ユリナ、数式、モフモフ
保健室で目覚めたユリナを迎えに行って、セラカ達と別れ、寮の自室へ戻る道中、ユリナはミリカの言葉に耳を傾けようとはしなかった。
狩りへ出掛ける時は一緒にという約束をユリナが破り、一人でオーガの群れへ突っ込んで負傷して運び込まれた。通りすがりのグループに治療を施してもらえなければ、死んでいたかもしれないのに。
どうして無茶をしたのかと問い詰めても答えない。ミリカの心配はユリナの心に全く響いていないようだった。
「あなたも一人でゴブリン村へ行ったでしょう」
「私は無理しない程度にやるもん!それに途中からセラカ達と一緒だったし。ユリナは無茶をするから心配なんだよ」
「それにしたって呼び戻すわけにもいかないのだから、一人で行くしかなかったのよ」
「じゃあ待っててくれたら良かったのに……ちょっと、そんなに早く歩かないで?病み上がりなんだから。ユリナってば」
「待っている間にもあの女の子の病気は進んでる。結果を出すのは一日でも早いほうがいいの」
「それはそうだけど、ユリナの身に何かあったら元も子も無いじゃない。一体どうしてそんなに自分の身体を大事にしないの?」
「貴方には関係のない事よ」
きっぱり。それきり口を開かなかった。
寮の部屋へ帰ってきてからも、夕食を一緒に食べている時も、そして就寝前のこの時間も。重苦しい空気は変わらず、どちらからも言葉が発される事は無かった。
「風に当たってくる」
ユリナが退室し、沈黙に耐えられなくなったミリカはシェーネルに数学を教えてもらうという名目で、彼女らの部屋へ。
セラカとシェーネルは、今あったことをしょんぼりとした様子で話すミリカを見て、顔を見合わせた。
「まぁ、元々のユリナの性格ってのもあるんだろうけど、人にはそれぞれ抱えているものがあるって事なんじゃないかなー。なんつって、あは」
「もう、他人事なんだから」
一応ちゃんと数学の教材を持ち込んでいたミリカの頭に、どんどん数式を叩き込みながらシェーネルが言う。
「一回腹を割って話し合ってみればいいじゃないの。同室なんだし」
「だって、関係ないとか言われちゃったし」
「何よ、私の時はあんなに啖呵切ってグイグイ迫って来た癖に。結局どこかで彼女に尻込みしてるって事なのよ」
自分でも薄々気付いていた所を指摘され、たじたじになった。するとセラカが軽快に笑いながらミリカの肩を持つ。
「違う違う!ミリカはユリナのことが特別に好きなんだよ」
「私より?」
「そう、シェーネルより」
ええっ!?とミリカは頭をぶんぶん振って全力でそれを否定する。
「そんな事ないよ!私にとってセラカもシェーネルも、他のみんなも大好きだよ!」
「あははっ!冗談冗談」
「よくそんな恥ずかしいセリフを普通に言えるわよね。くすぐったいわ」
肩を竦めるシェーネル。
「でもシェーネルの言う通り、もっとユリナと向き合う時間が必要なのかも。セラカ達のとこに遊びに行ったりして、ユリナとの時間を大事にしてなかったな~。私ってば最低」
「まぁまぁ、人間関係に正解はないからさ」
「わぁ、なんかセラカが頭良さそうなこと言ってる」
「頭の触り心地ならイイんだけどね~。耳触る?」
「さ、触る!!はぁ~~もふもふ~~~」
「馬鹿やってないでペンを動かしなさいよ」
綺麗な指先でノートをつつかれ、唸りながらも必死で方程式を頭にねじ込んだ。その間ひたすらお喋りをしていたセラカは、帰り際になると玄関先でミリカの頭をわしゃわしゃと撫で回した。
「さっきはありがとね。あたしの為にあんなに怒ってくれて」
「当たり前だよ、友達だもん」
「その気持ちをユリナにも伝えればいいんじゃないかな。一直線なのがミリカのいいとこなんだから」
そう言って犬歯を見せて爽やかにはにかみ、同じく見送りに来たシェーネルとも微笑み合う。2人とも頭ひとつ分も背が高くて何だか姉のようだ。この2人の間にある特別な関係性のようなものも見えた気がした。
「ただいま~……」
ユリナは既に就寝しており、帰ってくる自分への気遣いからか部屋の明かりはついたままになっていた。
明日になったら話し合えるだろうか。出掛ける約束はまだ覚えてくれているだろうか。
おやすみが言えない寂しさを胸に布団へ潜り込むと、戦闘での疲れが一気に押し寄せたのか、あっという間に微睡みに呑み込まれて目を閉じていた。
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