畑を荒らす者(3)

 まず、リオは唐突に、持っていた剣を地面に突き刺した。


「《騎士領域ナイト・オーダー》!!」


 刺した剣から光の波紋が広がり、ちょっとしたステージが開催できそうな程の大きな円となって3人に加護がもたらされた。


「効果が切れないうちに片付けよう」


「あ、ありがとう!」


 円のなかに入っている限り、護りの光が体を包む。ゴブリンのダガーが肌を掠めてもあまり痛くない。傷も大した事がないし、すぐに塞がる。そして身体が軽くなった気もする。


 ユリナもミリカも、自分の戦闘力が上がっていることを感じ取った。力が湧いてくる、とはこういうことか。


 全ての身体能力・自然治癒力上昇。


 まさに騎士が仲間を守ることだけに全力を注いだ、騎士を騎士たらしめる魔法である。


「リオ先輩、すごーい!」


「先輩はやめろ!」


 だが、その騎士の神聖な領域には防壁機能は備わっておらず、はしゃいだミリカに目をつけたゴブリン達が一斉に襲いかかる。


「《紺碧盾シールド》!!」


 リオの護衛のもと、ミリカは十八番の火属性魔法を連発し、変なテンションになってゴブリンを退治していった。


「《火炎弾ファイア・ボール》!!はっはっは!黒焦げにしてやるぜー!」


「イオはどこだ?」


 たくさんのゴブリンに隠れて見えにくいがユリナがゴブリンをばったばったと倒していくのが確認できた。


 最初の時点で離れてしまったのが原因で、なかなかユリナと合流できない。ゴブリンが邪魔だ。


「ユリナ!そっちは大丈夫?」


「ミリカ、この数を相手にするなら、範囲魔法を撃ってしまった方がいい」


「そうしたいのは山々なんですけど!マナが少ないので私!!」


 ミリカは魔力には自信がないでもないがマナの量が少ない。シェーネルのようなド派手な範囲魔法を撃っていたらすぐにマナ切れを起こして倒れてしまう。


「火力特化型か。タイマンに強いタイプだな」


「いやまさにその通りなんですよ」


「でも残念。今撃った渾身の単体魔法とシェーネルの範囲魔法で同じくらいの威力だ」


「え゛っ゛!?私の存在意義とは!?」


 そうこうしているうちにユリナが大方倒したようで、20匹程いたゴブリンが残すところ、あと数匹。


 そして最後の一匹はミリカが宙返り&火炎弾ファイア・ボールで華麗に決めてやった。こうして調子に乗ったりしているとユリナに注意される時がある。


「なんか、マカロン先生みたいだな」


「えぇ?私あんなにぶりぶりしてないよ?」


「服装じゃなくて性格がだよ、バカっぽいところがさ」


「それを言うならセラカもじゃない?」


 2人は納刀するユリナを見つけて駆け寄った。ゴブリン相手では大したことはなかったが、それでも体のあちこちに刻まれた生傷は見ていて痛々しい。


「ユリナ、大丈夫?そっちに行けなくてごめんね」


「相変わらずだなー。《騎士治癒ナイト・ヒール》」


 リオが手をかざすと、マリが使っていたものと同じ効果の回復魔法でユリナの傷が癒やされた。


「ありがとう」


「さすが!リオがいてくれて助かったよ」


「なんで離れた?」


 リオがユリナに問うた。


 今のように大勢の敵に囲まれた場合はバラバラにならず、一点に集まって互いをフォローしながら戦う方が効率が良い。そうしなければ先日のザスト戦のように全滅しかねないのだ。


 責めるような口調ではないし、リオは別段怒っているというわけではない。しかしこの、微妙な空気……。これだ、これ。ピリピリしてるとかじゃないけれど、何となくお互いが遠慮し合っているというか、避けているというか、そんな感じの空気。これ何とかならないのだろうか。


