第18話(別視点)



Side:司祭の男





『お前は私を喜ばすためだけに存在しているのよ』


 聖女から何度となく投げられたこの言葉を、忘れることはないだろう。





 先代の聖女が身罷られる時に、聖女のしるしが消えていくのをこの目で見て、聖女というのは本当に神から賜った称号なのだと知った。


 当代の聖女が死ぬと、次に『聖女のしるし』を持ったものが生まれてくるとされている。


 そのため、教会はその年に生まれた赤子を調べ、しるしのある子を探し、次代の聖女を見つけてくる役割も担っていた。

 


 今代の聖女も、洗礼式に教会に訪れた子の足裏にしるしがあるのを神父が見つけ、聖女として国に召し上げられた。


 教会では聖女の保護と養育を担う機関があり、一般教養のほかに聖女の教えや歴史などを学び、養育に関してはできるだけ実親と一緒に行えるようになっている。それも全て、聖女が心身ともに健やかに成長できるようにとの配慮から、教会で決められていたことだった。


 ところが、今の王が即位されてから、この教会の在り方に苦言を呈してきた。

 聖女を教会だけが囲い込むのは間違っていると主張し、女神教が国教と定められているのなら、聖女も『国の聖女』としてあるべきだとして、聖女は王家で育てると勝手に決めてしまった。


 王宮に引き取られた聖女は、間違った特権階級意識だけを身に着け、正しい教育はなにひとつ受けずに育ってしまった。

教会は何度も聖女教育は我々にも関わらせてほしいと申し入れたが、堅苦しい勉強は自分に向かないと聖女が主張し結局なにひとつ学ばないままあの聖女は成人を迎えてしまった。


 私はその無知で蒙昧な聖女の補佐役として抜擢された。


 儀式の方法や祝詞を全く覚えていない聖女をそのまま公務に出すわけにもいかず、それはまずいとようやく気付いた王が、聖女の公務は教会主体で行うものだからと責任をこちらに全部押し付けてきた。


 当の本人である聖女は己の立場も理解せず、補佐役としてきた私を見て、その顔がいたくお気に召したようで、『私の恋人にしてあげる』と開口一番言い放ってきた。


もちろん聖職者であることを理由にその場でお断りすると、『ならば仕事してやらない』とへそを曲げ、それからは人を使い私に執拗な嫌がらせをしかけてきた。


 公務が行えないと立場が危うくなるのは聖女のほうだ。

象徴としての役目も果たせない聖女など必要ないと民に思われてしまえば、ただしるしを持つだけの娘など意味をなさなくなる。


 そういったことを何度も何度も説明したところ、聖女は私に向かってこう言い放ったのだ。


『じゃあ私を楽しませることができたらお仕事をしてあげるわ。せいぜい私に尽くしなさい。お前の存在は、私を喜ばせるためにあるのよ。それ以外お前に何の価値もないわ』


 そして手始めに自分の足をなめろと、当たり前のように私に言い放ってきた。上手になめられたら公務にいってあげると、醜悪な顔で笑っていた。


……これはもうダメだ。

あれだけ説明しても聖女の意味をひとつも理解できていない頭の悪さに私は絶望した。


足を舐めろという命令は、もちろん笑顔でお断りもうしあげた。


 王の名を出してきて、これは命令だと聖女は喚いていたが、ならば王命として殺せばよいとまで宣言すると、しぶしぶ命令をひっこめた。


 だが、後日、聖女が服従の魔法を使える者がいないかと取り巻き連中に探させている事実を知って、この頭からっぽの娘には、何を諭しても無駄なのだと改めて悟った。



 こんな腐った人間が聖女のわけがないと思い、足をなめろと言われた時に、足裏にあるしるしをちらりと見たのだが、一瞬でよく分からなかったが亡くなった先代のものとはずいぶん違って、汚い色味で歪んでいて、美しさのかけらもなかった。


