第8話 巨人の文明2

門の前で名も知らぬ男に置いていかれたマリノフはそのまま警備兵に拘束され、長く続いた取り調べの後に牢に入れられた。


「クソっ! あの野郎派手に殴りやがった……」


殴られて抜けかけている右の奥歯を引き抜きながら1人愚痴を漏らす。


取り調べは中々に辛いものだった。


出身国や身分を聞かれて正直に答えてもまるで信じてくれない上に軍用規格の騎甲兵、とやらを法の手続き無く所持しているとしてこれまた聞いた事のない国名であるとやらのスパイかと疑われた。


そして反論を繰り返してたらオマケに右頬にパンチまで食らった。


「あぁクソ! これじゃ暫く固いものは食えねえな……」


「よォ、アンタもツイてないな」


看守らしき男が持ってきたパンを齧っていると隣の房から男の声が聞こえて来た。


「お前は?」


「シャローだ。 アンタの名前も教えてくれよ」


「マリノフ」


壁越しに話している為顔も分からないが声の高さと口調でなんとなく顔つきをイメージする。


「お互い災難だなぁ。 この都市には悪党なんて掃いて捨てるほどいるのによ」


イメージして思い浮かんだのは細顔で鼻の高い小悪党だった。







それからずっと2人は話していたが、何故だかこの牢を監視していたはずの看守が一向に帰って来ない。


しかし2人はそんな事に何の違和感も覚えること無く話し続けていた。


「俺は不法入国とエグゾ……騎甲兵の不法所持とやらで捕まった」


「アンタ個人用の騎甲兵なんか持ってんのかよ、すげえな。 因みに俺は人間の街への不法滞在との密売だ」


自らの罪状を楽しそうに話すのを聞きながらマリノフに1つの疑問が浮かび上がる。


「人間の街への不法滞在? どういう意味だ」


「分からねえか? ほら、俺だからさ、ここにいるだけで罪なんだよ」


「……ちょっと待て、ゴブリン? お前が? ゴブリンってアレだろ? 何か緑色の肌の……」


「そうそう! この通り、ゴブリンだから全身真緑だぜ!」


牢の格子から緑色の手を出してブンブンと振るシャローの姿を見ながらマリノフは頭を抱える。


「未開の惑星かと思ったらファンタジー世界かよ……」


ベッドに寝転がり、溜息をつきながら一言呟く。


「なんか言ったか?」


「なんでもな……」


シャローを適当にあしらおうとした時、外のそれも近い場所から何かの爆発音とその振動がここにまでやってきた。


距離からして恐らく5kmも離れていない。


「な、なんだぁ!? 遂にハーディアの野郎が攻めて来たか!?」


爆発音が過ぎ去った後、今度は外が人々の悲鳴と夥しい数の足音で埋め尽くされた。


耳を澄ますと銃声や砲声もあちこちで疎らだが聞こえてくる。


間違いない。 この都市内で戦闘が起きているのだ。


「おい誰かいねえのかよ!! ここから出してくれ!!」


シャローが外に向かって呼び掛けても、普通なら来るはずの看守が来るどころか人の気配すらしない。


どうにかしてここから出ようと思考していた時だった。


突然天井が砕けた。


否、何かが突き破ってきたのだ。


屋根を突き破って侵入してきたそれは土煙の中でこちらを見つめていた。


その音は、マリノフにとっては聞き慣れた音だった。


「こんな所でもイーターか!!」


入って来たのは陸上型のファイターだった。


大きな羽を震わせる虫は鋭い顎をガチガチと鳴らしながらマリノフの牢へと近付いてくる。


一際大きな羽音を立てたかと思うと、その強力な脚力で飛び掛ってきた。


小型種とはいえ人の身長程はあるファイターはそのサイズに比例してパワーも尋常ではない。


容易く格子を食い破り、牢の中に入って来たファイターとマリノフが対峙する。


再び顎を鳴らしながら飛び掛ってくるのをスライディングで躱し、ファイターがへし折った格子の破片を手に取る。


身体の大きいファイターはこの狭い部屋の中では上手く動けていないようだ。


その隙をつき、ファイターの背後に走り寄る。


「死ね!クソがぁあ!!」


今度はマリノフがファイターに飛び掛かり、脳天に格子の破片を思い切り突き刺した。


