第42話

 11月21日

〈 文化祭の初日。

 美空くんと一緒に、模擬店を回った。

 たくさん幸せそうな顔を見せてくれる君に

 僕は毎日恋をする。

 もらったミサンガは、天国まで持って行こう。

 たった一人の人から好きと言われることが

 これほどまでに嬉しいことだと、僕は知らなかった。

 僕が死んでしまっても、君のことをずっと見守り続けたい。

 君が、この先ずっと幸せでいますように。 〉



 12月4日

〈 美空くんと今日もお願いを叶えた。

 君のお願いを叶える僕の使命は、もうそろそろ終わりを告げる。

 僕の身体は日に日に具合が悪い。

 君にいつまで笑顔を向けていられるだろうか。

 どうしてこの身体に生まれてきてしまったんだろう。

 どうして、普通の高校生活が送れないのだろう。

 どうやったら、もっと長く生きられるんだろう。

 一日でも長く、一秒でも多く、君と一緒にいられたらいい。

 どうか、僕の身体、もう少し頑張ってくれ。 〉



 12月7日

〈 せめて、クリスマスまではもってほしい。

 最後のクリスマスを、美空くんと一緒に過ごせたら

 どれほど楽しい思い出になるだろう。

 君がくれた数々の思い出と共に

 僕は眠りにつきたい。

 どうか、それまでは大丈夫でいてくれ。

 クリスマスプレゼントを渡したい。

 喜ぶ君の顔が見たい。

 手を繋いで、どこかへ出かけよう。

 ああ、そのままきっと、時が止まればいいのにと思うのだろう。

 今、この瞬間でさえもそう思うのだから。

 僕はずっと、君が好きで仕方ない。 〉



 12月15日

〈 僕が君の神様でいられるのは

 きっとあとほんの少し。

 そんな気がする。

 一緒に居られるのも、あとわずか。

 時間は残酷だ。

 僕からどんどん君を奪ってしまうのだから。

 ああ神様、彼女が一日でも多く、幸せな日々を送れますように。

 どうか、笑顔の絶えない日々を送れますように。

 そして、いずれ大事な人と

 かけがえのない人生を送れますように。

 ずっと、彼女の幸せを願っている。 〉



 12月18日

〈 僕は生徒会長で、みんなその役職で僕を見る。

 本当の僕はここにいる。

 美空くんのことが好きな、ただの高校生の僕。

 寿命があと少ししか残っていない僕。

 死んでしまうと医者に言われた僕。

 ドナーが見つからない僕。

 僕の身体はもう限界に等しい。

 最後まで、僕は、僕という人でいたい。

 病弱でかわいそうだったなんて思われたくない。

 僕は、葵田夕という人間のまま死にたい。

 わがままばかりだけれど

 僕は、美空くんの神様のまま、消えてしまうことを望んでいる。

 決して彼女に、弱い自分を見せたくはない。

 ずっと頼れる存在でいたい。

 でも、強がっていられるのだって、きっともう少しだけだろう。 〉



 12月22日

〈 美空くん、ありがとう。

 僕は、これから長い旅に出ることになる。

 とてもとても長い旅で、僕もまだ行ったことがない所だけれど。

 きっと長く遠く果てしなく続く旅路だ。

 君は、その旅に出る僕に、最高の思い出をくれた。

 思い出と、経験しか持って行けない旅路に

 君はきらめく思い出と、美しい日々をくれた。


 君が、僕の最後の望みを叶えてくれたこと。

 僕のことを神様だと信じてくれたこと。

 僕を好きになってくれたこと。

 誰も叶えられなかった僕の願いを

 全て叶えてくれた君に感謝している。

 君が生きてくれて、生まれてくれて僕は嬉しい。

 僕を助けるために生まれて来てくれたのかもしれないね。


 ありがとう、美空くん。

 ずっと幸せでいて欲しい。

 ずっと笑顔でいて欲しい。

 大好きなんだよ、美空くん。

 もっと一緒にいたかった。

 でも、僕はもう生きられない。

 ありがとう、美空くん。

 言葉にできないくらいに、感謝をしている。 〉



 そこで、日記が終わっていた。美空はその後の空白のページをめくり、もう一度最初から読み返し、気がつけばとっくに夜中を過ぎて明け方近くになっていた。


 それでも夕の日記を何度も何度も読み返した。まるで、そこに夕が息づいているかのような錯覚に陥り、声やしぐさを鮮明に思い出しながら美空は日記をめくる。


 読み返す度に、あの生きている色づいていた日々が思い出される。美空が人生を楽しいと思えたのは、死ぬことを止めてよかったと思えたのは、全て夕のおかげだ。


 感謝してもしきれないのは、美空の方だった。夕は夕の残り全てを、美空にくれたのだから。


 嗚咽さえ出てこないまま、記憶と思い出と、目の前の文字に美空は没頭した。涙もなにも出てこなくなるほどに、美空が無になった時、ふとノートの最後のページの感触が、他のページと違っていることに気がついた。


 よくよく見てみると、ノートの最後のページがくっついてしまっている。経年劣化なのか、ピッタリとくっついてしまっているページを丁寧に剥がすと、案外きれいに取れた。


 そこに書かれていた文字を読んで、美空の視界は雨の日に上を向いた時のように滲んだ。



〈 ああ、死にたくないな。

 美空くん、もっと君と一緒に居たい。 〉



 つぶやくような文字で最後に書かれた一言に、美空はたまらずに涙をこぼした。

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