ゴブリン村
「いやー、怒られちゃったねぇ」
「そうでしょうね」
無事(?)に生徒会を終えた2人はギルドへと向かう。フリーの生徒に比べればどうしても遅れをとってしまうが、今からでも1、2件ほどの依頼なら時間の余裕は充分。
今回、またリオを一緒にと誘ってみたところ、「い、いやだ!俺はもう釣られないぞ!!またシェーネルにどやされる!」と一目散に逃げられてしまった。
「今日は普通に一緒に行こうって誘っただけなのに、リオったら私の事をなんだと思ってるわけ?」
「前回あからさまに金で釣っておいて、今さら何を言ってるんだか」
「昨日は昨日、今日は今日だよ!一度は一緒に狩りをした仲なのに、逃げちゃうなんて薄情な奴め」
「それこそ昨日は昨日、今日は今日なんでしょ。今日はミリカの気分じゃなかったのよ」
「あ、そういう事言う?ユリナの意地悪。……ふふっ、じゃあまた後でね」
「ええ。また後で」
人魚の血に替わる特効薬に関する情報収集は結構地味な作業になる。人数は一人でも充分だと判断したユリナからの提案に甘えて、今日の2人は別行動をとることになった。
真っ直ぐ玄関の出口へ向かうユリナとは別れ、一人でギルドの掲示板を物色した。たまに大勢の生徒達の話し声に紛れて噂話なんかも聞こえてくる時がある。
「お前も見たか?」
「俺は全然見た事ないな。ていうか、本当にレイ王国にジャッカロープなんているのかよ?なにか他の動物と見間違えたんじゃないか?」
「いや、あれは間違いない。長い耳と角が生えててさ、うさぎみたいな姿だったよ。動物でも魔物でもないし何ていうか、オーラがあるっていうかさ……あれは絶対そうに決まってる。しかも恐ろしく逃げ足が早かった。さすが幻の動物なだけあるよ」
「本当かよ。ミモレザ公国からはるばる歩いてやって来たってか?捕まえたらボロ儲けだよそれ」
「でも確か、幻獣は捕獲禁止になってるんじゃなかったか?」
「ああ禁止だ。でもどの道、このレイオーク周辺では長くは生きていけないだろうよ。危険な魔物がうじゃうじゃいるし、ゴブリン村も近い。どういう経緯で来たのか知らないが、あっちの平和な国からこの魔物だらけの国へ来ちまって可哀想になー」
「最近はゴブリン村の様子も活発だし、このあたりは更に危険になったな」
「そういや、子供がまたゴブリンに襲われたらしい」
「どうせ森で秘密基地でも作って遊んでたんだろ。あぶないから子供だけで森へ行ってはいけません!って散々小学校で言われるのによ」
「さてはお前、ガキの頃森で秘密基地ごっこしてたな?」
「あっ、あの頃はまだそんなに危険じゃなかったんだよ!俺がガキの頃はな!」
「何言ってんだ、まだガキみたいなもんだろ」
小突き合いながら遠ざかっていく声を片耳に、掲示板に目を滑らせる。公的依頼は黄色い紙が目印だ。
(……あった)
その魔物は、外見も醜ければ性格も邪悪で、悪知恵を働かせて人間を罠に嵌めたり待ち伏せて襲ったりする。中途半端に知能も備わっていて、狩りの真似事をして食料を得たり、集落のようなものまで築いて一定の場所に住み付いてしまう。
それがゴブリン村だ。
馬車の待機所で、商人達が露店を開いている。
入り口付近の安全地帯では駆け出しの冒険者や訓練中の学生らが即席のメンバーを募集している。狩りの前に雑談に興じるグループや、特に用事は無けれどとりあえず来てみた者など。
一歩村へと足を踏み入れればゴブリン達との戦闘が繰り広げられているというのに、定番の狩りスポットとなっているこのゴブリン村の入り口はもはや冒険者達の拠点、憩いの場なのだ。
「そこのギルド学園のお嬢ちゃん。よかったら俺達と組まないか?」
「ごめんなさい。今日はソロなんです」
ミリカは人混みをかき分けるようにしてゴブリン村の入り口へ立った。
