ニ話


 今日この頃。緩とは騒々しい喧嘩祭りだ。

 もはやそれが無い日は、怖くないですか?僕はおっかないです。

 緩が怒ると皺皺でブスだ。つまり、梅干しの窄み唇、膨れっ面ではなく頬骨が角張った、吸うもやし。そう、はっきり言ってブスだ。

 

「クシュッ。ちょっとレム、今私の想像したでしょ」


「違うやい、この新型吸いもやし」


「その口縫ったら素敵よ?ふふ」


 微笑んだ緩の表情は直ぐに寝返りし隠れてしまった。

 ー…笑った顔は宝石級並に可愛いんだけどな。僕、ずっとあの日を思い出すんだよな。



 僕と緩が出会って次の日。


「緩はさっきから何をしているの?」


「テレビのコンセントを抜いてるの」


「僕は、運搬中の君がコップから零した水を拭こうとしているのに」


 そんな事はお構いなしに、棚に配置されたテレビ接続をブチブチ抜く。

 「こうする為にね」そう言って固定解除された物を高々と持ち上げ、勢いよく自身の頭に振り落とす。自殺行為だ。

 「辞めろッ」そう言いながら緩に手を伸ばし駆け寄ろうとした。

 ところが、俺の口から発したのは、


「やぁめんウッ」


と言う水に脚を滑らせ、縦大開脚し、何とも無様な格好での、悲鳴に近い物に過ぎなかった。

 いつの間にかテレビを床におき、ベットの奥でうずくまっている。

 その暖の肩は最初小刻みだったが、段々と仰け反って笑う。


「見るなよ。クソッ」


 僕は股間に鈍い痛みを感じながら、始めて見た病室を彩う華やかな笑顔を複雑な気持ちでずっと見ていた。



 あの日の笑顔はさっきのとは違った。あれはどちらかと言うと悪魔の微笑みだ。


「て、今度は何してるの」


「ベルトを外しているの」


「君は一体何を考えてるんだよ。辞めろ」


 僕が抵抗をしようと掴んだ時には、引っこ抜かれたベルト、同時に僕のズボンがゆっくりとずり落ちる感覚。

 間一髪、反射的にズボンを掴む。

 一息付き、顔を上げると息を呑んだ。

 緩が首に僕のをクロスに巻き付けていたからだ。


「待って、死が望みなら僕がマジックで楽に逝かせれると思う」


「遠慮するわ」


「わざわざ苦しまずに済むのに。それに死ぬ前にしたい事とか有るだろう?」


「放っといて」


 例え僕が惨めで、情けなくて、自爆した事でも、それでも君は笑う様になった。怒る様にもなった。

 君は変化して来ていて、僕が救い出していたんじゃないのか?

 とにかく僕は、君の願いを叶えに姿を現した。

 君の望みは僕の望み。

 だけど僕は君が嫌いになった。あのミモザの花が散った日、嫌いになったんじゃなかったのか。

 嫌いだったら放っといて良いんじゃないか。でもそれじゃ、何の為にここにいる。

 心がさっきから煩わしげに渦巻く。


「ベルト返せよ。ずり落ちるだろ」


 首に巻き付いた物を外そうとする。


「いや……辞めて……やだ」


 首を絞めようとした腕を掴み、この際ズボンから露出した一枚布地なんかそっちのけで争い合う。

 膝に纏わり付いた状態で思う様に身動きなど取れず、僕が緩を押し倒す形でベッドに着地した。

 「痛い」そう言いながらベルトの手を緩めた隙を、見逃さず一気にベルトを奪った。

 きっと頬がほんのり赤くなっていたのは、僕の見間違いだろう。そして僕が、君の唇が動き、吐息が掛り、喉を鳴らし熱く頬を向上させていた事はどうか気付かないで欲しい。


「僕が君の願いを叶えてあげるよ」


 もう何度目の台詞かわからない。

 僕は緩が居るベッドから距離を取った。

 何時も通りの返事がくる。しかし、帰って来たのは鼓膜を震わす声。


「私が……何で死のうとしてるかわかる?わかる……はずないよね」


「病気も病室にいるのも辛くて、毎日が同じで生きてる価値がないから……とか?」


「違うよ!全然違うッ」


「じゃあ、その抱えている事を僕に言えよッ。僕が失くしてやるから……」


 何でだ。何で怒ってるんだ?いや、悲しいのか?

 今どんな顔してるんだ、顔を上げるのが何故か怖い。


「レムは全部……全部持ってる。ずっと……叶えてあげるって……言ってたもんね……私、私はッ」


 俯いていた顔をあげると稲妻のような衝撃が走り、服をぐしゃりと握り締め、目は涙ぐみ、歯を食いしばっている緩がそこにはいた。


「レムが例え、何十何万回言ったって、レムの手を借りるつもりなんてない!私は……自分の手で……力で、責任で、自分の意志でしたい……誰かにしてもらうのは……嫌なの」


 僕が叶えてあげる。それじゃ、駄目じゃないか。違う、合ってる。

 君を救いたい。君を守りたい。でもこの感情が間違っているのか?

 

「私が死を選択するのは、いずれ病気に殺されるくらいなら病原体の生命を一匹残さず殺すためだよ。死以外何も出来ないの」


 揺がない真っ直ぐな視線を持つ緩に、僕は何を言えばいいのか、何をすればいいのか、何の為にここに居るのか。

 僕には、わからない。


「うっ……」


 緩が突然胸を抑えながら、崩れ落ちるように倒れたのを眺めていた。


「緩……?」

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