第2話
てんかん:
主に脳の神経伝達が何らかの原因で過剰反応してしまい、体や神経に異常が発生してしまう病気。体や神経に出る異常は人それぞれで違い、症状はバリエーションが豊かである。
発症する年齢は赤ちゃんから高齢の方まで幅広い。
病気の原因は大きく分けて2パターン。
脳出血や認知症など、脳に関する病気や外傷が影響して起こるパターン。
原因が特定できないパターン。
後者は本人の体質や、一部の脳細胞の成長に影響があったなどの可能性が示されている。しかし、それらが原因だと断言できるものではなく、病気の仕組み自体もまだ解き明かされていない側面もある。
インターネットで得た情報を頭の中で整理する。おそらく専門用語と思われる単語がいくつもあり、複数のサイトを見比べながら何とか読み進めていた。
『てんかん』というキーワードで検索できた結果が予想以上に多い。一般に向けて病気を紹介するサイトや当事者のブログなど、専門家向けの難しい内容のものも含めて豊富に情報が揃っていた。今回は簡単な知識を得る為に、専門家の団体が運営するものを選んでいくつか見ている。
先日、『ナオ』から『てんかん』と病院で診断された話をされた事を思い出す。話は検査の結果と治療を始めた事のみだった。詳しいことはまだ本人も良く理解できておらず、現在進行形で勉強しているとのことだ。
帰宅後、聞き覚えがない病気だからか、探究心を少量携えて個人的に調べてみた。
あの時、薬を飲んで治すと聞いて、風邪のように薬が病気の原因を倒して治ると思っていた。今は、病気の大枠が見えてくるにつれて、この病気から感じる不透明感と疑問が湧き上がる。知れば知るほど、考えがよく分からない状態に落ちいる。
「あぁ!もう、よくわかんねー」
インターネットに繋いでいた携帯電話をテーブルに投げ出し、ベッドに上半身を転がした。ベッド端に座りながら背もたれ無しで調べ物に熱中したせいか、肩や腰に疲労感を感じる気がした。
怪我をした人を見たら、傷の大きさでこれくらい痛いのだろうと想像できる。
体調が悪い人は顔色や咳、めまいで気持ち悪さや息苦しさを考えることができる。
あいつは……
目の前でナオが倒れるところを何回も見た。倒れる直前に様子の変化をなんとなく感じるだけで、ナオが何を感じながら倒れてしまうのかわからない。想像ができない。
もやもやと胸をくすぶる思いに嫌気がさす。思考に蓋をする様に両眼を閉じた。
○
いつものナオとの帰り道。講義で出された課題について話ながら歩いていた。
「あそこは、この間の講義で使った参考書を引用すれば良いんじゃないかな」
「ごめん、どんなやつか忘れた」
「えーと。あ、確かその時の講義プリントに書いてあると思う」
「マジ?探してみる」
念のため、ナオのアドバイスを忘れないように頭の中で繰り返す。これで手詰まりだった課題を終わらすことができる。
ナオの病気を知った後も変わらず一緒に帰る事が多い。たった1年前後の仲だが、今のところ病気を知って距離を取りたいと思ったことはない。何より、俺にとって帰り道の会話や課題の相談ができる相手は貴重だ。損がない今の関係を出来るだけ大切にしたい。
「ユウ、また明日」
「じゃあな」
「課題、徹夜しないよう頑張って」
「苦戦していたところ聞けたから大丈夫!」
カープミラーを中心に、左右に広がるT字路で挨拶と共に手を振った。いつも公園からナオのアパート近くの別れ道までがナオとの帰り道だ。
最近は、ナオがすぐそこにあるアパートに入るまで見送ってから自分の家に帰っている。周囲は一軒家やアパートが集まる住宅街。自動車の通りは少ないが、歩道は車道に白線が引いてあるのみで幅が狭い。この周辺で倒れることは今まで無かったが、万が一のこともあり、俺が勝手に見守るようにしている。
今日も長めに手を振って見送る様子に、ナオは申し訳ない顔をしながら手を少し振ってからアパートに入った。ナオに向けていた手を下ろし、俺も自分の帰路を歩き始めた。
ナオの現状を知る者として何か手助けをしてあげたい。少しずつ手探りでやってはいるが、自分が行なっているやり方で合っているか不安になる。
数歩、足を進めた後に背後に視線を送った。夕陽で真後ろに長く伸びた影の先にもういないナオの姿を思い起こす。
俺は、ナオにとって同じ大学の同級生。
家の近くまで一緒に帰る知り合い。
そこそこ話が合う友達。
ナオ自身の病気を知る人。
インターネットで調べて、簡単な知識は手に入れた。ある程度、病気を理解していると思う。
画面越しの言葉で、『てんかん』を抱えることで辛い事もあると知るができる。当事者だけでなく、家族も念入りに支えている、本人と一緒に苦労していることも学ぶことができる。
でも、あくまで整理された誰かの文字の中で得たもの。目の前の現実と噛み合わず、空回りしてしまうことがある。
どこかにいる誰かでなく、『俺』と『ナオ』について。詳細が綴られた説明書やホームページは存在しない。
どうすれば良いのか。
わからない。
頭の中で静かに湧き上がる、声無き問いの言葉。まるで自分のもののようで、他の誰かのものでもあると感じた。
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