騒がしい仲間達と共に

 支度して部屋を出る前に、ミリカは振り返り、改めてユリナに問うた。


「ええっと、もう一度聞くけど、本当にそれしか無いの?」


 でかでかと魚型の魔物の絵が描かれたTシャツに、ダボっとした枯草色のズボン。履き古した運動靴に、ポケットがたくさん付いた無骨なショルダーバッグ。ベルトが谷間に食い込んでいるのも悩ましい。


「ええ。……この服が何か問題?」


 しかしミリカは冷静に「なるほどね」と顎に手を当て、思案した。


 器量良し。頭も良し。剣の腕は随一。


 でも大食いで私服はダサいというギャップ持ち。


 完璧というわけではなく、チラリと見えた欠点にクラッときて、この純真無垢な「何か問題?」の破壊力によってノックアウトされるという寸法。しかも本人は無自覚ときた。


(ま、まぁ、ユリナの魅力はともかくとして)


 これから街へ出るのなら幾分かマシな格好をさせる必要があるが……私服のセンスなど人それぞれか。しかし、新たな世界を広めてあげるというのも友達としての重要な役割ではないだろうか。


「よし、まずは服屋だ!」


 快晴の青空に、土の香り漂う春の朝。


 日々のお勤めから解放された人々で賑わう商店街。


 若者にも手が出しやすい廉価な服飾店に入り、ユリナを着せ替え人形にして遊んだ。


「これも、これも……これもいいね!ユリナは可愛いから何着ても似合っちゃうんだよなぁ。廊下ですれ違う男子がみんなユリナのこと振り向くんだよ、気付いてないでしょう?私なんて美人と並ぶとまるで雑巾みたい。よし決めた!これにしよう」


 困惑して口を開きかけるユリナを全て遮り、全面的にミリカの好みが反映された服装で店を出た。


 袖が膨らんだ白いブラウスに、薄茶色のジャンパースカート。袖口がリボンでキュッと締まっているのがポイントだ。陶器のような白い肌の彼女にピッタリの清楚な組み合わせ。我ながら天才的なセンス。


「スカートなんて、かなり久しぶりに履いたわ」


「すごく似合ってるよ、天使みたい」


 大げさな称賛を受けて、ユリナはぎこちなくスカートの裾を持ち上げてみたりした。例に違わず無表情だが、いつものじとっとした目ではなく、未知のものに遭遇して興味津々な様子。機嫌が良さそうで、こちらまで嬉しくなった。


 そのまま中央区をあれこれ散策し、カフェレストランで昼食をとる。


 煮込んだ鶏肉と混ぜ合わせたライスの上に、アンチョビとチーズのクリームソースがかかった定番のランチメニューを頼んだ。ユリナはチーズオムレツにクリームコロッケとフィッシュスープをそれぞれ3人前、パンとライスを追加で3人前。我が耳を疑った店員さんが何度か聞き返し、ペンを取り落としそうになっていた。


「美味しい!看板を見て直感で入ってみたけど、当たりだったね」


「そうね。学園の食堂より美味しい店なんて無いと思っていたけど、ここは好き。それにこのスープは、私の故郷の料理に似てる」


「へぇ、ストレア大国のご飯ってこんな感じなんだ」


「とても寒い国だから、暖かいスープとか煮込み料理が多かったわ。このスープも小さい頃に母がよく作ってくれた」


「その……ユリナのお母さんやお父さんっていうのは、今は」


「? 生きてるわよ」


「あ、良かった。勝手に変な想像しちゃってた、ごめん」


「いいえ、私もあまり人に話さないからよく誤解されるわ」


「ユリナの家族って、どんな人達なの?」


「母はとても明るくて、私とは正反対の人。父は寡黙で滅多に喋らない。私は父に似たのね。兄は母に似てるけど」


「お兄さんがいるんだ!?」


「ええ、兄は騎士団員。よく一緒に剣の練習をしていた」


 いつもよりユリナの口数が多くて嬉しかった。普段なら話さないような事も聞かせてくれる。


「でも家族のみんなは心配してるでしょうね。娘が国を追放だなんて。一緒にレイ王国へ来なかったの?」


「私が、来なくていいって言ったのよ。心配をかけたくなかったから。それに兄も父も騎士団の上層階級で、ルビアンからは離れられないの。母だけは一緒にストレアを出るって言ってくれたけど、それも断った」


