第43話
夕が長い長い旅路に出たことを知って、美空はそれからずいぶんとぼうっとした日々を過ごした。友達とは普通に話をするし、授業もきっちり受けた。三年生にもなると、受験が迫っているから、多少なりともみんな必死なのだ。
そんな空気感も相まって、美空も勉強に集中した。せざるを得ないというのが正しいかもしれない。気を紛らわせていなければ、美空はすぐにでも夕のことを思い出してしまう。
それほどまでに、夕と一緒に過ごした時間は濃ゆく美空に刻まれている。あの一瞬が、永遠とも思えるほどに、あの時だけ色がついていたかのように、美空の人生の中で一番輝いていた。
夕に会いたい気持ちは、常に心の奥底にあった。そして、それが二度と叶わない願いであることも悟った。
何でも叶えてくれる魔法のノートは、夕という神様を失ってしまった。夕と一緒に叶えるお願いは、そのノートはもう二度と叶えてくれないのだ。
美空は、息がつまったなという時や、苦しい気持ちに押しつぶされそうになると、たまに屋上へ行っては、あの懐かしい日々を思い出す。フェンスに寄りかかりながら、ぼうっと空を見上げる。
そこでいつも隣でほほ笑んでくれていた神様の影はないけれど、屋上に行けば、色濃くあの日々が感じられるような気がしていた。深呼吸をして、空に少しでも近い所の空気を吸うと、美空の心は落ち着く。
耳に、あの優しい声を思い出す。瞼を閉じれば、真っ黒な瞳が思い出される。それは遠い過去のようで、嘘みたいに本当の出来事だった。
屋上に来るようになってから、美空はフェンスから生徒会室が見えることに気がついた。だから、美空はそこから生徒会室を見る。窓の光が反射して、教室の中までは見えないけれど、反対側からはきっとよく見えるのだろう。
特に、夕が善く座っていたであろう生徒会長の椅子や、その隣に置かれていたソファからは。夕が具合が悪くて保健室や生徒会室で休んでいることがあったからこそ、窓から見上げた景色の中に美空を見つけてくれたのだ。
それは偶然のような奇跡だと思えた。
今はいない夕の姿がそこにあるような気がして、美空は締めつけられる胸の痛みを感じていた。屋上からはもう地面を見ることはしなくなっていた。代わりに、生徒会室を眺めては、そこにいた彼の残像を思い浮かべる。
フェンスに寄りかかっては、引っ張ってくれた冷たい手を思い出す。二人でこっそりとノートを見せ合った日々が懐かしい。
瞼を閉じれば、今もすぐ近くに居るような気がしてならないのだ。美空は未だにあの時に括りつけられて、前に進めない。進もうとしているのだが、時間は止まったままのようになっていた。
町を歩いて、背格好が似ている人がいれば、ついつい視線で追いかけてしまう。夜寝る前にあの日記を読み返す。美空の神様は天国へと戻ってしまっていたけれど、美空が神様を思わない日は、一日たりともなかった。
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