「囮になろうと思ったのよ。ミリカは魔術師だから、囲まれるぐらいなら私が引きつけた方がいい」


「それは戦争での立ち回り方だな。ギルドの戦い方とは違う」


 ミリかは敢えて声を明るく意識した。


「ユリナ、私走れるから!いざとなったら自分で逃げられるから大丈夫。いつもユリナだけ怪我をするのは私も辛いし、今回はゴブリンだったから大したことなかったけど、こないだのザストみたいにユリナが気絶しちゃうのとかは嫌なの」


「そうなのね」


「次からは離れないでくれ」


「わかった」


 本当に分かったのか?と思うが何だかユリナが傷付くような気がして口には出せず。駄目だな、自分もどこかでユリナに遠慮してる部分があるのだ、きっと。


 まだ4日目。4日でその人の人となりを全て知るのは難しい。焦っちゃいけない。


「まぁ、行くか。そういやゴブリンの数が増えてる気がしないでもないような。どっちから湧いて出たんだ?」


「待ち伏せされてたからよく分かんないけど、あっちな気がする!」


「そっちは洞窟!勘でパーティを導くな!」


 そっちは洞窟だったか、とミリカは唸った。地理の授業も頑張らなければいけない。


「洞窟から湧いてる可能性もあるわ」


「だとしても、このメンツじゃ入れない。今日のところは止めておこう」


 ユリナが頷き、3人は森の探索を続けた。





 黄白色地に黒い斑点模様の胴体から、前脚、中脚、後脚がそれぞれて生えており、シルエットは昆虫のカマドウマに似ているがその体長は3メートルを優に超える。


 ザストだ。他に冒険者と、街のギルドの者が数名。


「チッ、ギルド学園の奴らかよ。俺らで仕留めて売り捌こうと思ってたのによ。ったく憎たらしい」


「横入りするんじゃねぇぞ!!」


 先日も思った事だが、当たりが強いのは何故だ?この学園の生徒は恨みでも買っているのだろうか。


「なんか柄悪いね。街のギルドの人達ってみんなあんな感じ?」


「いや、あの紋章バッジは【ブリランテ】っていう大手戦闘ギルドのものだけど、見たところ装備は上から下まで初心者向けの安いやつだから下っ端だな。お遣いレベルの依頼しか回してもらえなくてあんな感じにグレちゃったんだろうな可哀想に」


「聞こえてんぞオラァ!!」


 あくまで冷静に推測するリオに怒号が飛んだ。多分聞こえているのを分かってて言ったのだ。茶化すでもなく冷静に言うあたりに、精神的ダメージを与えてやろうという魂胆が見える。


 ほら、クスクスと笑っている。実は結構悪戯好きとみた。


「ジョルジュ!!よそ見するな!……ぐあっ!」


 前衛についていた2人のうちの1人がザストの攻撃をまともに食らって失神した。もう1人の、今しがたリオに怒鳴りつけていた方のジョルジュという男はザストに睨まれただけで膝が笑ってしまっている。


「やっぱ、加勢したほうがいいよね?このままだとあの人食べられちゃう」


 言い終わるより先にユリナが抜刀した。


 やはり先陣切って飛び込む。だが大型を相手にする時は、前衛と後衛に分かれるのが基本であるから今回の場合は踏み込んで正解だ。


「《瑠璃鎧プロテクション》!!」


 リオは剣に魔力を纏わせ、魔法を投げつける要領でそれをユリナめがけて思いきり振るうと、弾道型の青い光だけがユリナを追跡し、防壁魔法となってユリナの体をコーティングした。


 ザストは人間を捕食しようとしていたところに思わぬ邪魔が入って気が立っている。それに、ユリナが仕掛ける剣戟の後ろからバンバン飛んでくる火の玉が心底うざったいらしい。かなりイライラしているものであるから、とうとう強酸性の唾液を矢の如く吐き飛ばしてきたのだ。


「ぎゃあああ!!!」


「落ち着けって。防いでるから」


 ミリカに吐いても紺碧盾シールドで防御される。なら、とザストが次に狙いを定めたのは、先程失神してしまった男を引きずって退避させている途中だった、【ブリランテ】の後衛の者達。