村といっても、広さは巨人の足跡4つ分くらいはあるだろうか。繁殖力がとても強く、溢れ出そうなのを定期的に退治しなければならない上、向こうもグループを組んで必死に抵抗してくる為、個体としては弱いのに集まると油断ならない魔物だ。管理局からは常時依頼としてゴブリン村周辺の見張りと退治の依頼がある。
360度どこを見渡してもゴブリンしかいないなか、束になって襲ってくる奴らは範囲魔法の
魔術師にとって、魔物がまとめて掛かって来るのは、どうぞまとめて倒して下さいと言っているようなもの。しかし魔物側にとっても、打たれ弱い魔術師が一人で歩いているのはどうぞ袋叩きにして下さいと言っているようなものだ。
ましてや3歳児程度の知能があるとされるゴブリン。まわりには他の冒険者達のグループもあるというのに必要以上にこっちへ来る。
でも、こっちは走れるのだ。
「《
囲まれる前に走って振り切り、集中力を高める補助魔法で詠唱を省略させる。
「《
右手の杖を媒介に、左手から放たれた炎は扇状に広がって噴出され、ゴブリン達はミリカに追い付く事なく次々に焼かれていく。考えたゴブリンが遠くから棍棒を投げつけるが、二重詠唱が出来ないミリカはそれを躱して攻撃を続けた。
横から飛びかかる一匹も躱し、背後に回られたと思えば走って突破した。ゴブリンの足は早くない。十分に引き離したところで振り返り、杖をくるくるっとバトンのように回し、魔法名を叫びながら振り下ろした。
「《
追って来ていたゴブリン達は激しい炎を伴う爆発によってほぼ全滅し、なおも向かって来る残党に対しては一匹ずつ
30匹程度まとめてかかって来られたって、かすり傷にもならない。ミリカは一息ついて右手に握る杖を眺めた。
妖精の粉でコーティングされたトネリコの木の先端に、赤い魔石がはめ込まれたシンプルなもの。
武器屋で買った既製品の杖だ。いずれ自分用にオーダーメイドの杖をあつらえて貰うのが良いとマリヤは言っていたが、懐事情により、それは当分先の事になりそうだった。
歩き出そうとすると、再びゴブリン達がわらわらと集まってきていることに気付いた。敵の拠点に単身飛び込んでいるのだから当然こうなる。いつまでも突っ立っているとあっという間に囲まれてしまう。
いくらでもかかってこいという心持ちで杖を構え直したのだが、外側がやけに騒がしい。なんだか、ゴブリンが一匹ずつぶっ飛ばされていってるような……。
「おりゃおりゃ~!次はどいつだ~?」
「ゴブリンがこんがりと焼けてるわ」
洗練された体術と豪快なパワーのゴリ押しでゴブリン達を軒並みぶちのめしていたのはセラカ。後ろから気怠そうについて来るのはシェーネルだ。
「2人とも!!さっきぶりー!」
「あれ、ミリカじゃん、やっほー!ユリナは?」
「今日は別行動なんだ。2人もここに来てたんだね」
シェーネルはミリカの背後に積まれた死骸の山に目を見開いた。
「あんた、これ一人でやったの?」
「そうだよ。でもシェーネルならこれぐらいの量は朝飯前なんじゃない?」
「まぁね。ゴブリンなんて準備運動にもならないわ」
「出たよ~。少しは謙遜というものを知らないのかねこの女王様は」
セラカに肩を組まれた状態で体重をかけられ、ミリカは思わず「重いよセラカ」と笑った。
「ねぇ、2人もゴブリン退治なら、3人で組まない?そのほうが安全で効率もいいと思うし」
「もちろんいいよ。シェーネルもいいよね?」
「
「元からあたし達2人でやってたんだから変わんないじゃん」
またまた集まりはじめるゴブリンを片手間に凍らせながらシェーネルも同意した。
彼女の魔法はそれはもう凄かった。ミリカのようにマナを出し惜しみせず、上級範囲魔法の大盤振る舞い、出血大サービス。底知らずのマナ量に凶悪な魔力。指一本も触れることすら出来ず全ての敵が氷に閉ざされる。
「《
氷河をひっくり返したような量の氷柱が降り、成す術もなく押し潰される。螺旋状に絡み付く冷気から逃れられず、氷の芸術品となる。
