第15話





うーん、どうしてこうなった?


 狭い馬車のなかで、私の両サイドにはファリル君とウィル君がべったりぎっちりくっついている。

 そして向かいには張り付いたような笑顔の司祭様が座ってらっしゃる。


「ファリル、ウィル。あなたたちは何故ここにいるのですか?護衛なら馬車の周囲を警護に当たるべきでは?」

「護衛だからお姉ちゃんのそばにいるんですぅー。ルカ様こそ女性と密室に二人きりなんてどうかしてるよ?」

「これからお姉ちゃんのお世話は僕らがするから、ルカ様こそ外で護衛にあたればいーじゃん」


 私そっちのけで司祭様と双子たちがやいやい言い合っている。


 ちなみに双子は私が寝ているところにも潜り込んでくるようになって、朝起きると双子の頭が両脇にコンニチワしているという状態が、三回に一回はある。


 司祭様が私の寝室やテントに守護魔法をかけてくれて、騎士団長さんが物理的に入り口を固めて双子の侵入を阻んでいるのにも関わらず、王国屈指の魔術師である二人はあらゆる術を用いてくるので、あの二人をもってしても、三回に一回は突破されているそうだ。



 でもまあ、私は一度寝てしまうと朝まで起きないタイプなので、もう双子が入ってきても気にならないからどうでもいいか、と開き直って、最近は寝室前でドッタンバッタンしているのも無視して寝てしまっている。


 それ以外はまあ、みんな親切だし旅も順調だし、特にこの代役仕事に何の不満もなかった。


 各地の教会巡礼も、思っていたような反発はなく、順調に進んでいたし、最初は本当になんの悩みもなかったのだが……。



 順調に行き過ぎていて、私は今更ながら、ニセモノが聖女を演じていることに罪悪感を覚えるようになっていった。






 旅に出てから十分な睡眠と栄養も量もたっぷりな食事のおかげですこぶる体調がいい。そのせいか、癒しの力が爆上がりしているのだ。


 教会でのお祈りも、以前より洗浄成分が大量放出するようになったので、その場にいる騎士さんから入り口のほうで見ていた村人さんたちの服までもスッキリさわやかになるというすごいオマケがついてくるようになった。



 服まで綺麗になるとか……これ、故郷に帰ってからもお風呂代わりとして商売にできるんじゃないかしら。



「これが聖女の力……」

「す、すごい……まさに神の奇跡……」


 いや違うよ?

ニセモノのしょぼい力だよ?

服の汚れが落ちただけでしょ?これが神の力なわけないよね?

 お祈りの後、明らかに過剰な賞賛の声が聞こえてきて、私は心の中で突っ込んだ。


 どうやら私のしょぼい癒し効果でも、癒しの力をみたことがない人たちからすると『すげー!』て思うらしい。案外、癒しの力ってレアな能力だったみたい。



 教会でのお祈りの後は、その辺をウロウロして、通りすがりに人に『具合悪いとこないっスかー』的なノリで聞いて、痛いところに癒しをかけると、大した効果もないはずなのに、『奇跡の力で治ったわ!』みたいに大げさに喜んでもらえる。あまりに大げさに言うので司祭様がサクラを混ぜているんじゃないかと思うくらいだ。


まあ、でもそうやって皆がすごいすごいと私を持ち上げてくれるので、最初石とか投げてきた人も手のひらクルーで、帰るころにはメチャクチャ親切な人に大変身している。


 いやあ……君らチョロすぎない?騙されやす過ぎない?


まあね、ゴテゴテと飾り立てた衣装を着て厳かな雰囲気だしてやれば、実際よりも凄い効果に見えちゃうのかもね。なんていうか、偽薬効果みたいなもの?