「優しいお母さん。いつか国に帰れるといいね」


「どうかしら」


「帰れるよ。家族を残してきてるんだもの。ストレアもそこまで鬼じゃないでしょ。帰れる。うん。ユリナがいつか、胸を張って故郷に帰れる事を願ってる」


「ありがとう」


 料理の美味しさも然る事ながら、ユリナと話しながら飲む食後の珈琲はとても美味しく、それは驚くほど穏やかな時間だった。


 話した内容といえば目の前の料理の話題から始まり、天気、服、街や店の事、学校の事、授業、ギルド、お薦めの依頼や、今の時期に狩ると稼げる魔物の情報まで。


 Aクラスのサブリーダーであるユリナは色々と雑務で忙しく、学園では常に一緒というわけにはいかなかった。が、その一週間を十二分に埋め尽くす程の時間を過ごせた上、「服を買ってくれたから」といって昼食代まで奢ってくれた。ミリカとしては、彼女と一緒にいられるだけで楽しいのだから全然気にする事なんかないのに、その気持ちがとても嬉しく、ことさら上機嫌になり、スキップをしそうな足取りで店を出た。


 そして今は、図書館に行きたいとの彼女らしい希望に2つ返事で、2人は国立図書館へ来ている。ミリカも、どれくらいの規模なのかを一度見てみたかったから丁度良い。


 地上三階、地下二階。エントランスは三階まで吹き抜けで、見上げるとまるで本の段畑のように、規則正しく並べられた本棚がこちらを見下ろす。


 みっしり詰まった紙の質感が空間に漂い、利用者達の声量を抑えた話し声が、知識の海に埋もれるかのように吸い込まれて行く。


 ミリカはステンドグラス貼りのドーム天井に呆気を取られて転びそうになってからは上を見る事をやめ、『古代ルーネ保管庫』と『魔導書回廊』を通り抜けた先にある広い自習スペースの一角にあるテーブルに荷物を置いた。


 本探しはそれぞれ別行動。ユリナは難しそうな専門書や剣術指南書のコーナーへ行っているようだが、さて、自分はといえば……あまり本を読む習慣がない。予ねてより調べたいと思っていた分野の本を一冊取ってはみたが、それ以外は無難に参考書でも借りてテスト勉強をしておけばいいだろうか。そう思って眺めていた本棚は背板がなく、向こう側が見える仕様になっていた。


「……ん?」


 谷間が見える。


 ガッツリと胸元の開いた服を着たお姉さんが向こう側にいて、身長が高くて胸しか見えない。まるで谷間が窓から覗いているように見えた。男子だったら鼻血を出して倒れていたかもしれない。


