第17話
夕が魔法をかけてくれた。つぐみが変化をくれた。今は、美空のやりたいにたくさん応えてくれた人たちの気持ちを、大事にしたかった。
お姉ちゃんみたいになりたくないと言っていた妹でさえ、美空を受け入れてくれている。応援してくれている人がいることが、心強かった。一人で生きているのではないという実感が、美空自身を強くしていく。
しかし、一生懸命に伝えた美空に対して、父は口元を渋くするだけだった。
「お父さんは、そういうの好きじゃない。切ってしまったものは仕方がないけれど、そんな風にスカートを短くしたり、お化粧をするのは、はしたないからやめなさい」
美空は父親をじっと見つめた。涙が出てきそうになるのを必死にこらえて、口元をぎゅっと引き締める。
「明日からは普通にしなさい。母さんも、女の子だからって甘やかすから、美空までこんな風になってしまったんだ」
その言われように、美空は絶望しかけた。こんな風になってしまう、そんな言葉を投げかけられるほど、酷いことをしたわけではないはずだった。
しかし、人格を否定されたような気持ちになって、美空の心にずっしりと重たい闇がせり寄ってくる。
そして、美空も、という言葉尻には、美海の存在ややっていることに対しての否定も含まれている。父親が、娘たちをどうしたいのかが全然わからなかった。
やりたいことを、たかだか髪の毛を切ることをして何が悪いのだろう。美空は悔しくて、声が詰まって出てこない。そこに、しびれを切らしたのは、妹の美海の方だった。
「お父さん、お姉ちゃんがやりたいことくらいやらせてあげればいいでしょ。髪切っただけじゃんか。お父さんたちの時代遅れの価値観を押し付けないでよね。こっちの方がお姉ちゃん可愛いし、悪いことしてないんだからいいじゃん!」
とつじょ、美海の方が顔を真っ赤にしながら怒り始めた。首元まで真っ赤にして、両親をにらみつけている。母親は眉根を寄せたまま、どうしていいか分からずにおろおろと視線を泳がせた。
「お化粧は校則違反だろう。スカート丈だって……」
「そんなの守ってる子なんかいないよ! お父さんたちが押さえつけるから、お姉ちゃんだって言いたいこと言えなくなってるんじゃん!」
少しは分かってよね、と美海は隣の家にまで聞こえるのではないかと思う声を出す。その怒りっぷりには、美空も驚いた。美海はやんちゃだし、やりたいことができないと駄々をこねるが、両親に向かって怒鳴ったことはない。
それなのに、妹は自分のことではなく、姉のために怒っている。美空は思わず「美海……」とつぶやいた後に、言葉が続けられなくて声が詰まった。
「私たちの気持ちだって、考えてよね! いつまでも、言うこと聞くだけの子どもじゃないもん!」
語気も荒くそう言うと、「行こう、お姉ちゃん」と美海が美空の手を引っ張った。美空の部屋へと来ると、ご飯取ってきてあげるからと言って、バタバタと下へ降りて行く。
その美海の方が、泣きそうに目元を赤くしていた。美空はうん、とうなずくと、部屋に引っ込んだまま、おとなしく待つ。
またもや下から何か言い争う声が聞こえたが、その後静かになって、美海が温めた夕飯を持ってきた。その目には、悔しいからか、興奮したからなのか、涙がたっぷりとにじんでいる。
「お姉ちゃん、私はお姉ちゃんの味方だよ。お父さんたちが許してくれなくても、今しかできないことをやるべきだと思う。悪いことしているんじゃないんだし、メイクもオシャレもしたいときにするべきだと思うもん」
美海がそこまで言うと、半泣きになりながら、目をごしごしとこすった。悔しい、とこぼれてくる言葉と共に泣き始めた美海を見て、美空は思わず美海をぎゅっと抱きしめた。
「美海……ありがとう、私のために怒ってくれて」
美空は自分ばかりだと思っていたのだが、美海も相当我慢していることをこの瞬間に理解した。
「ごめん、美海……ありがとう、本当に」
美海は美空にぎゅっとしがみついてくる。本当は美海だって、もっともっと主張したいのだ。姉と比較されることが辛かったのだ。本当はもっと、姉妹で楽しくしたかったのだ。
それを思うと、美空はなんて今まで自分は、勝手だったのだろうと、思わず泣きそうになって唇を噛んだ。
「ううん。今のお姉ちゃんとだったら、恋愛の話したりお出かけしたりしたい」
美海だって、姉にばかり行く両親の視線や、取りつく島もない美空に対して、寂しくて苦しかったのかもしれない。美空はそう思いながら、愛しい妹の髪の毛を撫でた。
「ねえ、美海。メイクとか、髪のアレンジとか、明日から教えてくれる?」
姉妹らしいことをして来なかったなと思い返しながらそう伝えると、美海は涙をごしごしと拭きながら、もちろんだよ、と目を真っ赤にして笑った。
その日の夜は、遅くまで美海と語り明かした。美海が持っている雑誌を持って来て二人で見たり、携帯電話で色々な髪型やメイクの情報を探ったり、美海の彼氏の話や、学校にいるイケメンの先輩の話を聞いた。
小さい時はよく一緒に絵本を読んだり、おままごとをしたりして遊んでいたのだが、いつからしなくなったのだろうか。今まさに、あの時のような親しみを美海に感じて、美空は心がほっと温かくなる。
ドキドキが止まらなくなって、美海が部屋に帰った後も、美空はしばらく寝付けなかった。
「先輩、ありがとうございます」
夜だったが、文字を打ち込んで、夕に送信する。すると、なぜか急に眠気が襲ってきて、そして美空は軽やかな気持ちのまま眠った。
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