第6話 漂流
現在位置も分からぬまま、マリノフは激しい頭痛で目を覚ました。
どうやらメインシステムが停止したらしく、コックピットの中は真っ暗になっていた。
まだ痛みの残る頭を左手で抑えながら、手探りでジェネレータのスイッチを入れた。
ジェネレータの稼働音と共にモニターに光が灯り辺りの景色を映し出す。
「なんだ、ここは……」
どうやらマリノフの機体は海面に激突した後、そのまま漂流してこの砂浜に打ち上げられたようだ。
取り敢えず辺りの様子を見ようと、機体を動かせるか自己診断システムを起動した。
アクチュエータ ─正常
メインカメラ ─ 一部破損 使用可能
レーダー ─使用不可
FCS ─破損
スタビライザー ─正常
14.5mm ─残弾無し
30mm ─残弾無し
etc…………。
「駆動系は生きてるな。 武装は使えるのはダガーくらいか」
殆どの武装がFCSの破損と弾切れにより使用不可となっていた為余計な荷物を持っていく必要も無いと考えたマリノフはダガー以外の全ての武装をパージした。
「これでスッキリしたな」
レーダーが死んでいる上に、GPSも何故か機能しない為自力で歩いて辺りの地形を調べ始めた。
砂浜から森の中へと入り、木々の間を掻い潜っていく。
深く、入り組んだ森の中は今までイーターへ放たれたミサイルや砲弾で荒野と化した大地しか見た事の無かったマリノフにとっては新鮮な光景だった。
正に、人の手が全く届いていない自然だ。
歩いてから2時間か経った頃、森の奥に光が見えてきた。
どうやら森はそこで終わりらしい。
傷だらけのエグゾスーツに鞭を打ち森の外を目指して歩く。
そして遂に森の外に顔を出した時、マリノフは自らの目に写った光景に硬直した。
一面を埋め尽くす草原。
風に揺られる草花の向こうには大きな山脈が見える。
「はぁ……」
腑抜けた声を上げながら感嘆する。
このような光景環境汚染で汚れきった地球ではとても見られるものではなかった。
マリノフがこの時思い浮かんだのは昔見た何世紀も前の地球の風景を描いた絵だった。
青々とした草原に遠く霞む大地の先に聳え立つ逞しい山脈。
その絵を描いたのは……サリーだった。
幼少期から絵を描くのが好きだったサリーはしょっちゅう何か頭の中で風景を思い描いてはタブレット端末にペンを走らせていた。
ラディア978に降下する前もどんな景色が見れるか想像しながら描いていたのを思い出す。
「……サリー、絵心皆無の俺にこんな景色を見せてどうしろってんだよ……」
操縦桿を握る手が震える。
「この
目頭が熱くなる感覚を覚えた。
涙腺など、とうに枯れたと言うのに。
「…………サリー、俺はどうすればいいんだ。 この惑星で」
操縦桿から手が離れ、だらりと垂れ下がる。
晴天の空を眺めながら、サリーとの記憶を頭の中から掘り起こしていった。
『見ろ! 500年前の地球をイメージして描いてみたんだ。 後ろの山脈は自信作だぜ』
時に名も無い大地の絵を描き。
『知ってるか? こいつは富士山って言って日本で1番デカい山だとよ。 まぁ、今はもう地図から消えてるが』
時に存在する場所も描いた。
横から奴が描く姿を見る度に、奴のペンを握る手にはいつも喜びの感情が篭っているように感じていた。
絵を描く喜びだ。
サリーにとっては絵を描けることが幸福だったんだ。
ラディア978への降下作戦が始まってからは奴の手には代わりに期待の感情を感じた。
『俺達が降りる惑星、こんな所だといいな』
『開拓が一段落したら、もっと遠くの景色を見に行きたい。 勿論、お前も来てくれる……だろ?』
『昨日偵察でめちゃくちゃデカい渓谷を見つけたから描いてみたぞ。 どうだ?』
しかし、イーターが出現し始めてからはペンを手に取ることが少なくなり、俺達が置いていかれた頃にはもう完全に描かなくなってしまった。
一度に多くの死を経験し過ぎた俺達は心身共に疲弊しいつ死ぬのかという恐怖に苦しんでいた。
『お前に、こいつを預ける。 こいつだけは、絶対に失いたくないんだ。 俺が死んだら、お前が持っててくれ……頼むよ……! お前だから、お前にしか渡せないんだ!!』
そんな中で、奴のタブレットとペンを預かったのは、正しい選択と言うべきなのだろうか。
「確かここに……あった」
コックピットの小道具入れの中に手を入れ、タブレットと紐で固定されたタッチペンを引っ張り出した。
もうかなり古い機種で中も劣化しているだろうが、電源は無事についた。
サリーは俺に渡す前にタブレットのパスワードをリセットしていたようで、簡単にロック解除ができた。
タブレットのホーム画面には、必要最低限のアプリとその中にサリーが絵を描くのに愛用していたアプリがあった。
それを開き、今までの作品が保存されているライブラリを見る。
「……?これは……」
すると、ライブラリの中に見覚えの無い絵が一番下にあった。
描かれた日付を見てマリノフは目を見開く。
「これ……HLV護衛に出撃する前に描いた奴じゃねえか」
画像ファイルをタッチし開く。
出てきた絵はいつもサリーが描いているような風景画だった。
しかし、1つ違う所がある。
陽に照らされ、岩や底の湖が輝く渓谷を両手足を使って上へと登っていく1機のエグゾスーツの姿があったのだ。
「部隊番号……俺と同じだ」
絵の中のエグゾスーツの肩にはマリノフの機体と同じ「303」と大きく描かれていた。
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