絶対に一年生で習うような魔法じゃない。残党処理の
大金持ちが金を湯水のように使う様子が頭に浮かんだ。マナを湯水のように使えてしまう人魚……。
「シェーネル、おっかな~い!」
言いながらミリカも加勢する。氷と炎が交差し、相容れない属性の奇跡的なコラボが楽しかった。
氷系の魔法を得意とするシェーネルらしい青と紫系の魔石できらびやかに飾られた杖が振られる度、氷の精霊が踊るようだった。そして表情の生き生きしていること。きっとこれが本当のシェーネルの顔なのだ。
いつの間にかセラカがいない。
「あれ、セラカは?」
「あっち」
顎で示された方向、砂糖に群がる蟻のようにゴブリン達が山盛りで気持ち悪いが、あの中にセラカがいるのなら助けないとまずいのでは。
「大変!!助けなきゃ!」
「大丈夫よ。セラカは体力お化けだから」
「へっ?」
セラカが袋叩きに遭っているはずのその山から、ゴブリンがポンポン打ち上がっていく。そして地面を殴って発生させた衝撃波で一斉にゴブリン達が吹き飛び、タイミングを見計らったミリカ達が魔法で殲滅した。
見えたセラカの姿は、盾も防御魔法もなしにしては傷が浅く、パンッと音を立てて合掌すると
鍛え抜かれた自らの肉体こそが、最強の武器。
単独でどこまでも、いつまでも戦い続けられる、孤高の戦士。
それが
「2人とも……本当に強いね」
言いながら、既知感のある違和感。
また、どこかからか見られている気がする。だが意識してその正体を突き止めようとすればするほど、その気配はすぐに姿を消し、やはり気のせいだったかもという気がしてくる。
キョロキョロあたりを見回すが、もういいかと頭を振ってその疑問を脳から追い払った。
「ありがと!でもミリカだって火属性魔法の威力、半端なかったよ」
「いやいや、私はまだまだだよ。シェーネルの凶悪な魔力に比べたら」
「あら、私を目指そうとしない方がいいわよ~。元々の素質が違うんだもの」
くびれた腰に手を当て、もう片方の手で髪を払うシェーネル。ここまで自信満々に生きていけたら人生楽しそう。
「シェーネル先輩、やはり胸の大きさも素質でしょうか?」
「はぁ?」
「ミリカ、実は胸の大きさって、マナの量とヒレイしてるらしいよ。その豊かな膨らみにはマナと夢がいっぱい詰まってんのさ!」
「マ、マジですか~!?だから私のは小さいのか~!!」
「そんなわけないでしょ!間に受けるんじゃないわよ」
いつしか戦闘ではなくじゃれ合いに発展する3人を、狩りに没頭していた冒険者達が「何だあれ」と二度見した。
「それにしても、ちょっと進んだだけでよく沸くわ。こんだけ倒したのにほら、あそこ。また来てるよ。さすが驚異的な繁殖力なだけあるね」
「うう……マナ回復薬、買っておけば良かった」
「仕方ないわ。きりの良いところで帰りましょう」
入口の露店エリアまで戻れば薬やスクロール等の消耗品は補給できるのだが、シェーネルの言う通りに行くところまで行ってしまおうという事で3人の意見は一致した。
その事件は、思う存分ゴブリンを狩って街へ帰還し、持てる分だけ持ち帰った素材も売り払ってギルドへ帰ろうとした道すがらに起こった。
一瞬のことで、わけが分からなかった。けれどセラカの額にできた痛々しい傷と、その石をセラカにぶつけた子供達から発された言葉は、この現実を痛感するには充分すぎるものだった。
「野蛮な獣人族め!バケモノが街を歩くな!!」
気付けばそのうちの一人の腕を強く掴んでいた。もしかしたら意識が飛んでいたかもしれない。
「っ!離せよ、痛いよ!!」
「謝って」
「なんで獣人族なんかに謝らなきゃいけないんだ!」
「自分が何を言ってるか解ってる?この人は野蛮なんかじゃないし、何もしてない人に石をぶつけて怪我をさせる方がよっぽと野蛮なのよ」
「ミリカ……?」
