第17話
目の前にずらっと並んだ美しい菓子を眺めていると、どうしようもなく悲しくなってきて、いろんなことが頭に浮かび涙がにじんできた。
少し前まで私は、毎日どうやって兄弟たちのお腹を膨らまそうかそればかり考えて暮らしてきたのだ。
私の給金だけでは家計は厳しく、少しでもお腹いっぱいになるように、我が家では水でかさ増ししたシチューやスープとかばかり食べていた。
堅い黒パンでもいいからお腹いっぱいまで食べられたらなあと、兄弟たちも思っていただろうけど、誰も文句も言わずいつも『お姉ちゃんのシチュー美味しいね』といってくれていた。
量や栄養よりも、見た目の美しさと味を追求したこの菓子は、きっと夢のように美味しいのだろう。
でも、この小さなケーキひとつの値段で、ウチの家族はきっと一週間はお腹いっぱい食べられる……そう思ってしまうと、どうしても食べられなかった。
「聖女様……?どうかされましたか?具合が悪いのでしょうか」
私が黙ったままなので、司祭様が窺うように声をかけてきた。双子も、騎士団長さんも心配そうにこちらを見ている。
食べられないでいる理由をちゃんと伝えたいが、双子と騎士団長さんは私がニセモノだと知らないのだから、かさ増しスープや兄弟たちの話をするわけにはいかない。でも、なにもなかったふりをしてこれを食べる気持ちには到底なれなかった。
「すみません……このケーキひとつの値段で、多分貧民層の人間なら一週間は家族全員の食事が賄えるな、と思うと……私が食べるわけにはいかない気がして……。
自分が働いたお金でご褒美に買うならともかく、これは皆さんが支払ったもので、私は一銭も出していません。だから、やっぱり私にはこんな贅沢品を食べる権利はないんです。せっかく連れてきてくれたのにごめんなさい」
彼らは私を聖女様だと思っているからこの高価なお菓子を食べさせようと思ってくれたわけで、ニセモノが素知らぬふりをして食べるのも憚られた。
やっぱり最初から断るべきだったと反省していると、双子たちが抱きついてきた。
「お、お姉ちゃんごめんね!僕らお姉ちゃんの気持ちも知らず……そうだよね、野営で出した雑草かゆとか、汚いポケットから出した豆とかを旨い旨いって食べる人が、贅沢品を欲しがるわけないのに……」
「高級スイーツでお姉ちゃんの気が引けるだなんて思った僕らが馬鹿だった!ごめんなさい!」
いや、これは私のわがままで……と言って双子と揉めていると、騎士団長もガバッと床に突っ伏して、『すまん!』と謝り合戦に参加してきた。
「貧民の気持ちを慮り、己の贅沢を禁ずるとは……っ。卵のひとつも無駄にするなと言ったあなたなら、こんな見た目ばかりの菓子を望まないだろうと気付くべきだった!
目が曇っていた自分を殴ってやりたい!聖女様、やはりあなたこそが本物の女神の御使いだっ!どうぞ愚かな俺を踏みつけて罰してください!」
「いや踏まないし……何気に商品も貶しちゃってますから、もうお店の人にも迷惑だから帰りましょうよ……」
カオスな状況に白目になっていると、司祭様が立ち上がって『帰りましょう』と皆を促してくれた。
注文した菓子は、お持ち帰りにして騎士さんたちと分けて食べようということで話は落ち着いた。
帰りの道中、司祭様の表情が冴えないので、私のわがままでみんなの気遣いを台無しにしてしまって申し訳ないと改めて謝ったが、『あなたは悪くありません』と言って黙り込んでしまった。
司祭様はいつも飄々として感情が読めない人なので、少し感情的になっているのを見て、やっぱり先ほどの私の発言で怒らせてしまったのかもしれないと不安になった。
思い返してみれば、お土産をくれる人たちも、私が遠慮すると『人の好意は素直に受け取るべきだ』と言って不満そうにしていたかもしれない。
良かれと思ってしたことを断られたら、やっぱり不快に思うこともあるよな……。
この日をきっかけに、司祭様はなんだかとってもよそよそしくなって、以前のように質問責めにしてこないどころか、ほとんどはなしかけてこなくなってしまった。
明らかにあのスイーツ店での出来事が原因だよね?!
いや、それとも何かもっと別な件で、私があまりよろしくない振る舞いをしちゃっていたのかも。
最近は、割と上手く仕事ができているんじゃないかとちょっと調子に乗っていたから、どっかでボロを出していたのかなあ。
この仕事は、顔の見えない代役なのだから、私がもし使えないと判断されれば誰かと交代とかあり得るかもしれない。
その辺も司祭様の胸一つなのだから、もっとふさわしい人が見つかれば、あり得ない話ではない。
「途中でクビとかあるのかなあ……」
正直この仕事内容なら、私でなくとも教会関係者なら誰でもできる。祝詞が言えればいいわけだし、私よりももっと演技が上手い人のほうが、布教活動には向いていると思う。
「選手交代ってなっても、前金は返却しなくていいよね……?」
司祭様を信用していないわけではないが、あちらもこの巡礼の責任があるわけだから、私が使えないと判断すれば容赦なくお取替えするかもしれない。
私はちょっと今後のことが心配になってきていた。
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