第1話 折れた刀
午前1時。
とある住宅街の、とある一軒家。
門扉には『
この家には三人の家族が住んでいる。
父は
『ごく普通の家庭』と、当人たちは言うだろうが、第三者にそれを肯定してくれる人はいない、そんな家族とアンドロイドの少女との話──
**********
目覚まし時計が床に転がっていた。
『目を覚ませねば、斬り捨てるッ!!』
両手で構えた日本刀は根元で折れて、刀身はどこにも見当たらない。
『目を覚ませねば、斬り捨てるッ!!』
──刀が折れちゃ、説得力が無いな。音声も割れてるし。
戦国武将の目覚まし時計──正確には、甲冑(
「気に入ってたのに……高かったし……」
思わず声が出てしまう。
──ところで。
──部屋で寝てたはずなのに、どうして目覚ましがぶっ壊れて、俺はベッドから落ちてるんだ? 地震でもあったのだろうか?
頬にひんやりとした風を感じる。
風が運んでくる空気は柔らかいが、やや焦げ臭い。
『目を覚ませねば、斬り捨てるッ!!』
横になって転がっている満身創痍の家康公が、しつこく警告してくる。
──斬られる前に起きるか。
まずは目覚ましを止めるために立ち上がろうと──そこにあるべき床はなく、勢いで、
**********
「あらおはよう、
いつもの朝。いつもの母さん。
「おはよ」
俺もいつものように返事をする。
「今朝は遅いな、愚息よ」
座敷で普段は読みもしない朝刊を広げている
「お前はいつものように昼まで寝てろ、ダメ人間」
親父は読んでいた新聞を真ん中から豪快に破り捨て、
「毎晩遅くまで働いている父上様に向かって言うセリフがそれか! しかも朝イチで!」
「何が父上様だ。アホか。
「邪魔とはなんだ邪魔とは! 低血圧気味の息子に執拗に話しかけて血圧を上げてやろうという私の底知れぬ優しさがわからんのか! 愛が!」
「母さん、メシ」
「はいはい。ちょっと待ってね」
親父が無駄に早起きしていること以外、特に変わった様子はない。(伊月家は普段からこんな感じだ)
──二人とも、気がついていないのだろうか。
俺は食卓にはつかずに廊下を抜け、客間に入る。
天井を見上げ、床に目をやり、事実を再確認する。
一階の客間の天井、それと床に直径2メートルほどの大穴が空いていた。
まるで鉄球や小粒の隕石でも落ちてきてできたような穴で、客間の天井から二階の
空から何かが降ってきて、家の屋根に落ち、一直線に居間の畳も貫いて床下の基礎まで達したらしい。砕けたコンクリートらしき白い破片や土が穴を中心に畳の上に散乱していた。
落下物の終点と思われる穴を覗いてみたが、真っ暗で何も見えない。
「あらあらまあまあ……」
フライ返しを持った母さんが背後に立っていた。
「二人とも一階で寝てたのに気づかなかったのか?」
「
「違う」
ぼけぼけの母さんの言葉を否定し、続けて、
「屋根にも穴が開いてるから、何かが落ちてきたんじゃないか」
「でもそのタンコブ……」
そう言って母さんが俺の頭頂部に触れると、鈍器で殴られたような激痛が走った。あまりの痛さに叫びそうになるが、痛みに耐え、ごろごろと床を転がる。
「ごめんなさい、痛かったかしら」
息子が床で高速回転していても、のんびりとした口調の母さん。
俺は涙目で立ち上がり、
「痛ってえ……なんでタンコブなんて……」
「お母さんはてっきり、進が何かをして床が抜けたのかと……」
「だからさっきも言ったけど、俺の部屋の天井にも穴が空いてる。それに仮に俺がこんな畳をぶち抜く勢いで落下してきたら死ぬ」
「一体、何があったのかしら」
そう言い、母さんは考えるポーズをしているが、絶対に何も考えていない。
今朝、ベッドから目が覚めると、部屋がめちゃくちゃになっていた。
目覚まし時計が壊れ、雑誌や机の上にあった紙類が散乱し、本棚の本の多くは床に散らばり、天井と床には大きな穴が空いていた。
何が何だか、まったくわからない。
──そうだ、エレナ先生を呼んでみるか。
この手のことに詳しそうな先生に協力を仰ごうと思ったところで、
「では、私が答えてやろう」
いつ入ってきたのか、親父がいた。
「別に答えなくていいから」
即拒否。話がややこしくなる。
「聞くのだ息子よ。落ちてきたのは、宇宙人だったぞ」
親父が真顔で言う。
「まあ素敵」
母さんは目を輝かせている。
うちの家族は、完全に終わってる。特に親父が。
「じゃあ、この俺のタンコブは、インプラントの痕跡か?」
「あるいは」
──だめだコイツ。皮肉も通じない。
「インプラント……?」
初めて聞いた言葉だったのか、意味が分からず首をかしげている母さん。
「……アブダクションされろ」
俺は小声でつぶやくが、親父はこういった言葉を聞き逃さない。
「貴様、今なんて言った? 組織に消されるぞ」
めったに見せないシリアスな表情で
「消されるのは宇宙人を見た親父だろ」
「
親父は、今度は青ざめた顔で、母さんの腰あたりに
もはやため息も出ない。
「とりあえず俺はメシ食って学校に行くからな。家の修理の手配は頼んだ。雨が降ったら困るから屋根を急ぎで。でも、この畳の穴は塞がないように。先生に詳しそうなのがいるから、帰りに連れてくるよ」
「わかったわ」
すがりついていた親父をフライ返しで押し戻し、母さんはエプロンのポケットから付箋紙とペンを取り出して、忘れないようにメモを取る。
俺は急いで朝食をとり、洗面台で顔を洗い、歯を磨きながら寝癖をチェックする。
鏡を見ると、頭頂部が1センチほど盛り上がっていたので、軽く髪の毛を浮かせて誤魔化す。
──いつどこで頭を打ったのだろう。
──確か23時過ぎに寝て、朝はベッドの上で目が覚めたのだから、頭をぶつけているはずがないのに。
──そもそも天井と床を突き破る何かが落ちてきて、目が覚めないはずがない。俺は起きたけど、何かの衝撃で頭をぶつけて気を失ったのか?
一旦考えるのをやめ、二階に駆け上り、床の穴に落ちないように注意しながら散らばっている教科書やらプリント類をカバンに詰め込む。
急いで学校の制服に着替え、スマホで客間の惨状を撮影してから、自転車に乗って家を出た。完全に遅刻だ。
学校に到着するまでの間、『落ちてきたのは、宇宙人だったぞ』という親父の言葉が頭から離れず、非常に腹立たしかった。
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