道標
第5話
1
2
3
4!
ターン。止まって、ステップ、移動。
……ヤバい!
「右チーム、遅れてる!そのまま前に移動!」
劇団長の強い声が会場に響いた。
崩れかけたテンポを戻し、再度集団の一部として動き出す。公演前日の通し稽古の為か、団長も出演者も裏方の人達も緊張感を漂わせていた。いつもは目立たない些細なミスが際立って目立ってしまう。
咄嗟に飛び出した焦りに構える暇が無い。次々と待ち構えていたシーンと立ち向かい、必要な表現をして次のシーンを迎えに行く。頭に叩き込んだ筋書きと設定を元に、ただひたすら舞台を駆け巡る。
常に何かしらの行動を求められ、行動を示せば全てが一つの結末に向けて吸い寄せられる。舞台の表と裏に立つ全員が熱意を注げば注ぐ程、最後の結末は劇的なものに成り上がる。
その感覚が好きで、俺は舞台に立っている。
○
「——明日は集合時間に遅れないように!それじゃ今日は解散!」
大声の相図と共に、団員達が各々ホール会場から出ていく。荷物を持って帰路に着く人。仲が良いグループで練習や食事に向かう人達もいた。
少ない劇団メンバーを補う助っ人はメンバーの家族や知人が多い。メンバーと助っ人の繋がりが強く、練習後に複数人で集まる様子は見慣れている。
俺は疲労と喉の渇きを労わる為に、鞄を抱えたまま自動販売機へ向かった。
今日の練習では本番に向けて喉と体をこれでもかと酷使した。500mlペットボトル1本分を一気飲みが出来るほど気分がヘトヘトだ。
会場入り口のすぐ近くで自販機を発見し、ラインナップを眺めながら電子マネーを取り出した。節約をするならお茶や麦茶だが、本番前の体調を思いスポーツドリンクを購入しよう。
ピピっと携帯電話で代金の支払いを済ませ、ペットボトルを取り出し口から手に入れた。壁沿いに移動して飲もうと、キャップを開けようとした途端——
「お疲れー、明日はよろしく!」
大声と共に背後から肩を叩かれた。力は手加減されており、痛みとダメージはそれ程でもない。
「お疲れ様です。今ので本番用のHP無くなりました」
「そんな力入れて叩いてないし!万が一があっても舞台に引っ張り出すから」
軽口を叩きながら振り返り、背後にいた団長と向き合った。団長、または叔母のユリカは俺の小言に笑いながら再度同じ攻撃を繰り出した。今日の前日練習はかなりきつかったはずなのに、ユリカから疲れを微塵も見られない。職業は事務員だそうだが、スラリとした立ち姿はジムのインストラクターを彷彿とさせる。
劇団のバイトは元々ユリカからの頼みで始まった。最初は演者でなく、裏方としてステージ上の位置確認のピンチヒッター。そこから公演での受付、本番の裏方、体調不良者の代役とシフトチェンジ。大学に入ってからは主演を支えるアンサンブルとして、代打でない役をやるようになった。
「流石にそれはヒドイですよ」
「そうならないよう、体力つけにご飯でも食べに行く?」
「ゴチになります」
「相変わらず食い意地あるなぁ。今回何役もやってもらってるから、そのお礼の前払いでいい?」
「もちろん、いつもの現金とは別ですよね」
「わかってるよ。それはまた今度!先にご飯へレッツゴー!」
ユリカはポケットから車の鍵を取り出して歩き出した。俺はスポーツドリンクを素早く一口飲み込み、ユリカについて行こうと足を動かす。
表情や動作に緩みはあるが、ユリカの歩く姿は颯爽として格好がいい。目の前を歩く劇団長の姿を見て、真似るように背筋を意識して歩いてみた。
「そういえば、この前言ってた友達は元気?」
ユリカがハンドルを右に切りながら問いかけてきた。夕暮れ時で、帰路に着く人の流れで車道は程よく混み合っている。
「ナオなら元気ですよ。毎日大学で会ってますし」
「それはよかった。ユウに悩めるくらい仲がいい友達がいたとはねぇ〜」
「ナオ以外にも大学の友達居ますよ」
「ナオ君ほどじゃないでしょ?今までとは違う感じだし」
「……そうですけど」
「ほらぁ!」
俺の反応を見て、想像通りとユリカは満足そうな笑顔になった。なんとも言えない恥ずかしさを俺は感じて少し膨れっ面になった。
大学から一人暮らしをしている俺にとって、バイトで頻回に会うユリカは良き相談相手である。病名などの詳細を伏せて、少し前にナオの接し方に悩んだ際に相談をしていた。
「大学行きながら病気治すって、ナオ君凄いね」
「今は薬飲んで調子が良いです。たまに調子悪くて大変なこともありますが」
「そうなんだ。なら尚更すごいじゃん。あ、ご飯はいつもの中華のとこでいい?」
「はい、大丈夫です」
見慣れた看板が車窓を過ぎる。ユリカとよく行く店までここからあと30分はかかるだろう。
「で、ユウの方はどう?」
「俺ですか?元気ですよ。今は疲れて空腹です」
「それはわかってるわよ。この間言ってたナオ君のサポートのこと」
「そうですね。んー……まあまあ?」
「微妙な反応だね。また悩みでもあるの?」
「悩みってほどじゃ無いんですけど。何ていうか、気持ち的な意味でモヤモヤしてて。ナオの役に立ってるかなって?」
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