当の本人はぽかんとしていて、怒りを露わにするミリカを見て目を瞬かせた。シェーネルが傷口を確かめると、右額から右目、右頬にかけて一筋の血がつーっと流れる。床に落ちている石も拾って確認し、わざと鋭利になっている石を選んで投げたのだと確信した。そして石を見る視線の延長線上で、ミリカと子供が言い争うのを見据えた。
「人なんかじゃない!母さんが言ってた、こいつらは突然凶暴になって人を襲うんだ」
「仲がいいフリしてても、心の中では僕たちを食べるつもりなんだ」
「人のフリしたバケモノ、この国から出て行け……!」
「だから?あのお姉さんが君に何かした?獣人族が人を襲うところを、君達は見たのかな」
「み、見てないけどそうなんだ!あいつらは邪悪な種族なんだッ!」
緑の瞳からは一切の表情が消え失せ、氷点下の声色は少年の心を芯まで凍り付かせるようだった。それでも負けまいと啖呵を切る少年の腕を無意識のうちにギリギリと捻り、骨の軋む音が聞こえた。
「い……痛い!」
「やめてよ!!」
「ミリカ」
肩を掴まれて我に帰る。
「その辺にしときなさいな。こんなのは大抵、親や先生に刷り込まれただけで、大した考えも持ち合わせちゃいないのよ、責任は大人にあるわ。子供は無知で愚かだから」
そう言ったシェーネルを少年がキッと睨み付けるも、さらりと受け流して意に介さず。
セラカが歩み出ると少年らは恐れをなして後ずさった。
「坊や。あたし達は獣化しないように訓練と封印がされてあるんだよ。気に入らないかもしれないけど、あたしは君に近付かないし、危害も加えない。それだけじゃダメかな?」
気勢をそがれた子供達は、ムスッとした様子で一歩、二歩と後ずさり、遂には駆け足でその場を去っていく。その後ろ姿を眺めて「子供は元気だね~」などと呑気なことを言うセラカを嗜めずにはいられなかった。
「今のは怒るとこだよ」
「思想は自由なんだよ、ミリカ」と、いつもと変わらぬ調子で軽く返し、シェーネルが持っていた石を取り上げてその辺に捨てる。ミリカは一瞬だけ考え込んでしまったが、やはり納得できなかった。
「それは違うと思う」
思想?何の罪もない人に心無い言葉を浴びせるのはただの暴力だ。それに、
「人に石を投げる事は、自由でも何でもないよ」
やはりいつものセラカだが、その笑顔の質がやや柔らかなものへ変わる。ミリカが伝えようとしたことは、もうとっくにセラカも解ってる事のように感じられた。
「確かにそうだね。ありがと」
「あんたって、どうもこういう事になると人が変わったようになるわよね」
「だって、許せないじゃない。自分や自分の大事な人が同じことをされたらって、考えた事ないのかな?」
「連中は自分が差別される側になるなんて考えもしないものよ」
「想像力が欠けてるんだね」
「あははっ、あたしはミリカみたいに味方になってくれる人間が一人でもいるだけで嬉しいから、それ以上のことは望まない主義なのさ~。ミリカは本当いい子だねぇ~よしよしっ、今夜も宴会開きますか!」
「だ、駄目!もう掃除当番なんてこりごりだから、しばらくは大人しくしとかなきゃ……それより大丈夫?そのおでこ。早く治療しなきゃ」
「これくらい何ともないよ。自分で治せるし」
「本当にぃ?脳に影響とか出ないかな?バカになったりしない?」
「この人は元からバカだからいいのよ」
「あ、そっか」
クスクス笑う2人につられて、セラカも笑う。
一部を除く少年少女達にとっては、気の合う友人との時間があればそれでいい。
斜陽に照らされ、石畳に伸びる3人の影は、他のどの括りにも隔たれること無く、いつまでも無邪気に揺れていた。
ギルドにて依頼遂行の報告を済ませたミリカの耳に入ったのは、ユリナが戦闘によって倒れたという知らせだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます