第10話 帝国の騎士

シクドース広場、そこには第34師団の指令部が設置されている。


西区に侵入した魔獣との戦闘は今も尚続いており、なんとか他区への被害は防げている状態だ。


本来、魔獣等の大型生物を相手にするのは機甲部隊や砲兵隊、騎甲兵の仕事なのだが、彼らはそれが今投入出来ない状態にあった。


「西区の住民の避難はまだ完了してないのか!?」


通信施設のテントの中に怒鳴り声が響く。


声を荒らげていたのは第3騎甲兵中隊の指揮官である「アウスロ・イス・ファルダート」大尉であった。


名門貴族の1つであるファルダート家の御曹司であった彼は貴族社会に嫌気がさし、両親や親戚の反対を無視し帝国陸軍士官学校で軍人への道を目指した。


その中で彼が志したのが彼の今の身分である騎甲兵の操縦手である「騎甲士」。


昔から今に至るまで、騎甲兵は貴族の象徴と言われる程に貴族出身の騎甲士が多かった。


中には幼少期から騎甲士としての訓練を積ませる家もあるくらいだ。


故に、名門家出身の彼が騎甲士になるのはそこまでの苦労ではなかった。


「それが……魔獣の進行が予想よりも早く、逃げ遅れそのまま包囲された者も多くいるようで……」


「迫撃砲の1つも使えないとは……なんたる有様……!」


通信兵の言葉にアウスロは歯噛みする。


避難が完全に完了するまでは戦車や騎甲兵は使えない。


重砲など以ての外である。


しかし歩兵の火力だけでは魔獣を抑えきれないのも現実だった。


いっその事単独で出てしまおうか、などと考えていた時アウスロの元へ伝令の兵士が駆けてきた。


「何事だ」


「はい、師団長よりアウスロ大尉の第3騎甲兵中隊から1個小隊を編成して避難民の救出へ向かえとの命令です」


「何故我々の中隊だけが? 他の部隊はどうした」


「第1、第2、第4、第5中隊は壁外の魔獣の掃討へ向かいました」


「何を……師団長からはそのような命令は出てないぞ!」


「はい、第3中隊を除く全ての騎甲兵中隊が独断で動いています」


アウスロはそれを聞いて怒りを通り越して驚きの感情すら生まれた。


「武勲欲しさ故か……愚かな!!」


軍の指揮系統を逸脱した行為。


こういうのも、アウスロが貴族社会を嫌った原因であった。





「伝達回路、正常!」


「コア、正常に稼働!」


「ディハール、全機出撃準備完了!」


中央区のシクドース広場から外に繋がる大通り。


そこに5機の騎甲兵が佇んでいた。


「ディハール」と呼ばれたそれらは先頭のアウスロの機体から歩き出し、5機は西区へと入っていく。


現在リドミア帝国陸軍は2種類の騎甲兵を運用している。


ディハールはその内の1つ、陸軍でも精鋭しか乗ることの無い最新型の機体だ。


もう1つは一般兵が乗っているあのドラム缶のような形をした「バルーラ」と呼ばれる機体。


ドラム缶のようなバルーラとは違い、ディハールは重装歩兵を思わせるような重装甲を身に纏っている。


これは対人、対騎甲兵での射撃戦を重視したバルーラとは違い、魔獣との格闘戦を想定した作りになっているのだ。


大型種の体当たりなどにも耐えられるよう装甲は厚くなり且つ攻撃を受け流せるように流線型になっている。


両手足の出力と耐久力はバルーラのおよそ4倍。


小型種や中型種なら素手で引き裂くことも可能な腕力、そして、陸上選手も顔負けな脚力の両方を兼ね備えている。


それ故ディハールのコストは高く、全部隊への配備は勿論不可能だった。


今の所ディハールはエースの騎甲士しか乗っていない。


「ここからは敵の勢力下だ。 家屋の影を特に警戒しろ」


《了解》


生きた人間の気配もしない大通りを歩く。


1歩2歩と歩みを進める毎にシートに緩やかな振動が伝わって来る。


アウスロはこの感覚が好きだった。


理由は言葉で説明は難しいが、とにかくこの緩やかな振動をいつも心地よく思っていた。


しかし今はそんな事を気にしている場合ではない。


今回に関しては演習どころか既に死人が大勢出ている緊急事態だ。


そして自分達に課せられたのは取り残された市民の救出。


市民を守る為にも、まず自分達が死んではならない。


確固たるその思いを抱きながらアウスロは任務を遂行する。


《警戒! 9時方向、中型種3匹!》


西区の真ん中辺りまで差し掛かった頃、遂に奴らが現れた。


3対の目を光らせながら家屋を薙ぎ倒し、此方に向かって来る中型種を視認する。


獣とも恐竜とも言えないような見た目をした魔獣は騎甲兵を見るなりそれを最優先で狙い始めた。


《発砲を許可する! 直撃させろ! 家屋には当てるな!》


12cmボルトアクション式ライフル砲を構え、中型種に向けて撃った。


放たれた徹甲弾は1発も外れることなく3匹の体を貫く。


砲弾の運動エネルギーで体を引き裂かれた中型種は僅かに原型を留めたまま地に倒れ伏す。


本来ならば小型種や中型種相手には榴弾を使うのが普通なのだが、今回は都市内での戦闘ということで榴弾や爆薬の類の使用は一切禁じられている。


その為本作戦では腕の良い射手を選んで引き抜いたのだ。


《中型種の沈黙を確認》


「よくやった。 先へ進むぞ」


砲口を下げ、周囲を一瞥すると再び5機は動き出す。


マリノフ達と遭遇するのは、時間の問題だった。

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