第30話
プレゼントを渡した時の両親の顔を、美空は絶対に忘れないと思った。
二人の結婚記念日にと、アルバイトをしたこと、それから陸上部のマネージャーに正式にスカウトされたことを話し、渡した。
母親は目を潤ませ、父親は黙ったまま受け取って、うなずいただけだった。美海とはおそろいだよと言って渡したマグカップを、美海も喜んでくれた。おそろいのものを身に着けていたのは小さい時だけだった。
用事があるからと暮らすには伝えて、二人の結婚記念日当日に早く帰った美空は、やっと胸のつかえがとれた気持ちだった。本当は、家族に隠し事なんてしたくない。本当は、もっと打ち明けたいこともたくさんあるし、話したいことだってある。
もっと、向き合ってほしい。でも、両親にとって美空も美海も子どもであって、まだ未成年だから保護下におかないといけない。責任は両親にあるし、自分は立派に大人ぶっていたとしても、まだまだ子どもだから親だって口出ししたくなる。
だから、認めてもらうには、きちんと向き合ってもらうには、美空から向き合うしかない。
いつの間にか姉妹の間にできたわだかまりや溝があって、服の好みも好きな本もテレビも、漫画も全部違って姉妹なのに仮面姉妹みたいになっていた。同じ頭文字を刻んだマグカップを見て、美海が抱きついてきたときには、幸せに美空は胸がはちきれそうになっていた。
せっかくだからと母がお茶を入れてくれて、四人で美空が買ったマグカップを使って一息ついた。結婚記念日のケーキを食べながら、ほっとできるような家族の何気ない団らんだった。
その日の夜、購入した刺繍糸を机に引っ張って固定させて、美空はミサンガを編み始めた。
(先輩にも、思い出に残るものを渡したい)
美空は悩んだ挙句に、おそろいのものを購入するのではなく、手作りすることに決めた。受験が控えているであろう三年生に、お守り代わりに手作りのミサンガを渡したかったのだ。
(私が死んじゃっても、このお守りが先輩をたくさん守ってくれますように……)
願いを込めながら、一つ一つ結び目を編んでいく。集中していたようで、気がつけばだいぶ結び目が進んでいた。この調子だったら、明後日には作り終わるだろうと思って美空が一息ついていると、コンコンと部屋のドアがノックされた。
美海かと思って「入って」と声をかけると、ドアの隙間から顔を出したのは父親だった。驚いて美空が絶句すると、「入っていいか?」と改めて聞かれた。
うん、と答えると、父親はベッドに腰かける。久々に正面から見た父親は、いつの間にか白髪が混じり、しわが増えていた。気がつかないうちに、眉間に刻まれたしわは、消えないものになっている。
小さい時にいつも笑顔だった父親の面影が無くて、美空はほんの少し寂しい気持ちになった。
「美空、すまなかったな」
「え……?」
急に謝られて、美空は驚く。大きく息を吐いてから、父親はゆっくりと話し始めた。
「母さんから聞いたよ。バイトをしていたことと、ちゃんと陸上部のマネージャーもしていたって。美海からは、彼氏もできたってきいた。生徒会長なんだってね」
「あ、うん……私こそ黙っていてごめん」
それに父親は首を横に振った。
「いつまでも、小さいままじゃないんだよな、美空も、美海も。父さんは、二人をしっかりと育てないとと思って……変に厳しくしてしまった」
美空は初めて聞く父の本音に、ドキドキとした。頭が真っ白になり、体中を揺さぶられるかのように感じたのは、こうして面と向かって対等な立場で話したのが初めてだったからだ。
「生き生きしている美空を見て、自分で何かをやり始めて姿を見て、父さんも変わらないといけないと思ったよ」
それは、歩み寄った美空に対する、父親なりの答えだった。
「美空。やりたいことを自由にやりなさい。でも、分別のある行動をすること。母さんには、迷惑をかけないこと。相談がある時はきちんと話すこと。美空、美空は良い娘だよ、父さんの自慢だ」
美空はそこまで聞くと、父親の胸に飛び込んだ。ずっと、こうして認めてほしかった。子どもと大人としてではなく、一人の人間として向き合ってほしかった。美空はその気持ちがせり上がって、ぐしゃぐしゃになりながら泣いた。
「父さん……!」
よしよしと美空の頭を撫でながら、父親はゆっくりとほほ笑んだ。
「マグカップありがとう。大事に使うよ」
美空はそれにうなずき、そして物音に気がついた美海もやってきて、いつの間にかか母親までやってきた。その日の夜は、家族みんなでソファに並んでお笑い番組を観てから寝た。
夕に「大成功」とメールを送って美空は電気を消す。体中が温かさに包まれて、目を閉じると幸せな夢に手招きされて、そのまま深い眠りに落ちた。
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