あまりにもそういうことが続くと、だんだん私も『ニセモノなのにすんません……』みたいな気持ちがして、仕事だと割り切って考えられなくなってきた。



巡礼の目的からすると、これって大成功なんだろうけど……純粋に聖女様を信じてくれている人を騙しているみたいで、私はだんだん皆に申し訳なく思うようになり、気分が落ち込んでしまう。

まあ最初っから騙すお仕事って分かって引き受けているんだけどね……。分かっていたんだけど……。






その日も巡礼に廻った村で、オヤツとかお土産をたくさんもらってしまった。


美味しそうなオヤツを前に、馬車の中で私は思わず『はあ……』とため息をついてしまった。



「疲れましたか?セイラン」


「あ、すみません。大丈夫です」


 今日の馬車の中は司祭様と私の二人だけだった。双子はこの先の道が危険な個所があるので今は外で警戒に当たってくれている。


「そのオヤツは村の特産品であるはちみつを使った菓子だそうですよ。みな聖女様にお礼の気持ちを込めて贈ってくださったものですから、有難くいただきましょう」


 お礼の気持ちを込めて、と言われ私の胸はズキンと痛んだ。


「……そうなんですよね。腰痛が治ったお礼にって、おばあちゃんが手渡してくれて……。でも、これって本来、私が頂いていいものじゃないじゃないですか。聖女様を信じてくださったのに、ニセモノがそれをもらうなんて、なんか申し訳なくて……」


「申し訳ない?どういうことですか?」


 訝し気な司祭様に私は最近思っていることを話してみた。


 最初から、聖女様の代役のお仕事だと分かってはいたが、嘘をつくというのがこんなに辛いとは思ってもみなかった。



 私は嘘をついて家族を苦しめる父親が大嫌いだった。嘘つきクソヤローの父親を心の底から軽蔑していた。

 だけど、このお土産も村の人たちを騙して巻き上げたみたいなものだとしたら……やっていることはあの父親と変わらないんじゃないかと思う。


そのことを話すと、司祭様は呆れたような顔になった。


「そんなくだらないことで悩んでいたんですか?勘違いも甚だしいですよ。セイランを聖女に仕立て上げたのは私であって、あなたは自ら『聖女です』などと名乗ったことは一度もないでしょう。だから嘘などついていないですよ。

 セイランは、求められればどんなに汚れた手でも泥まみれの足でも嫌がらず触れて癒しを与えていますよね?だから皆、あなたの優しさと癒しをくれたことに感謝して、お礼をくださったのです。それは決して聖女という肩書に対してではありません」


「え……ど、どうしたんですか?司祭様が優しい……。まさかそんなフォローを言ってくれるとは思わなかったからなんか裏がありそうで怖いです……」


「仮にも聖職者である私をそんな人でなしみたいに言わないでください。私はあなたのしてきたことを正当に評価しているだけですよ。セイランは自分のことを軽くみていますが、これまでの巡礼の成果は、あなただからできたことです。もしあの聖女だったら、最初の村でジェノサイドが起きていましたよ。だから……私はあなたにとても感謝しているんです。セイランを見つけられたことが、私の人生にとって最大の幸運でした」


 ジェノサイドが起きるって、聖女様はどんだけ過激派なの?


 でも、『あなただからできたこと』という言葉はとても嬉しかった。


 この司祭様、腹黒で悪だくみしかしていないイメージだったから、そんな風に私を評価してくれるとは思わなかったので、正直驚いてしまった。


「ありがとうございます……司祭様って本当は優しい人だったんですね。最初、私この仕事が終わったら司祭様に消されるんじゃないかとか思ってましたけど、疑ってすみませんでした」


 私がそういうと司祭様は苦虫を嚙み潰したみたいな顔になったが、すぐに真面目な顔になって、少し声を潜めてこう言った。


「この役目にあなたを据えたのは私です。だから……私はあなたを守る義務がある。なにがあっても、責任を持って必ずあなたを守ります。それだけは忘れないでください」


「あ、ハイ……?頼りに、してます……?」


 別にもう疑ってないのになあと思いながら曖昧に頷いたが、司祭様はもう一度『忘れないでくださいね?』と念を押した。



 この司祭様の言葉の真意を、私は身をもって知ることになるのだが、この時はただ聞き流してしまっていた。


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