「シェーネル?」


 声を掛けると、お姉さんは少しかがんでこちらを覗いた。


「ん?……あら」


「やっぱり!」


 ミリカは反対側に回った。


「やっほー!こんなところで会うなんて」


「よく私だって分かったわね」


「うん。おっぱいで分かった」


「……。」


「ねぇ、一人?私はユリナと一緒に来てたんだけど」


「こっちも一人じゃないわよ」


 シェーネルが指差した方向を視線で辿って行くと、6人がけの自習テーブルで突っ伏して昼寝をするセラカと、慎ましく勉強に勤しんでいるマリの姿があった。


「おおっ!」


 そこからは一気に賑やかになった。


 思えば時期はテスト前。自習エリアを見渡せば学生だらけで、友人同士で集まり、相談し合いながらも試験対策に精を出している。


 静粛が求められる図書館とはいえ、それさえも禁止してしまうのは青春に水を差すというもの。ミリカ達も迷惑にならない声量で勉強の合間に閑話を挟んでいた。


「へぇー、ミリカちゃんは理数系が苦手なんだ?」


 マリのノートには、丸っこくて可愛い文字で難題の要点が綺麗にまとめられている。


「そう。みんなが普通に解いてる計算式も、私にとっては超難解な暗号にしか見えないよ」


「あたしもあたしも!ていうか、計算だけじゃなくて普通の文字すら読めない時あるし!あはは」


「「シーっ!」」


 セラカの席には何もない。そもそも彼女が図書館にいる事自体が異質なのだが、本人にとっては昼寝が出来てシェーネルが側にいるなら何処でもいいらしい。


「この先4年もあるのに、今からそんなんで大丈夫なの?」


「散々授業サボってたお前も人のこと言えねーじゃん」


「私は頭の出来が違うのよ」


 自己肯定感満ち溢れるシェーネルに、リオはげんなりした様子。


「私も理数系は苦手だよ~。ちょっとミリカちゃんに親近感」


「うっそだ~!マリちゃんが成績良いのは知ってるんだから」


「そ、そんな事!」


「こいつは入学試験で、271人中5位だったんだぜ」


「も、もうリオ君ったら!恥ずかしいよぅ」


「5位って!!」


 何故リオまでここにいるのかというと、窓の外を見た時に図書館のまわりを歩いていた彼を偶然見つけて、みんなで無理矢理連れてきたからである。最初こそ顔を真っ赤にして必死の抵抗を見せていたが、何だかんだで女子5人にすっかり馴染んでいた。


「すごいよ、5位!ユリナも2位だったって言ってたし、リオも意外と頭良いし、やっぱり生徒会は優秀な人だらけだ!」


「意外とって何だよ!」


「そうでもないわ、セラカ一人のせいで全体の平均点数がガクッと落ちてるはずよ」


 シェーネルに言われ、全員の視線を受けてもセラカはへらへらと笑うばかり。


「でも、セラカちゃんは実戦ですごく強いから!」


「そういえば実戦テストもあるんだよね~。セラカは何位だったの?」


「え、順位?えーっと何位だったっけ?覚えてないかも」


「もうセラカちゃんったら!一位だよ!筆記は最下位だったのに、実戦一位で特別に入学できたんだよ!」


 マリが自分の事のようにはしゃいでいる。共に前過程を過ごした仲間と、再び学園生活を送れる事を何よりも幸せに思っているのだろう。


「す、すごーい!」


「だははッ!キョウシュクでーす!!」


「「しーッ!!」」


「セラカは自分の強さに驕らないし、順位に無頓着よね」


「誰かさんとは正反対だな」


 どこからか落ちてきた氷塊が頭に直撃し、悶絶するリオをマリがあたふたしながら介抱する。


 シェーネルの氷の鉄槌もそろそろ見慣れてきたミリカはそれをスルー。


「ユリナは何位だったの?」


「6位」


「おおっ、シェーネルは?」


「4位よ。ふふん」


「おおーっ、マリちゃんは?実戦どうだった?」


「わ、私は……すごく低かった」


 マリは耳をしゅんと萎れさせた。


「痛てて……この学園にテストなんて無意味なんだよ。聖職者クレリックに大事なのは、いかに味方を死なせずに守り抜けるか、だろ?」


「私は誰のことも守れないよ、この間はユリナちゃんに怪我をさせちゃったし……」


「またそれかよー」


 ミリカも内心で溜息をついていた。謙虚は良い事だが、何事も行き過ぎれば障害となる。


 利他的で賢く、心優しいマリは誰からも好かれているはず。その自信の無さというのは、やはり彼女が獣人族で、被差別的な人生を送ってきた事に由来するのだろうか。


 折角、このレイ王国で様々な人と触れ合える環境に身を置いているのだ。彼女にはどんなしがらみも無い新たな礎を、心に築いてほしいと思った。


「マリ」


 ここでユリナがはじめて自分から口を開く。数日前もマリに対して何か言いかけていたのだが、ミリカが遮ってしまったのだ。


「私はどこかで自分を粗末にしている節があって、昨日はそれでミリカに怒られたわ。でも、私が敵に立ち向かって行けるのは、貴方を信頼しているからでもあるの」


「えっ?」


 獣耳がピクッと反応した。


「親に内緒で可愛がっていた子犬がいなくなって、誰にも相談できない子供の、なけなしのお小遣い。たった300Gの依頼なんて誰も見向きもしない。でも貴方だけはそれを引き受けて、毎日、懸命に子犬を探していた」


