第6話
本当にナオの手助けが出来ているか、どこか不安な気持ちで行動を起こしている。不安を消す為に動いて、やっている事が合っているか正解を確認して、動いた後に反省と正解がわからない不安がやって来る。ぐるぐると頭と体を動かしながら堂々巡りが終わらない。
「ネットで調べてもピンとくるものがなくて。どうしたらいいのかなってちょっと悩んでます」
「そうなんだ。んー、なんだろう……」
ユリカが次に繋がれる言葉を慎重に選ぶように沈黙になった。
稀な俺の悩みをただ聞き流して貰うだけでも良かったのに、話を受け止めて考えをもらえることに少し驚いた。
「……あくまでも私の意見だけど。多分ピンとくるのを見つけるのは時間がかかると思うよ」
「やっぱり難しいですよね」
「難易度の話じゃなくて。なんというかこっちが合ってると思ってやってることが、実は相手にとってはチョー邪魔な事になってることがあるし、その逆もある。誰の何を基準にするかでピンときたりズレたりする事はよくある事だよ」
「そうですかね」
「そんなもんでしょ。子育てとか介護に地球全体で使える100点満点の正当が確立できていないのと同じ感じ。私の職場でもおんなじ感じで随時対応を改正してるよ」
「職場で?」
「そっ、うちの事務に車椅子の人が働いているの。去年あたりかな、障害者雇用の一環でね」
「そうですか」
実感を交えたユリカの意見に納得するところはあるが、いまいち納得できない面もあった。ユリカの意見では結局――
「今すぐに現状を変えるのは大変ですね」
「まあ、そう言うこと」
「……」
バッサリとユリカは応えながら目的地の駐車場に向かってハンドルを切る。夕食時にはまだ早いが駐車場はそこそこ車が混み合っていた。
どうすれば良いか解らないものが解らないまま疑問だけが残った。
自動車から降りながら、行き止まりに辿り着いた気持ちで息を吐いた。寒い時期はまだ遠く先だが吐いた息が湯気になって空に溶け込む様だった。
「うじうじ考えても変わらないけど、何かしらコツコツやっていけば変化はあるよ」
「うわ!」
背後から来た不意打ちに心臓を抜かれそうになった。振り向くとユリカが悪戯に成功した子供のように笑っていた。
「今までの後回ししたツケが回ってきたと思って頑張んな!」
「うぅ、はい」
今までのツケか……
ユリカの言葉が心の綻びに引っかかる。もう見返しても大丈夫な思い出の跡だが、ありありと指摘されるとなんとも言えない気持ちに変わる。
見たくない。
何も。
知らないフリをしたい。
でも、意識すると釘付けになる。
「ほら、行くよ。結構混んでるかもね」
「早めに席に着けると良いですね」
ほら、もう見ないフリをした。
後ろ指を刺され、言葉が聴こえた。現実では無い幻聴と解っていた。
考えを振り落としてユリカの後を追った。疲れている時は気分が俯きやすいと言い訳を浮かべて、再度思考に蓋をする。
○
「無事公演成功につき、今宵は宴だ!カンっパーイ!」
場の緊張を吹き飛ばす勢いで宴が開演した。飲み会前から何人か既に酒や場に酔っている者もおり、開始と共に盛大な盛り上がりを見せている。公演に参加していた未成年は世間体として打ち上げの参加は控えており、今日の参加者は有志の大人数人である。
酔い舞う大人を宴の隅で眺めながら、俺は手近に合った刺身や焼き鳥を食らっていた。意外と飲み屋名物のコロッケが美味しく、もう一個確保しようと伸ばした腕を酔っ払いに掴まれた。
「しっかし、ユウもよく頑張ったな!お疲れ!」
「あ、はい。有難うございます」
酔っ払った相手は俺が劇団を初めてから色々と世話になった人で無碍に扱えない。コロッケはもう少しの辛抱だ。
「入りたての頃はヒョロヒョロだったのになあ、大したもんだよ」
「それほどでも」
中高年特有の見本的な酔い方をいているなと思いながら、掴まれた腕を揺すって逃げ出す隙を探る。しばらくは曖昧な思い出話に相槌を打ちながら付き合った。
「ユウは次何やってみたいか?そろそろ名前ありの役やったらどうだ?」
「いや、そんな大役務まりませんよ」
それもそう。あくまでバイトと趣味の範囲で収めたい。大きな役はそれに見合った努力や責任を求められる。余計なモノを求められるよりは、差し出せるモノに合った役で十分だ。
「年寄りに遠慮せずもっと前に出ればいいよ!お前ならできるって」
「俺よりも上手い人いっぱい居ますよ」
「いやいや、遠慮すんなって。お前しかできないモノだってあるって、やってみなよ!」
「えっと、あの……」
「――まーたあ、若い子捕まえて語っちゃてる!」
「ほらほら、ユウくんだけじゃなくご飯も気にしてあげて。ここ持ち帰りできないからね」
「なら残さず食わねえとな!」
横から他の団員達から話し掛けられて、ようやく会話から解放された。晴れて確保できたコロッケを先ほど言われた言葉と一緒に口に流し込む。
小さい頃は人前に出て誰かに注目されることは好きだった。幼心で目立ちたい、注目されたいと色んなことをしていた。昔だったらさっきの言葉に喜んで反応しただろう。
でも今は違う。
そもそも、俺が演劇を続ける理由は誰にも注目されない存在になれるからだ。主役に視線を奪われる安堵感で舞台上に立っていられる。
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