第3話

 希は兄が大好きだ。幼い頃から、病室で寝たきりでも、兄が大好きだ。眠っているが希の問いかけには答えているように見える。

顔色も時々違うようにも見える。笑っている時もあるし起こっている時もある。実際は泣いていた時もあったのだ。希は見ていないが。

今にも目を開けそうな時もあるのだが、実際は開けてはくれない。このまま目を開けずに逝ってしまうのか。成長した今の姿を見て欲しい。一緒に色んな所に遊びに行き行きたい。いろんな話をしたい。「お兄ちゃん目を開けてよ。お話してよ。私を見てよ。」希はいつも優也に話しかけている。きっと両親も願っている。両親からしたら4歳で時が止まっている。成長した姿を早くみたいはずだ。

 希は病室にいた。ベットの側には真新しいランドセルが置いてあった。爽真は普通ならこのランドセルをからい入学式に出ているはずだった。

両親と希は少しおめかしをして病院へ来ていた。


「爽真、1年生だぞ。ランドセルからって学校へ行くんだよ。早く起きなきゃ。」父親は爽真の髪を撫でながら言った。


「爽真、おめでとう。1年生だね、お母さんランドセルからった爽真を早くみたいわ、だから目を覚まして。」と頬を撫でながら言った。


 希は外を眺めていた。病室の窓からは桜の木がよく見えた。


「兄たん、お花綺麗。」「早く見て」希がそう言った。父 母 希が窓に目をやった瞬間爽真の口元が動いた。少し笑っているようにも見えた。

3人が爽真に目を向けるといつものままだったが希は

「兄たん嬉しそうだね。」と言った。希は爽真をみつめた。


希はまだ4歳。病室に長くは居られない。母は中庭へ連れ出した。


「お母さん、兄たんまだ起きないの?」希が言った。


「そうねきっと楽しい夢を見ているのかもね。だから起きたくないんだよ。」母はそう言うしかなかった。


「お母さんお家に帰ろうよ~」「じいじばあばの所にかえろうよ~」希が珍しくだだをこねたので帰ることにした。


 その頃病室では看護婦が慌てていた。爽真の目から涙が流れていたのだ。先生たちが病室に入ると涙は消えていた。脳波にも特に変わったところはなく看護婦の見間違いだろう。

と部屋から出ていった。看護婦は不思議そうに爽真を見つめた。やっぱり見間違いだったのだろうか?もう一度爽真の顔を見ていれば謎は解決していたのに。爽真は又涙を流していたのだ。

《僕は生きている》


希は父、母と三人で暮らしている

父はサラリーマン 母は専業主婦。今は三人だが以前は六人で暮らしていた。おじいちゃんおばあちゃんそして、希が大好きな兄爽真。


爽真は希の2歳上の12歳。4歳の時、事故に遭い既に8年間もの間入院していた。

爽真が事故に遭ったとき希はまだ2歳だった。兄がいなくなっても判らなかった。両親は週末になると必ず希を病院へ連れた行った。


「爽真兄はなんでいっつもベットで寝てるの?」そう聞いてくるようになった希。母は涙ぐみ言葉を詰まらせた。父もどう説明したらよいものか迷っていた。


爽真は生きてはいるものの目を覚まさない。8年間昏睡状態だった。爽真が眠り続けている間におじいちゃんおばあちゃんが亡くなった。爽真の元気な姿を見ることなく。


希は病室に入るといつも元気に爽真に挨拶をする。

「爽真兄おはよう。今日はとっても天気がいいよ。お母さん沢山洗濯したんだよ。」


返事をする訳でもないが希達はひたすら声かけをしていた。病室では涙を見せない いつの日からか家族の決まりになっていた。

希がまだ幼い頃は病院がとても退屈な所だった。ある日母親から叩かれたことがあった。希が言った一言に。


「爽真兄はどうせ寝てるんだから早く帰ろうよ。」


「希!」その瞬間ほっぺたが熱くなった。その日1度だけだった。その1度を希は忘れないでた。その日を境に希は声かけをするようになった。


両親が先生の所へ話を聞きに行っている間病室には二人きり。希は話しかけた。


「爽真兄 私10歳になったよ。もう一人ででもここに来れるようにもなったんだ。」

「私が一人の時目を覚ましてくれないかなぁ」

一瞬握っていた手の指が動いた。

「えっ」希は見逃さなかった。がその後何度も話かけても指は動く事はなかった。なんだったんだろう。気のせいかしら。いや確かに少しだが

動いたのだ。父や母にも伝え先生も確認してもらったが動くことはなくなんの反応も見せなかった。


「お母さん、今日の帰り海に行こうよ。」 


病院から帰る途中にある浜辺が好きだった希。よく両親と手を繋ぎ砂浜を歩いていた。今日も三人で手を繋ぎ歩いていると

ふと 何か懐かしい思いがこみあげてきた。なにげに希は手を振った。誰もいない砂浜に




希の春

希中学3年生。今年受験だ。勉強もそこそこ出来テニスクラブのキャプテンだ。モテないはずがない。と周りは言う。だが希はまだ一度も付き合ったことがない。告白はされてきた。が当の本人が全く興味を示さない。

勉強は出来るが決してガリ勉ではない。それなりに放課後は友達とカラオケやゲームセンターにも行っている。才色兼備とでも言うのか、本人は普通にしていても勉強が出来スポーツ万能そして極めつけは可愛い。塾にも行かない。何故なら、希は友達との約束が無ければ兄、爽真の病院へ行っていた。

なぜか病室で勉強すると捗るのだ。テスト期間はほぼ毎日通っていた。爽真に話しかけながら問題をつぶやいてみたり。難問にぶつかると、爽真の顔を覗き込み聞くのだ。そうすると不思議なことに問題が解けていた。まるで爽真にでも習っているように。

希はいつも思う。お兄ちゃんが普通に学校へ行っていればこんなふうに宿題なんかを聞いていたんだろうなぁ。と


今日の放課後は友達とカラオケに行くため校門の所で待っていた。希の放課後友達は学年がバラバラだった。今日に限って同級生は放課後居残りをさせられていた。何もない希だけ一人皆が揃うのを待っていた。

その時一台のバイクが目の前を通り過ぎようとしていた。なにげに目をやった。高校生くらいかな?男子二人乗りをしていた。後ろに乗っていた男子が片手をあげた。そして通り過ぎた。希は頭を傾げた。今のはなんだったんだろうか?もしかして自分に手をあげたのだろうか?バイクに乗る友達は流石にいなかったのでその問はいつしか忘れてしまっていた。


希の家は門限がない 自由にさせてもらっている。両親は希が何処に行くのか何時に帰るのかは全く干渉しない。感心が無いわけではない。問題を起こすわけでもないし勉強も出来ている。学生が今しなくてはいけない事を希がやっているからだ。そんな両親だからこそ希も今しなくてはいけないことはきちんとしている。普通のことだが、遊びたい時期でもあることには違いない。


希は部屋でふと思い出した。あのバイクの子が何故手をあげたのか?その時はそこまで気にも止めなかったが今になり思い出した。もしかしてナンパ?私に?いやいや違うな。ナンパなら何故止まらなかったのか。私の顔を見て?希は鏡を覗きこんだ。タイプではなかったんだろうか?かもしれないな。声もかけてもくれなかったし。その晩はなかなか眠れなかった。


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