「あ、やばい」


「チッ」


 ミリカが言わずとも、リオが全速力で駆け出す。ユリナの方も二度目はさせぬと、隙をついてジャンプし三つ目のあたりを斬りつけると、ザストは痛みに悶えてユリナに怒りを向けた。


 よし。ユリナの事は心配だが、あの強酸は止めるに越した事はない。願わくば前衛のユリナが大きなダメージ無く敵を引きつけ続けてくれますよう。そしてブリランテの者達のほうへ走ったリオは、騎士回復ナイト・ヒールを倒れたままの男に施したようだ。


 ミリカは使うなら今だと、ある詠唱を始める。


「《高速魔法クイック・スペル》!!」


 魔法名を宣言し、杖を高く掲げて自分に補助魔法を掛けると即座に攻撃に移った。


「《火炎弾ファイア・ボール》!!」


 体内のマナが順番を待たず強制発射される感覚は、全身の血管がチクチクするような、それなりの痛みを伴う。


 ミリカはマナを最速で変換し、魔法を連射できるようになる補助魔法を使った。そして火炎弾ファイア・ボールを撃つことで、マナが尽きるまで、意識がある限り、永続的にその手からは魔法が連射され続ける。


 ものの十数発であたりは焦げ臭い匂いに覆われて煙が立ち込め、ちょっとした山火事のような有り様になってしまった。


 魔法の火はすぐ消える為心配はいらない。


「や……やったのか……?」


 そう言ったのは腰を抜かして怯えていた男。ユリナは既にミリカの側まで退避しており、火煙が引いていくのを待った。


「うん。瀕死だね」


「とどめを刺してくる」


 火がおさまるのを待ってユリナは再びザストの方へ。ミリカは、ジョルジュと言ったか。ザストが死んでホッとした様子でいるが、自力で立ち上がれない様子に見えた為介抱しに行く。


「な、何だよ!一人で立てるって。ったく、余計な手出ししやがって」


 パシッと差し出した手を弾かれて、ミリカも思わずムッとしてしまう。


「余計な手出しって……あのまま私達が援護しなかったら、おじさん達みんな死んでたと思うんですけど」


「おじさんじゃねぇ!俺はまだ28だクソガキ。そういう偉そうなとこがムカつくんだよ。ケッ、なにがギルド学園だ。エリートさん達が退屈凌ぎにギルドごっこかよ。学生は学生らしくお勉強しながらママの飯でも食ってろってんだ」


 心外だ。こちらとて命懸けで仕事に臨んでいるというのに。


 試験で選び抜かれた秀才達が勉学に励みながらギルド会員としても輝けるこのレイオーク国立中央ギルド学園は、詰まるところ嫉妬の対象になっているという事か。


 だが、全員が学生のギルドともなれば依頼内容や報酬も社会人のそれとは違ってくる事に加え、身体付きがまだ発達途中の生徒もおり、大人と比べて力の強さも劣るだろう。ミリカは奨学金だって返さなければならない。


 それなりに大変だと思っていた学園生活を、退屈凌ぎとは。


「な、なんですかその言い方は!レイオーク学園って実は結構大変なんですよ!ていうか28歳はおじさんじゃないんですか?えっ?私もしかして失礼なこと言っちゃった!?」


「……無自覚が一番傷付くやつだって知ってるか?」


 落ち込んでしまったのか呆れなのか、ため息混じりに言う声は、ハスキーだが酒豪だった近所のおじさんよりはずっと若い。


 自分がまだ子供のせいか、28歳といえば自分よりずっと大人のような気がしてしまうのだ。よく見れば親より若い。


 この世の全てのものにガンを飛ばしてそうな柄の悪い顔付きはともかくとして、その目にはまだ冒険者や軍隊に憧れる子供のような、ギラギラとした光が宿っているように見えた。