 皆がへぇー、という顔をする。あの少なすぎる報酬にはミリカも『ん?』と思ったのだが、そういう背景があるとは知らなかった。


 もっとマシな依頼を、と彼女を責めていたリオは、バツが悪そうに頬を掻く。


「困っている人には必ず手を差し伸べる。そんなマリになら、自分の命を預けてもいいと思ったの。だから一度や二度の失敗で自分を責めて欲しくない。失敗を次に活かして一緒に成長していきたい……同じチームだから」


「ユリナちゃん……」


 こういう時、実はユリナこそが一番、仲間の事をよく見て、よく知っているのだと感じる。


 寡黙で淡白。けれど相手をよく見ている。良いところを見つけ、それを自分の言葉で正直に伝えられる。


 冷徹さの中にある、全てを見通す光。


 誰よりも真摯で真っ直ぐな、この目がミリカは好きなのだ。


「ありがとうユリナちゃん……ありがとう……私、頑張るから……」


 感極まって涙するマリに、まわりからの微笑ましい視線を感じる。


「お前ほんっと泣き虫だな。イオの冷静さを見習えよ」


「それからリオも、私を呼ぶ時は下の名前でいいわ」


「えっ……お、おう」


 思わぬ申し出にどぎまぎする。今度はリオが茶化される番だった。


「なーに顔赤くしてんのよ」


「う、うるさいな!ほっとけ」


「かーっ!いいねぇ!あたしにも分けてよその青春を!!」


「ふふっ、リオ君かわいい」


 互いに気を許して戯れる様子からは、前過程から一緒だった4人の慣れ親しんだ間柄が見て取れる。


 隣にいるユリナは柔らかい表情でその光景を眺めていた。そして、ごく自然に自分達もその輪に加わっている事に気付き、ミリカにはいつ間にか6人がひとつになっているように思えた。


「ねぇねぇ。やっぱり私達って、いいチームになれると思うんだよね!」


 立ち上がったミリカに5人が注目する。


「それぞれ事情はあるかもしれないけど、何だかんだでみんな仲間想いだし、何よりみんなと一緒にいると楽しい!私達が力を合わせれば最強だよ!あ、その中に私も入ってたら嬉しいなって思うんだけど……私もみんなと一緒にいていい……?」


 それぞれがポカンとした表情で見つめてくる。また変なことを言ってしまっただろうか。やはり、パッと出の転入生なんて受け入れられないか。


 5人が顔を見合わせている間、どんどん不安になり、思わず立っていた事まで恥ずかしくなって座ろうとした時だった。


 クスッとマリが笑い、それにつられてセラカやリオも吹き出した。


「何だよ、図々しいと思えば急に謙虚になったり、変なやつ。言っただろ?俺はお前やユリナなら同じ生徒会にいても嫌じゃないって」


「今まで散々首突っ込んできて、どの口が言ってるんだか。この私にあれだけ喋らせたんだから、これから責任持って付き合ってもらうわよ」


「あたしは最初から2人の事は好きだよ。これからよろしくね!」


「私も!何だかミリカちゃんが来てから、生徒会が明るくなった気がするの。シェーネルちゃんが戻ってきたのだってミリカちゃんのおかげ!こちらこそ、私達と一緒にがんばろうね!」


 はじめて会った時には絶対に見せなかったような笑顔が、今ミリカに向けられている。心に花が咲きこぼれるような気持ちだった。


 こうして6人で仲良く過ごす理想を思い描いていたが、ただの世間知らずが妄想する夢物語なのかもしれないと葛藤した時もあった。だが、皆の笑顔を目の前にして、自分の考えは偽善ではなかったのだと信じられる。