 今この女を聖女足らしめている理由は『聖女のしるし』だけだ。

 歴代の聖女には、怪我を治す力や、植物を成長させる力など、その名にふさわしい奇跡が備わっていた。

 今のところ、今代の聖女にどんな力があるのか知らされていないので、教会側は全く分からないままだ。


 人を癒す力がおありだ、と取り巻き連中は口々に言っていたが、それが本当に属性なのかそれとも抽象的な話なのか分からない上に、誰かに癒しを施したのを誰も見たことがない。



こんないい加減なあざひとつで聖女だとされるなら、代役を立てたところで何の問題もないだろう。


 


私はこの時から、聖女の代役を作る計画を立て始め、秘密裏に各地へ人を派遣して該当する人物を探し始めた。



それで見つけた少女が、セイランだった。


セイランは癒しの力が使えるという稀な存在だというのに、その価値を知らず田舎の教会で呑気に雑用などをしているようなとんでもない世間知らずだった。


彼女の家は、セイランが大黒柱となって一家全員をやしなっているため貧乏で、しかも今はちょうど借金問題に直面している。


 教会の神父は以前からセイランの才能の稀有さに気付いてはいたが、新王になってからずっとごたついている中央に不信感を抱いていて、あえてセイランのことは報告してこなかったようだ。


 だが、彼女が家の借金で妹が身売りせねばならないとなって、彼自身も貧乏でどうにもしてやれず、ようやく私に連絡をしてきたという経緯があった。



借金の話を聞いて、これは好都合だとその時思った。金でこちらの要求を通すことができるし、家族の安全を確保すると言えば大概のことは引き受けるだろうと踏んでいた。


実際、他の選択肢などないセイランは、ほとんど文句も言わず私の提案を受け入れてくれた。

卑怯な手で連れてきた自覚はあるが、あちらも金のために引き受けたのだからこれは公正な契約だと自分に言い聞かせた。


 それに私は最初彼女を信用していなかった。

聖女の代役を務めるうちに、人に傅かれることに慣れ、贅沢を覚えて人間性が変わってしまうかもしれないと考えていた。

田舎者が、中央に出てきて贅沢を覚え人が変わってしまい身持ちを崩した人間をたくさん見てきた私としては、今は純真そうなセイランをみても、油断できないと思っていた。



 それに、私はこの容姿のせいで子どもの頃から常にトラブルに見舞われていた。

幼子に劣情を抱く頭のおかしい人間が、この世には山ほど存在すると物心ついた頃には知っていた。誘拐未遂も数えきれないほどある。


 お前の容姿が人を狂わせるのだと、加害者から責められたことも一度や二度ではない。だから私は自分の顔が好きにはなれなかったし、このような身に生まれたことを呪ってすらいた。


 そういった事情があって、私は女性に対しいつも距離をとるようにしていた。セイランに対しても、私の態度はあまりよろしくなかったと思う。


 だが、しばらく接してみて、彼女が全然私のほうを見ないことに気が付いた。

 会話をしても迷惑そうに必要最低限の言葉を返してくるだけで、私にはなんの興味もないのが伝わってきた。


 その事務的な態度が私は好ましいと思った。と同時に、彼女の考えや価値観を知りたくなった。どんなふうに世の中を見ているのか、彼女の意見が聞きたい。


試しに私の容姿についてどう思うか直球できいてみたのだが、セイランの答えは『左右対称で健康体』という、なんとも奇抜な答えだった。


その意味を詳しく聞いてみると、セイランの意外な発想に驚かされた。


 そうか、そういう見方もあったのか、と妙に納得してしまった。


 確かに自分は両親から大切に育てられ、教会に預けられてからも十分すぎるほどの庇護を受けてきた。飢えた経験など一度もなく、ほとんど病気をしたこともない。この容姿も健康故の賜物で、そういった恵まれた環境に自分がいる証明だと言えるのかもしれない。


 彼女と話していると、今まで考えたこともなかったような発想を聞かせてくれたりするので、とても興味深く、私は色々なことを彼女に質問し続けた。セイランは迷惑そうなのを隠しきれていなかったが、それもまた私には面白かった。




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