第20話





 スイーツ店での一件から、司祭様は明らかに私に対する態度が変わった。


 以前はもっと泰然としていて、私の仕事ぶりを面白がって観察していたような感じだったのに、今はあからさまに距離を取られている気がする。



 町での滞在は、馬車の調整や武具の研ぎに時間がかかり、二、三日の予定が少し伸びて今日で五日目に突入していた。


 私は特にやることもないので、司祭様に『休暇なのでのんびり過ごしてください』と言われたが、いかんせん貧乏性なので部屋でじっとしているのが辛い。


 いつもなら暇さえあれば私のところに遊びにくる双子たちも、買い出しに出かけたりしていて、宿にあまりいない。


 騎士団長さんとその仲間たちだけが交代で私の護衛として宿にいてくれるので、その人たちの鎧の手入れなんかを手伝ったりして、のんびりと過ごしていた。




「聖女様、こんなお手伝いなんかをさせてしまって申し訳ありません」


「いいよいいよー暇だしね。あと繕うものある?そのズボンも膝薄くなってるから直そうか?」


 騎士さんたちが鎧の手入れと一緒に自分の服のほつれたところを直していたので、私がやるよと申し出てみた。


「聖女様の縫製技術すごくないすか?繕ったとこ全然分からないし、変な……じゃなかった可愛い刺繍まで入れてくれてあるし」


「変じゃないよウサギだよ。繕ったとこ分からないように入れてみたんだよ」



 我が家では服は擦り切れる限界まで着るので、必然的に裁縫がちょう得意になった。

自画自賛だが、ほつれや破れを繕う技術は天下一品だと思う。


騎士さんたちは、さすがに針仕事は得意じゃないようなので、よかったら手伝いますよと言ってみたらとても喜ばれた。可愛い刺繍は評判が悪いが。


あ、でも騎士団長さんだけは、クマちゃんの刺繍をメチャクチャ喜んで『家宝にします!』といってみんなに自慢してた。顔とクマちゃんが全然似合ってなかったから、みんな微妙な顔をしていた。


「聖女様が針仕事得意だなんて意外です。それに噂ではもっと……傲慢な方だときいていたので……」


「ん?あ、あー……そうですねえ、旅を通じて悔い改めたと言いますか……これが本来の私なんですよーハハハ」


 危ない危ない。あんまりしゃべりすぎるとボロが出てニセモノだとばれてしまう。

今日は騎士団長さんが外出しているので、普段話さない騎士さんたちと繕い物をしながらおしゃべりしているので、楽しくてつい余計なことを言いそうになる。


 王都から来た騎士さんたちはみんな良いとこのお坊ちゃんなのかと思ったら、みんな出自は様々で、貴族の出の人もいれば、平民出身の人もたくさんいるそうだ。

家族の生活を自分ひとりで支えていると言う人も多くいて、みんな色々あって大変なんだなあと話をしていてしみじみ思った。



 その日、司祭様が『準備が整ったので、明日には出発しましょう』と言ってきた。


「分かりました。あ、司祭様もなんか繕い物とかあります?さっき騎士さんたちのを手伝っていて……」


「いえ、せっかくの休暇なのですから、あなたはそんなことをしなくていいんですよ」


「あ……ハイ。すみませんです……」


 突き放した言い方をされ、つい謝ってしまうと『謝らないでください』とさらに怒られてしまった。


 怒られたショックでその日は一日なんとなくショボーンとしていて、皆に心配をされた。




 明日出発となって、みんなバタバタしていたので、私は早めに部屋に帰っておとなしくしていようと戻りかけた時、今日の護衛担当の騎士さんが声をかけてきた。



「今日はどうかされましたか?なんだか元気がない様子でしたが……」


「あっ、いえいえ!大丈夫です。それよりも、騎士さんたちはみんな準備終わったんですか?」


「ええ、だから今から荷造りで……って、あー忘れてた!」


「へ?どうかしたんですか?」


 騎士さんがなにか困った様子だったので訊ねてみると、買い忘れたものがあると言った。


どうやら昨日町を歩いている時、可愛らしい髪飾りのお店があって、故郷で待つ妹のお土産にいいかもと思っていたのだが、その時は他の人もいたし、女性ばかりの店で入りづらくて買えなかったそうだ。

 でも妹が気に入りそうだなと思い、やっぱり買いに行こうと思っていたところなのだと言う。


 今日は私の護衛についていたので、明日にでもと思っていたのだが、明日は朝には出発する予定なので今から行くしかないかなと言っていたが、ちょっとモジモジして、私にお願いしたいことが……と頼んできた。


「あの……聖女様にこんなことを頼むのはどうかと思うんですけど、一緒に店まで付き合ってくれませんか?その店女性客ばかりで、こんなゴツイ男が一人で入れる雰囲気じゃないんですよ……」


「はあ、そういうの気になるんですね。私は構いませんよ。買うだけならそんな時間かからないでしょうし。じゃ、外出するって司祭様に……」


「いや、ダレン様がそこに居たんで俺が伝えてきます。司祭様はまだ外出中だと思うんで」


 そう言って騎士さんは小走りで宿の集会室へと行ってしまった。

 

司祭様も時間的に少し待てば帰ってきそうだが……。

でも最近の司祭様は、ちょっとよそよそしくて話しかけづらいし、こんなことで煩わせたら迷惑かもしれないし……と逡巡している間に、騎士さんが戻ってきてしまったので結局そのまま宿を出て店へと向かった。



***



「おお……ファンシー……」

「ね、入りづらいでしょう?女性連れでも正直入りづらいっす」


 着いた店はこれでもかというくらいポップでキッチュな店だった。確かにここでゴツイお兄さんが一人で買い物するのはしんどいだろう。

店にいる店員さんも頭に山ほど髪飾りを乗せた奇抜な格好をしていて、とても近寄りがたい。


「妹さんこういうの好きなんですか?すごい造形の髪飾りですけど」

「こういうのが今流行りらしいんすよ……なんかああいうのが欲しいって前に言っていて」


 店の奥にあるひときわ派手な髪飾りを指さしている。騎士さんと一緒にその棚のほうへ向かうと、奥にある扉から店員さんが出てきた。


「あ、すみませんあの髪飾りを……」


「この薄汚いドブネズミが」


 ん?なんて?


 ちょっと何言ってるか分かんないし髪飾りを買いたいだけなんすけどと言いかけた私の口が、後ろからふさがれた。


「んむ?!」


「聖女様は唯一無二のお方なんですよ。その存在に対し、こんな汚いネズミで代役を立てるなんて不敬にもほどがある」


 後ろから私を拘束しているのは、一緒に来た騎士さんだった。さっきまでの人のよさそうな顔と打って変わって、ものすごく冷たい目で私を見下ろしていた。


 なんで……?と問おうとしたけれど、私の意識はそこで途切れた。



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