 最後に口を開いたのは、じっとこちらを見上げていたユリナだった。


「……よろしく、ミリカ」


 差し出された手に応える。笑顔があればなお最高だったが、無くても充分。力強く握り返された彼女の手は温かかった。


「よろしく、ユリナ。みんなもよろしく!」


「うわぁ~なんか小説の中みたい!胸がアツくなってくるわ!!」


「分かるよセラカ!最高に青春って感じ!!」


「ふふっ、2人が一緒にいると賑やか。ユリナちゃんはミリカちゃんと同室で楽しそうだね」


「それは……どうかしら」


 彼女の自由さを知らないマリの無垢な笑顔に、ユリナは頭を押さえたいのを堪えて曖昧な返事をしておいた。


「私達はいずれ人間界ミッドガルドに革命を起こす6人組。その名も……」


「そういう呼び名はやめろ!恥ずかしいだろ!」


「まだ何も言ってないじゃん」


「2人とも!テーブルに足を乗せるだけはやめて!」


 シェーネルに叱られ、アツくなっていた2人が席に座ったがまだ静かにならない。


「そう言って実はまんざらでもないくせに!もうリオったら可愛いんだからこのっ」


「おっと、耳は触らせねーぞ」


 大きく身を乗り出してリオに手を伸ばしたが、素早く身を引いて避けられたおかげで机に突っ伏す形になり、「むぎゃっ」と声が出たその滑稽な姿勢にセラカがウケた。まわりの生徒達からの視線が痛い。これ以上騒いだら司書まで駆けつけて来そうだ。


「はわわ、ふ、2人とも静かに」


「そろそろ自習再開しようぜ。俺は図書館を追い出されたなんて黒歴史は作りたくないぞ」


「あ、そうだったね。じゃあ耳はまた今度の機会に」


「ねーよそんな機会」


 皆でズレたテーブルを調整し、やがてユリナとシェーネルが気持ちを切り替えてノートを開く。リオは席を立って本を見に行ったようだ。マリも教科書を捲り、セラカはまた寝るつもりか。再び静かになってきたところで、ミリカも次は何を復習しようかと迷っていた。やるべきは理科と数学なのだが。


「ミリカ、その本はなに?」


「あ、これ?」


 シェーネルが気付いてくれたおかげで、参考書以外に一冊の専門書を借りて来ていたことを思い出した。鈍器のような分厚い本の表紙に大きく2文字だけ『種族』と書かれたものだ。男女の人間が2人、全裸で佇んでいる絵と、繊細な模様の装丁が目を惹く本だった。


「学校ではあまり詳しく教えてくれないだろうから、ちょっと自分で調べてみようと思って。これからの学園生活を一緒に過ごすみんなの事を知りたいから」


「ふぅん。立派な心掛けね」


「えへへ」


「その本は昔からあるやつで、全ての種族の習性とか特殊能力とかが載ってるの。広く隅々まで載っているから、種族について大雑把に知りたいならそれで丁度良いんじゃないかな」


「マリちゃん、読んだ事あるの?」


「あるよ。もし狩った時の為の素材の活用法とかも書いてあって、今だと結構アウトな本」


「それは確かにアウトだね……ええっと、『人間界における種族分布と──』初っ端から難しそうだなぁ」


 最初の数ページからしてびっしり埋め尽くされた文章に目眩がしかけたが、この程度で友達への想いが揺らぐはずもない。


「よしっ、読むぞ~」


「頑張ってミリカちゃん!」


 一度は躊躇した文章でも、読み始めればやがて没頭する。ペンが紙を掻く音、ページを捲る音、ひそひそと話す声、誰かが司書さんに尋ねる声。静寂に流れる人々の知識の営みは耳に心地良く。半分程まで読み終えた頃には太陽が西に傾き、空が群青から茜への鮮やかな段階を辿る時間帯になっていた。


 図書館を出ると新鮮な外の空気がおかえりとミリカ達を迎える。振り返れば謎の達成感に満ちた様子の仲間達。ギルドで戦闘をこなした時よりもやり切った表情をしているのが何だか可笑しい。

 

 いや、自分も彼等と同じ顔をしているに違いなかった。


 そのまま寮へ帰ろうとした一行は、とある建物の前で立ち止まる事になる。

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