第31話

 気がつけば始まっていた文化祭は、連日の居残りとクラスの必死の団結によって装飾も済み、無事に準備が間に合った。当日の朝は最終の準備に忙しく、美空たちは駆けずり回っていた。足りない材料がないかのチェックを何重にもして、タイムテーブルを確認し、しっかりと出し物が滞らないように準備をする。


 これを成功させたい、と美空は本気で思う。みんなはあと一年あるけれど、寿命のタイムリミットが近い美空にとっては、これが最後の文化祭だから。


「もうお客さん入ってきてるよ!」


 チラシ配りに行ったクラスメイト達が、ドタバタと戻ってきて、顔を上気させている。いよいよ、文化祭が始まるのだ。そう思うと、心なしかふわふわと気持ちが落ち着かない。


 美空は、再びの最終チェックをして、飲み物の準備を手伝いながら窓の外を見て、入ってくるお客さんたちの様子を見ていた。始まってすぐには人は来なくとも、昼時には増えることが予想される。ちょっとしたお菓子も出すので、その作成をしている調理室にも顔を出した。


 廊下を、走る手前の駆け足で歩いていると、生徒会の腕章をつけた夕と、生徒会役員たちを見つける。美空が手を振ろうか迷った一瞬の間に、夕が美空に気がついて手を軽く振る。美空も手を振り返して、また後でと口を動かすだけで伝えてから去った。それに夕は穏やかにほほ笑みを返してくれる。美空は気持ちがいっぱいになるのを感じていた。


 休憩時間を夕と合わせてもいいかをクラスメイト達に聞くと、みんながいいよと言ってくれた。すでにクラスの間で美空と夕は公認のカップルになっていた。美空は自分のわがままを通す代わりに、みんなの希望をなるべく叶えるタイムテーブルを作ることになって、それは驚くほど大変なさぎょうだった。


 しかし、自分だけが夕と時間を合わせるわがままを通すわけにはいかず、他の子たちの彼氏彼女の事情や、お菓子や飲み物づくりの担当などをうまく考えつつ作成した。みんなができる限り納得できる形に近づいたタイムテーブルは、クラスからは好評だった。


 おかげで、美空は夕と今日の午後からゆっくりと回ることができる。肩から掛けた小さなカバンには、財布と携帯電話のほかに、完成したミサンガが入っていた。一つ一つ願いを込めながら編んだそれは、おそらくきっと世界で一番重たいプレゼントだった。しかし、今日絶対に渡そうと、美空は固く決心していた。


 あっという間にせわしない午前中が過ぎ去って、トラブルと言えばちょっとお菓子が焦げたことだったが、別のお菓子で代用してどうにかなった。


 呼び込みには声が大きくて華があるまゆを起用したのが功を奏して、たくさんのお客さんで賑わうクラスを見て、美空はほっとしたのだった。


 その光景を、一瞬でも多く胸に焼き付けるように、美空は何度も瞬きを繰り返す。後者も、行きかう人の笑顔も、浮足立っている生徒たちの顔も、そのどれもが美しく見えた。世界はこんなに輝いているのだと、こんなにちょっとしたことで幸せに思えるのだと、美空はしっかりと胸に刻み付ける。


 二度と感じられない今を、精一杯感じながら、美空はクラスをじっくり眺めながら胸をいっぱいにしたのだった。


 物思いぬ更けるかのようにしていると、突然つんつんと肩をつつかれた。びっくりして振り返ると、入り口から夕が優しくて真っ黒な瞳で美空を覗き込んでいた。


「美空くん、待てなくて来ちゃった。仕事はどう?」


「あ、今お菓子の到着を待っていて……」


 その様子に気がついた奈々が、行ってきなよと美空をクラスから笑いながら追い出した。でも、と口ごもる美空の手から、資料を横取りすると、にこやかに手を振る。


「いいよ。美空ちゃんたくさん手伝ってくれたもん。たくさん息抜きしてきてね」


 奈々がニコニコしながら言うと、夕がすかさず穏やかな視線を奈々へと移した。


「じゃあ、お言葉に甘えて美空くんを連れて行くからね。戻ってくるまで、誰も僕たちのこと邪魔しちゃダメだよ」


 夕が冗談をクラスに投げかけて、それにその場にいた女子たちが黄色い声を上げながら美空を見つめる。美空は慌てて夕の手を引っ張ると、その場からそそくさと退散した。

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