第3話 無理心中回避の代償

 アンドロイドのカナが居候することになった翌日の放課後。

 とても特殊な状況下にあるが、学校内ではそんなことはお構いなしに時間が過ぎていく。


 家に帰ると、居間のテーブルに『買い物に行きます』と書かれたメモが置いてあった。文の下には得体のしれないファンシーな動物の絵が描かれている。絵心ゼロの母さんの作品だ。


 1階にカナの姿はなかった。

 親父はアトリエだろう。


 とりあえずカバンを置きに、2階に上がる。

 物置だった俺の隣の部屋のドアに『KANA』というプレートがかかっていた。


 どうやらは本当に居座るらしい。

 カナの部屋を素通りして、自分の部屋に入ると──押し入れの奥にしまっていたはずのレトロゲーム機を出してが遊んでいた。


『えいえいっ』


 かちかち、かちゃかちゃと、コントローラーのスティックとボタンを駆使して敵の攻撃をかわしているが、一緒になって体が左右に動いている。


「おい」


『あ、おかえりなさいませ、進さま』


「俺の部屋で何やってんだ、お前」


 そう言われ、慌ててコントローラーから手を放すアンドロイド。


『す、すみません! ファーストサムライをやってました!』


 プレイヤーがいなくなり動かなくなったサムライは、一方的に敵の攻撃を受け、刀を失う。その直後英語で、


 <Oh No! My Sword!>


 俺は反射的にコントローラーを握っていた。

 敵の行動パターン、どこに何のトラップがあるのか、今でもすべて覚えている。


『すごいです……』


 カナが目を丸くしている。

 我ながら、ここまでこのゲームを極めている人はいないだろう、と思う。


 <My Sword!>


 再び愛刀を取り戻して歓喜するサムライ。

 途中だったステージを簡単にクリアして、ゲーム機の電源を切る。


『進さま、上手すぎです……』


「んなことより、勝手に人の部屋を漁るな」


『本日、工事業者の方々が来られまして、割れた窓ガラスと天井ボードの交換をして頂きました。屋根の修理は後日になり、ブルーシートで応急措置をして頂きました』


「そうか……2度目だから今回は手際がいいな」


 カナの言う通り窓も天井も元通りになっていた。

 フローリングの床はところどころ焦げついたが、今のところ支障がないので今回は修繕を頼んでいない。


『工事の後、部屋のお掃除をしていました。そうしたら、押し入れにソフトの入った古いゲーム機がありました……わたし、進さまのお気に入りのゲームの内容が知りたくて……』


「理由はどうでもいい。勝手に俺の部屋に入るな。自分でやるから掃除も必要ない。次やったら親父や母さんが反対しても追い出すからな」


『……すみません』


「本当に反省しているなら、言葉じゃなくて約束を守ることで果たしてくれ」


 うなだれるアンドロイド。

 ゲーム機のケーブル類を外して、押し入れを開けて丁寧に元の位置に戻す。


 ──言ったそばから押し入れ開けるなよ……。


 反省はしているようなので言いたいことを我慢する。


『すみませんでした……2度と進さまの部屋には入りません』


「極端なやつだな。入れないとは言ってねーだろ。勝手に入るなって言ってるだけだ。俺がいるときにノックすれば入れてやるし、ゲーム機だって遊びたければ貸してやる」


 そう言ってやると、心なしか表情が明るくなる。

 どういう仕組みかわからないけれど、このアンドロイドは、人と見間違えるくらいの、微妙な表情を作ることができる。


『ありがとうございますっ!』


 お辞儀の見本のような角度で、頭を下げる。

 その動作も人間のようだが、機械じみた声だけは人間のそれと大きな隔たりがある。


「ひとつ質問がある」


『はい、なんでしょう』


「お前は、どんな目的で作られたんだ?」


『進さまのお役に立つことが、わたしの目的です』


「具体的には?」


『側に居ます』


「……お前が側にいることで、俺にどんなメリットがあるんだ?」


『癒されます』


「誰が?」


『進さまが』


「誰に?」


『わたしに、です』


「1たす1は?」


『2です』


 壊れてはいないようだ。


 俺の気持ちを察したように、


『私は正常です。異常ありません』


 と言う。


「ちなみに、お前が側にいても俺は癒されてないから」


『……』


「……」


『ええっ!?』


「……驚くな。お前は俺の役に立ってない。これっぽっちも。それは明らかだろ」


 2度ほど殺されかけただけだ。

 部屋も無茶苦茶にされた。


『それは困ります。それでは、わたしがいる意味がありません』


「いちいち意味なんて必要ねーだろ。お前は、自分で考えて行動することができるんだから、誰の命令だか知らないけど、俺の役に立つことは忘れろ。で、家の人間に迷惑かけない程度に好きにすりゃいい」


『進さま……』


 急に抱きついてくるカナ。

 カナの髪が頬に触れ、くすぐったい。

 体温や質感まで再現しているのか、アンドロイドの体は予想に反して柔らかく、温かかった。


「お、おい……」


 相手は機械なのに、きつく抱きしめられて狼狽うろたえてしまう。


 しかし、


『それは詭弁きべんです』


「え?」


『そんな言葉でわたしは納得できません……自爆します』


 この一言で、やましい気持ちは一掃された。


「ばか、離せッ!!!!」


『カウントダウン、開始します。10、9、8……』


 カナが一度うつむき、再び顔を上げると、その瞳の色は赤く変化していた。どこからか、もっともらしい警報ブザーが鳴り始める。


『5、4、3……』


 アンドロイドは、信じられないような強い力で俺を抱きしめて放さない。まったく身動きがとれない。


 死ぬ。


 これは確実に死ぬ。


「やめろーーっ!!」


『はい』


 再度カナがうつむき、顔を起こすと、瞳の色はもとの黒に戻っていた。

 同時にブザーも鳴り止む。


「……」


『どうかしました?』


「殺す気か! このバカ!」


 完全にこいつにおちょくられているような気がして、無性に腹が立ってくる。


『わたしは、目的を失ったら生きていけません』


「もともと生きてないだろ、お前は」


『そうかもしれません。でも、人と同じように活動しています』


「そんなものはまやかしだ。お前の体は人が作った機械だし、その考えはプログラムの処理結果に過ぎない」


『やっぱりじば、』


 俺はアンドロイドの頭部に手刀でツッコミを入れ、


「軽々しく自爆すんな」


 と、注意を促す。


『……気をつけます』


「とりあえず、俺を道連れにしようとすんな」


 まだ心臓がバクバクいってる。


 マジで死ぬかと思った。


『善処します』


「厳守しろ」


『……ではこうしましょう。わたしは金輪際こんりんざい自爆スイッチを押しませんから、進さまは、わたしのことを「お前」や「アンドロイド」ではなく、カナと呼んでください』


「どんな思考回路をしてんだ、は」


『やっぱりじ、』


「カナ!」


『あ……』


「自爆しないことが条件だろ」


『やっと呼んでくれました……』


「無理心中回避の代償なら安いもんだ。誰だってそうする」


『嬉しいです』


「よかったな。じゃあ、自分の部屋に戻れ」


『では、伊月カナ、失礼しますっ!』


「どさくさ紛れに伊月姓を名乗るな」


 油断も隙もない。

 頭の中でなに考えてるかわからない分、人間よりもタチが悪い。


『進さま、そういうところは、さらっと流すものですよ』


「俺はお前を作ったヤツの顔を見てみたい」


『それは秘密です、進さま』

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