第41話

 9月27日

〈 やっと彼女の前に立つことができた。

 すごく怖かったけれど、神様のふりをしてみた。

 僕は君にとっての神様でありたい。

 最後の僕のお願いを叶えてくれるのは、君だ。

 そして、僕も君のお願いを叶えてあげる。

 絶対に、後悔はさせないよ。

 君はやっぱり死のうとしていたけれど

 僕が思っているよりもとても素直で素敵な人だ。

 彼女のために人生の残りを捧げるのは

 それは素晴らしいことのように思える。

 今日は、僕が神様になれた日だ。

 そして、彼女を救えた日だ。

 嬉しくて、本当は泣きたいくらいだよ。

 君が生きていてくれることがとても嬉しい。

 僕は生きられない未来を、気味が生きてくれるのだと思うと

 僕は君が愛しくてたまらない。 〉



「これ、私が飛び降りるのを止めてくれた日だ……」


 美空は、指でその文字をなぞる。屋上で飛び降りようとした美空に、死の恐怖を見せつけ、そして生者の国へと引っ張り上げた。


 あれは夕が仕組んだ、一世一代の演技だったのだろう。美空は、あの日のことを鮮明に思い出せる。


 あの時の優しくも底の知れない瞳を、美空は今でも胸に消えないくらいに焼き付けている。夕は、まぎれもなく、美空の前で神様だったから――。



 9月28日

〈 美空くんと、学校をさぼって海へと向かった。

 おそらく、僕がこの人生で最後に見た海になるだろう。

 最後に見れた海が、穏やかで美しくて、きれいだった。

 僕は、あの景色を一生忘れないと思う。

 海を見て泣いた君の涙がきれいで、忘れられない。

 僕も、泣きたかった。

 最後の海を、君と見れたことが嬉しい。

 全てが美しくて、言葉にならなかった。

 隣にいてくれたのが、彼女で良かった。

 貝を拾ったことも、一緒に飲物をのんだことも、

 授業をさぼったことも、一生忘れないよ。

 彼女は、僕を神様にしてくれた。

 死のうとする君だからこそ

 最後に、僕に生きる目的と使命をくれたんだ。

 ありがとう、美空くん。 〉



 10月2日

〈 放課後にお出かけをしたいなんて

 なんてかわいいお願いだろうか。

 僕はこのお願いを叶える義務がある。

 なんていったって、僕は彼女だけの神様になったのだから。

 人のお願いを叶えて行くことが

 これほどまでに素晴らしいことだとは知らなかった。

 僕は着実に寿命を縮めているけれども、

 今までに感じたことがないくらいに毎日が充実している。

 なんてすばらしい使命をくれたんだろうと、感謝せざるを得ない。

 隣で映画を観ながら感動して

 瞳をうるませている君は愛おしい。

 ポップコーンに目を丸くしている姿は

 僕が天国に持って行ける思い出の中でも

 飛び切り特別な一瞬になった。 〉



 10月6日

〈 今日という日は、人生でも特に忘れられない一日になった。

 元々美しい美空くんが

 直視できないくらいにとても美しくなった。

 僕が隣にいていいのか、正直分からなくなるくらい。

 はにかんだ君の笑顔がかわいい。

 ずっと隣でほほ笑んでいて欲しい。

 そんな僕のわがままは、もちろん叶うことはないけれど。

 ずっと君には笑っていてほしい。

 僕は君の笑顔を見るたびに

 生きる勇気が湧いてくる。 〉



 美空が書いていた魔法のノートとほぼ同じ日付で、夕の日記も綴られている。それは毎日の時もあれば、間隔が空くときもあった。



 10月12日

〈 恋愛をしよう。

 いや、僕はもうすでに君に恋に落ちている。

 とても魅力的で素晴らしい美空くんに。

 君が、僕の隣に居たいと言ってくれた。

 それだけで、僕は明日に希望が持てる。

 病気が憎らしい。

 僕は、本当はもっと生きていたい。

 君の隣にいていいのなら

 僕はずっと、君の隣にいたいんだ。 〉



 10月15日

〈 自分が好きな人が、自分と同じに好きだと思ってくれる。

 それは、なんて奇跡的なのだろう。

 自分と同じ気持ちに相手がなってくれるなんて

 これほどまでに生きてきて嬉しいと感じたことはないかもしれない。

 僕は今、この奇跡に感謝をしている。

 地球上の何十億人と人がいて

 そのうちのたった二人の想いが通じ合う。

 これを奇跡と呼ばないのなら

 なんて呼ぶのだろう。

 美空くんとつきあえたこと。

 天国へ持って行くのに、素晴らしいお土産だ。

 僕は、なんて幸せなのだろう。

 君との思い出を、もっともっと、深く刻みたい。

 僕は、ずっと君と一緒にいたいし、笑っていたい。 〉



 読めば読むほどに、夕の息づかいも、握った手の冷たさも、抱きしめられた時の温もりも思い出せる。美空はその胸いっぱいの思い出と共に日記をただただめくり続けた。

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