先の尖った鉄棒は外骨格を貫き、真下の顎も貫通した。


頭に鉄棒の突き刺さったファイターは不快感を催す呻き声を上げながらフラフラとよろめき、壁にもたれ掛かるとそのまま動かなくなった。


ファイターの死骸を一瞥し、食い破られた格子の隙間から外に出てシャローの様子を確認すると隅で縮こまっていた。


「さっきのバケモンは……ど、どうなったんだ?」


怯えきった表情のシャローを安心させようとファイターはもう既に死んだと伝える。


それを聞いてシャローは安心したのかぐったりと壁にもたれ掛かる。


「待ってろ、牢の鍵を探して来てやる」


「なるべく早く帰って来てくれよ!」


牢から外に出て建物の中の散策を始める。


廊下の先に階段を見つけ、上へと上がる。


地下の収容施設の上は警察署のような建物になっていて、先程まで人がいたのかそれらしき痕跡が幾つかあった。


人気のない、静寂に包まれた廊下を歩きながら、オフィスと思しき部屋を見つけそこに入った。


「ここなら鍵が……!?」


開けっ放しのドアから中に入った途端、後ろから明らかに人間のものではない足音がこちらに近付いてきていた。


しかもこちらに気付いているのかその足取りはかなり速い。


急いでオフィスの中に入り、デスクの裏に隠れる。


直後にファイターがドア枠ごと破壊しながら入ってきた。


マリノフは息を殺しながら周囲を見る。


デスクの向こうには複眼を光らせながらゆっくりと獲物を探すファイター。


どうにかできないかと何か使える物が無いか視線を巡らせていると、オフィスの1番端に誰かの死体があるのを見つけた。


マリノフが注目したのはそこではなく、その死体が抱えているレバーアクション式の散弾銃だった。


ファイター、それも小型種ならば12ゲージのバックショットでも十分に致命傷は与えられる。


しかし欲を言えば外骨格を容易に貫き内蔵に確実に損傷を与えられるスラッグ弾が欲しい所だ。


彼我の距離はデスクを隔てておよそ4m。


自分の位置はオフィスに入ってすぐの一番端のデスク。


この位置から1番向こうにまで行くとすればまず見つかってはいけない。


全力疾走で無理矢理取りに行くと言っても、ここは牢の中ではない。


デスクなどの障害物など吹き飛ばしながら一直線で食らいに来るだろう。


かと言って匍匐で時間をかけて移動する訳にもいかない。


その間にファイターはこちら側に回り込んで来るに違いない。


一頻り悩んだ末決断した。


デスクの上に置かれていた鉛筆を向こう側の壁に向かって投げ付けた。


向こう側を調べ終わってこちら側に来ようとしていたファイターは壁に鉛筆が当たった音に気付き、その方に向かって行く。


こういう時に奴の単純さが有難く思える。


そんな事を思いながら匍匐で死体の元に這い寄り、死体から散弾銃を引っペがす。


音を立てないようにレバーを下に引きゆっくりと薬室を開く。


しかし、撃ったままコッキングがされていなかった。




結果どうなったかと言えば、排出された真鍮製の空薬莢が床に落ち、甲高い音を立てながら転がった。


それにファイターが気付かない筈も無く、音の発信源に顎を開いて突進した。


デスクを吹き飛ばしながら向かって来るのをみたマリノフは急いでレバーを戻して猛スピードで迫り来るファイターの顔面に照準を合わせる。


ファイターがマリノフの腹に噛み付こうとした直前に引き金を引き、薬室のピストンが20ゲージのバックショット弾の雷管を叩いた。


「うぉあ!!」


ファイターの頭が吹き飛び、飛び散った肉片と体液が天井にへばりついた。


頭部の殆どを失ったファイターは既に動かなくなっている。


未だ銃口から硝煙の漂う散弾銃を構えながら、周囲を警戒する。


あれ程大きな音を立てたかと割には足音や鳴き声が聞こえてくることは無かった。


「鍵、コイツが持ってるな」


死体の腰に吊るされていた鍵束を取り、再び地下へと戻って行った。






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