「派手にやったな」


 リオがやってくる。怪我人のケアを終えた様子。


「おいお前ら!ったく情けねぇなぁ、ザストの一匹ぐらい魔法で仕留められなくてどうすんだ」


「何言ってるんだよ~、このパーティーには騎士がいないんだぜ?遠距離攻撃は怖いに決まってるじゃないか。下手に撃ちまくって反撃されて死にたくないよ」


 後衛には魔術師が2人いて、【ブリランテ】はどうやら4人でザストを狩りに来たらしい。


「そうよジョルジュ。大体あんただって腰抜かしてたじゃないの」


「う、うっ、五月蝿ぇ!俺らみたいな集落出身の底辺はなぁ、とにかく倒して倒して、実績を上げまくらなきゃのし上がれないんだよ。金持ちのエリートなんかに負けてたまるか」


「俺たちは別に金持ちのお坊ちゃんとかじゃない。みんな筆記試験と戦闘試験をパスして今の立場を掴み取ったんだ」


 リオの反論に、ジョルジュは吐き捨てるように鼻で笑った


「結局才能だろ?生まれも環境も、金にも才能にも恵まれない奴はこうやって名を上げる為に必死に魔物を狩って、それでどうだ?どうせ夢なんか叶わずに魔物に食われて終わりだろうよ。それでそいつらはきっと、死に際にこう思う。あー俺の人生は何だったのかってね」


 両手を広げて大仰に言ってみせるジョルジュを傍目に、ミリカは戻ってきたユリナに労いの言葉をかけた。


「ミリカ。ザストは死んだからもう行きましょう」


 ミリカは返事をして、ブリランテのメンバー達を確認した。男の方は意識が戻ったようだし、もうみんな大丈夫のようだ。


「こいつは上級者にとっちゃただの雑魚に過ぎないザスト。でもよ俺は何人もの仲間がこいつに喰われたのを見てきたな。その度に言われてきた言葉を教えてやろうか。『雑魚が雑魚を食っただけ』『身の丈に合わない夢なんか見るから』。ハッ、どいつもこいつも中身はクソしか詰まってねぇ」


 その言い方は汚いが、まぁ、いる。学園にもそういう輩が。クラスメイトは優しくていい人達ばかりだが、たまに、強いだけで人格が伴っていない生徒がいる。


「街の奴等は俺が集落出身ってだけで差別しやがる。恵まれた環境でのうのうと活躍してられるようなガキどもに負けたくねぇんだ」


 落ち着いたトーンで静かな怒りを湛え、そう言ったのは意識を取り戻したもう一人の前衛の男。後ろに控える2人も、ジョルジュも、悔しそうだったり悲しそうだったり暗い顔をしていたり。共感の反応は人それぞれだ。


「……って、何だって見ず知らずのガキに愚痴溢さなきゃならねーんだ。お前もいちいち絡むなよジョルジュ」


 こちらのほうは比較的まとも……というか、感情的になりすぎないタイプの男のようで、咎められたジョルジュはバツが悪そうにしていて意外な力関係が垣間見れたような気がした。


「……?」

 

 誰かに見られているような気がして、あたりを見回してみるが、この場にミリカ達以外いない。


「ユリナ、リオ、なんか視線を感じない?」


「? 私は特に」


「気のせいだろ」


 戦士の男がリオに話しかけた。


「助けてくれた事は礼を言う。が、このザストは俺たちの獲物ということで良いよな?」


「あぁ、ザスト討伐の依頼は受けてない。こちらが勝手に手を出しただけだと思ってくれていい」


「後は好きにしてもらって構いませんが私達も先を急ぐので、運び屋の手配はそちらでお願いします」


 他ギルドとの話し合いも2人は慣れたものだ。自分もこんなふうに事務的な会話をしたりするのだろうか、想像がつかない。


 ともかく、空が夕日で赤く染まるまでに学園に帰りたいミリカ達は引き続き捜査を進めたい。すると【ブリランテ】のメンバー達は野生動物の住処がある方角を教えてくれた。


 彼等と別れた後、ミリカは彼等から聞かされた地域差別ひいてはギルド業界の現実が、頭から離れなかった。

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