第25章 最初で最後の全国大会
不良達が退学処分となり構内は平和になった。
それと同時にいつのまにか反不良同盟も解散したが、せっかく覚えた空手だけは浩太はやめずに続けた。
学校でも空手部に入部してそれまで毎年地区予選敗退のチームだったが浩太3年生、最後の大会で見事に地区優勝を勝ち取った。
そして全国大会当日、たくさんの人達が応援に駆けつけてくれた。
お父さん、お母さん、新田竜司、後藤俊平、新田純一の反不良同盟のメンバー。
そして空手の師匠、校長先生、クラスの皆、反不良同盟を通じて知り合った沢山の友達、浩太を応援する声援の多さに浩太自身少々驚いた。
「かかしさん、僕の事こんなにも応援してくれる人がいたんだね。
ほんの少しまで友達一人いなかったのにとても不思議な感じがするよ。
でも、こんなに応援が多かったら、なんだか緊張してきたよ」
「そうだな、浩太の応援に来た人、たしかに多いな。
これじゃ緊張どころか、プレッシャーもかかるな。
でも浩太は本番に強いから大丈夫だろう」
「うん、それが今回は一回戦の相手が悪いよ。
いきなり昨年の優勝者だよ。
緊張どころか、手足が震えているよ。」
「そうか、でも今は集中力を高める事だけ考えよう。
ん、だれか、呼んでいる様だぞ」
「浩太、浩太」
どうやら道場の師匠の様である。
「浩太ここにいたか。
どうやら一回戦は去年の優勝者のようだ。
運が悪いようだが考え方を変えればこれが決勝戦みたいなものだ。
ここで勝てれば、優勝が見えてくるってものだ。
もし負けても前回の優勝者だ。
なにも恥ずかしくはない。
どうした?
緊張しているのか?」
「はい、緊張というより、妙な震えがくるんです」
「怖いのか?」
「怖いというよりなにかうずうずして、ときどきぶるぶるって震えるのです」
師匠は豪快に笑いながら答えた。
「がはは、それは頼もしい。
武者震いって奴だ。
試合を早くしたくてたまらない時になるんだ。
なあに、心配ないドンと構えていろ。
練習どうりにやれば大丈夫。
呼び出しがかかったようだ。
気合いいれていけ」
「はい」
浩太は自分の頬を強めに2回たたくと、案内係りに連れられて、長い廊下をぬけていった。
そしてすこし大きめの広いフロワーへと出てきた。
青く塗られた枠の中に入り相手と向かい合うと、相手の身長が浩太の身長より5センチほど高く、それだけの身長差でもなんだかとても大きく感じた。
いつものように目を閉じて、大きく深呼吸してみるとやっと気持ちが落ち着いてきた。
審判の始めの合図で目を見開いて相手を見ると、まるでこちらの心と動きを探るかの様に様子をうかがっている。
さすが、去年の優勝者だ。
こちらの付け入る隙が全くかんじられない。
このまま睨みあっていても、らちがあかない。
浩太はリズムよく軽くステップ踏みながら少しずつ間合いを詰めていったが、いったいどこをどう攻めればいいか全くその先が読めない。
いきなり攻めたのでは逆にその力を利用して一本取られそうなのだ。
「もっと積極的に」
審判の指導がはいった。
このままでは、二人共失格となる。
とりあえず浩太は軽くジャブを打つ程度に正拳を突いて相手の反応をみてみた。
その時なぜか相手はそれを嫌がるそぶりをしながら少しずつ後ろに下がっていった。
どうやら相手もこちらの動きが読めていないらしい。
コーナーぎりぎりまで追いこんで更に間合いを詰めたら、相手が境界線を越えてしまった。
そして中央にもどって仕切り直しである。
「始め」
審判の合図がかかった。
相手はさっきと同じように攻撃してこようとはしない。
もう一度間合いをつめると、また同じ様に間合いを詰めた分相手は下がっていく。
浩太は相手が弱腰だと判断して、コーナーぎりぎりまで追いこんだ。
すると相手はまずいと思ったのか境界線にそって逃げようとする気配が感じられた。
その時、一瞬相手は自分の立ち位置を確認するため、浩太から目を放した。
浩太は攻撃するなら相手が目をそらした今しかない。
そう直感的に感じ、すかさず大きく周り込み、素早く踏み込み力のかぎり腕を振り出して相手のへそ当たりに拳を深く突き入れた。
「一本」
審判の声が場内中に響きわたった。
浩太は左横腹に瞬間的に痛みが走った。
旗は相手側の旗があがった。
同時に、歓声と、残念そうな声と二通り場内割れんばかりに響き渡った。
一瞬何が起こったのかわからなっかた。
そう、相手はわざと隙をみせたと装い、こちらの動きに合わせて仕掛けてきたのだ。
こちらの腕が伸びきったその瞬間、わずかだが動きが止まる。
そのわずかな隙を狙って、左手で防御しながら、右中段蹴りを放ってきたのだ。
見事なまでの技の入り方だった。
再び中央に戻され、静寂のなか、審判の声だけが響きわたった。
「始め」
浩太は先ほどの見事なまでの、技の決まりで、すこし焦ったのか今度はもっと激しく積極的に攻めてみた。
でも、ことごとくこちらの技が防御された。
まるでこちらの繰り出す技が見えているとしか思えない鉄壁な防御だ。
瞬間、瞬間で、相手の隙が見え、技を繰り出すがいまいち、決まり手に届かないでいると、
浩太は一瞬バランスを崩し、
「一本」
またもや横腹に痛みを感じ、相手の旗が上がった。
ようやくそこで、相手の戦法に気付いた。
わざと、相手に攻めさせ、ほんの少しの隙を狙って確実に仕留めるという戦法のようだ。
これで、もう後がない。
どう攻めてよいのか、全く読めもしない。
「始め」
戦法を考える暇もなく、審判の声が響きわたった。
これで一本取られればおわりだ。
今度は、今までとは、うってかわってこちらに攻撃する暇がないくらい、連続でいろんな技を相手が仕掛けてくる。
一連の技の中で上段に蹴りが入ってきた。
なんとかその蹴りを振り払うことができたと思ったその瞬間、ほんの一瞬相手がバランスをくずしたので、右正拳突きと左上段蹴りを、力いっぱい連続で入れてみた。
「一本」
今度はどこにも痛みは感じない。
ゆっくりと顔を上げて見ると今度は、浩太の旗が上がっていた。
こちらの応援席から、割れんばかりの歓声が上がった。
「始め」
相手を見てみると肩と腕がさがり、息が上がっているようだ。
3ラウンド目で、こちらを仕留めるため体力を使いすぎたようだ。
案の定相手はこちらの動きに、ついてこれずやっとの事で防御しているようだ。
今度はこちらの中段段蹴りが気持ち良い位に上手く入ってくれた。
「一本」
これで互いに2本ずつの勝ち星で最後のラウンドだ。
「始め」
相手は疲れている、いける。
浩太はそう思い、速攻で技を仕掛けた。
しかし、浩太自身もかなり疲れている。
浩太の動きが一瞬鈍りそこを突かれ相手の猛攻がはじまった。
防御するだけで精一杯だ。
そのとき、一粒の汗が額から流れ、目の中に流れこんできた。
浩太の両腕は防御をするのに精一杯で汗を拭う余裕など全くない。
一瞬視界が途切れ正拳と蹴りが連続で飛んできた。
今度という今度は、よけきれなかった。
「一本」
相手の旗があがった。
両陣営から二人を称える声援と拍手が響きわたった。
試合が終わると相手の少年は小さく息を整ながら浩太にちかずいてきて、握手を求めてきた。
浩太もそれに応えるように右手を差し出した。
すると相手の少年は一度大きく深呼吸して息を整えて話し始めた。
「君だね、今井 浩太君って、会えて嬉しいよ」
この少年がなぜ浩太自身のことを知っているのか不思議に思い問いかけた。
「なぜ、僕の名を?」
相手の少年はさも当たり前というような顔をしながら答えた。
「君は、反不良同盟という組織を自ら作り、いじめっ子の不良たちを学校から追い出したという事で、関東中の学校で有名な話だよ」
浩太は照れながら、
「いや、それは違うよ。
いろんな人達が僕を助けてくれたから、その結果だよ。
みんなのお陰で今の自分があるんだ」
「君ってきっといい奴なんだね、だから色んな人が助けてくれたのだろう。
それにしてもなかなか強かったね。
今回はかろうじて僕が勝ったけど、もし負けてたら君は確実に優勝候補の一人になっていたと思うよ。
また何処かで拳をまじ合わせたいね。」
そう言うと、浩太の手を優しく握り返し乱れた道着と帯を整えながら、控室へと戻っていった。
こうして最初で最後の全国大会の晴れ舞台という洗礼が終わった。
次回、第26章 別れ
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