を手で押さえた。ここに来て初めて会うまともそうな人。本当はきちんと挨拶を行いたいが、今は会話もやっとだ。

男性はそんな私の肩に自分の着ていた立派なマントをかけてくれると私を安心させるように優しい微笑みを見せる。



「少し横になって休むと良い。今メイドに気付け作用のある茶を持って来させよう」

「ありがとう…ございます…」


印象通りルークとは全然違う紳士的な対応。色々限界だった私はお言葉に甘えて横になることにした。ソファーの端に座り直し、上半身だけ横になり目を閉じる。

絨毯と同じく上等そうなソファーはしっかりと私の体を受け止めフカフカのクッションで包み込んでくれた。心地よい感覚に僅かに目眩が緩和されていく。

そのまま横になり目を閉じていると、しばらくしてノックの音が部屋に響いた。



「入れ」

「失礼いたします」


男性の言葉に女性の声が帰ってくる。横になったままだと失礼なのでゆっくりと体を起こすと、長袖の白いシャツに黒いベスト、そして足首まで隠すくらいの長いスカートを美しく着こなした女性がトレーを手にしながら私たちのテーブルに近づいてきた。



「お飲み物をお持ちいたしました」


そう言ってニッコリ微笑み、優雅な動きで私たちの前にカップを置いていく女性。

2人の前にはルークの家でもらった黒草茶のようなものを、私の前には紅茶のような色をした液体が入っているティーカップを出し、最後に女性はもう一度軽く一礼をした。



「ありがとうございます」


お礼を言うと顔を上げた女性は艶然と微笑み、美しい動きで部屋を出て行った。

同性目線からしてもモデルのように美人な女性に釘付けになっていた視線を戻すともうすでにカップを口にしている2人。

そんな2人に習うように気付け作用があるというお茶を口にすると、すっきりとした味が口の中に広がった。どことなくミントティーに似ている味に、横になっていても続いていた吐き気が少しずつ和らいでいく。



「どうかね?少しは気分が良くなったかい?」

「はい。お茶をいただいたら、少し良くなりました。ありがとうございます」


心配そうな表情を浮かべている男性に、僅かに口角を上げ告げると彼は優しい笑みを返してくれる。

心までもが落ち着いていくような笑顔に少し安堵した私は、改めて連れてこられた部屋を見渡した。まるで貴族の屋敷のような豪華なアンティーク家具に囲まれたきらびやかな部屋。異世界から来た私でも、お金持ちの家なのだろうと想像できる部屋は庶民の私には若干居心地が悪い。



(本当に吐かなくてよかった…)


ルークの家とは正反対な雰囲気だけれど、断りもなく家に入るくらいなのだからここは彼の実家だろうか?だとすれば、目の前の男性はルークのお父さんという可能性が高い。

私は真相を確かめようと男性に視線を戻し声をかけようとするが、すぐに口をつぐんだ。

男性が何食わぬ顔でお茶を飲んでいるルークを、私に向けていた視線と全く違う…怒りを含んだ視線で見ていたからだ。



「ルーク、状況を説明しなさい」


あまりの気迫に私が見られているわけでもないのに、背筋が伸びる。さっきとは別人みたいな表情にルークも一瞬たじろいだ様子を見せると、渋々と言った感じで今までの経緯を話し始めた。

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