第14話(別視点)
Side:魔術師の双子
僕ら双子は平民の両親から生まれた。
五歳の洗礼式の時に、二人とも魔力量がとびぬけて高いことが判明したその日、僕らは魔術師協会に引き取られると決まった。
一定以上の魔力量を有する子は、有無を言わさず親元から離され、教会で力の制御を学んで魔術師として育成すると国の法律で決まっているらしい。
とはいえ、こんなに幼い時からその素質を発現するのは非常に珍しいらしく、教会が用意してくれた宿舎には同い年の子などおらず、だいたい十六、十七歳の子がほとんどだったので、僕らはそこでも非常に異質で浮いた存在だった。
まだ五歳だった僕らは、いくら栄誉なことだと言われても、親と引き離されて他人ばかりの場所で生活させられるのが辛くてしょうがなかった。
夜、寂しくて泣いても『どうしたの』と声をかけてくれる人はいない。不安な時、『大丈夫だよ』と大きな手で抱きしめてくれる人も僕らのそばにはいなかった。
国の金で養育され、衣食住まで賄われていることを自覚せよという周囲の大人たちに弱音を吐くことなど到底できず、僕らはとても孤独な幼少期を過ごしたせいか、どこか壊れた人間に育った自覚はある。
そして、僕らの壊れた人格に拍車をかけたのは、間違いなくあの女だ。
この国では、『聖女』と呼ばれ、国から大事に大事に保護されている頭のおかしい女。
僕らは魔術師見習いとして王宮にあがることが度々あったので、その時に聖女様に目をつけられてしまったのだ。
僕らは度々アイツに呼び出されて、ペットのように扱われた。いや、ペットならまだよかったのかもしれない。僕らは完全にアイツのおもちゃだった。女装させられたり、犬になれと言わたり、思い出したくもない仕打ちを散々受けてきた。
それは僕らが魔術師として名をあげるまで続いた。立場を確立してからはようやく聖女から解放されたが、だからといって恨みを忘れたわけでは無い。
復讐してやりたいと思い続けていたが、アレが聖女であり続ける限り、僕らにあの女を罰する権利を得ることはない。
だからこの巡礼の旅に、僕らが護衛として抜擢された時、千載一遇のチャンスが訪れたと思った。王の威光が届かない土地では、聖女を守ってくれる者はいない。取り巻き連中も自分たちの実家から離れてはなんの力も持たない馬鹿ばかりだ。
この機を逃さずに、僕らがされた同じことを、あの女にし返してやると決意していた。
しかも司祭様の機転で、逃亡しようとしていた聖女を、取り巻き連中から引き離してひとりだけで連れて帰ってきた。
これで聖女の味方は一人もいない。最高の状況じゃないか!アイツが泣いて謝るまで、思いつく限りの嫌がらせをしてやろうと思っていた。
それなのに、同じくアイツを死ぬほど嫌っていたルカ様もダレンも、気付けば二人ともあの女にとても友好的に接している。とくにダレンは気持ち悪いくらい聖女に傾倒しだして、他の騎士たちもやけにアイツを持ち上げて褒めたたえている。
訳が分からない。ダレンは『誤解していた』とか言うが、あんなに嫌っていたのがいきなり変わるか?
まさかと思うが、人を洗脳する力が聖女の能力なんだろうか?そうだとすると、アイツは聖女なんかじゃなく悪魔だ。
二人とも頼りにならないのなら、僕らがアイツの化けの皮を剥いでやるしかない。
そして僕らは、小さい頃散々やられて嫌だった、落とし穴にアイツをハメてやった。
穴の中にはいつも虫だの生ごみだのが入っていて、出られなくてもがいている僕らを聖女と取り巻きはいつも上から見て爆笑していた。あの屈辱は一生忘れない。
だから同じようにしてやっただけのつもりだったが……ちょっと加減が分からず穴を深く掘りすぎてしまったらしい。あんな高さから落ちたら怪我をするかもとか全然考えていなかった。
アイツは冷静に一言、『足が折れました』と言った。
さすがに骨折までさせるつもりじゃなかった僕らは、驚いて穴からアイツを引っ張り出したけれど、アイツは骨折しているってのに僕らに落とし穴の危険性といたずらの定義を滾々と説教し始めた。
……いや、怒るとこ、ソコ?
自分を落とし穴に嵌めたことや、骨折させられたこ都に関しては一言も責めず、逆にルカ様やダレンに僕らのしたことを黙って庇ってくれた。
なんなんだ?コイツ、こんな殊勝なこと言ったことなかったのに……。
演技なんじゃ?とも思って、僕らは最後まで謝らなかったけれど、アイツは怪我と力の使い過ぎで、宿に運び込まれた時は高熱を出して意識が朦朧としていた。
ぐったりするアイツの姿を見て、さすがに僕らは罪悪感を覚えた。
(謝るべき……だよね……)
(うん……さすがにやりすぎた)
以前にされたこととは別に、今回のこれは僕らが全面的に悪い。
怪我をさせてしまったことは謝ろうと二人で決め、ルカ様やダレンには内緒でこっそりアイツの部屋に侵入した。
ベッドの上で丸まって寝ているアイツは、熱が高いみたいで少しうなされているようだった。頼りなげな細い肩は、僕らよりも子どもに見えた。
汗をかいていたので、水でも飲んだほうがいいんじゃと揺り起こそうとしたら、アイツは僕らの腕をつかんで、自分のベッドに引っ張り込んだ。
『お姉ちゃんが……抱っこしててあげるから……』
と、もにょもにょ呟いて、僕らの頭をぎゅっと抱きしめてまた眠ってしまった。
はあ?!何言ってんだコイツと思って振り払おうとしたが、見上げた時に被ったままになっていたヴェールが捲れていて、彼女の顔が見えていた。
…………そして僕らは、自分たちに鈍さを呪いながら、ここでようやく全てを理解した。
抵抗を止めて、彼女の胸に顔をうずめると、無意識なのかよしよしと頭を撫でてくれた。
「お姉ちゃん……って言ったよなコイツ」
「僕らを弟と勘違いしたのかな」
いいなあ、と僕らは同時に呟いた。
きっと彼女の弟は、こんな風に当たり前のように抱きしめて一緒に寝てもらえていたんだろう。寂しい時、頭を撫でて慰めてもらっていたんだろう。
自分が怪我と熱で苦しんでいるというのに、人に『大丈夫だよ』と優しく声をかけられるこの人は、自分のことよりも弟を優先して生きてきたんだ。
羨ましい……と、嫉妬と羨望が入り混じった感情が、僕らの胸をチリチリと焦がした。
当たり前に自分の布団に受け入れてくれる存在なんて、僕らには縁のないものだった。
「……ねえ、ウィル。僕らもお姉ちゃんがほしいね」
「うん、ファリル。彼女に僕らのお姉ちゃんになってもらおうよ」
彼女が自分で『お姉ちゃん』って言い出したんだんだから、いいよね?
僕らはそう言って、彼女の頬にちゅっとキスをした。くすぐったいのか、もにょもにょと身じろぎする彼女の耳元で魔力を込めてそっと囁く。
「ねえ、僕らのお姉ちゃんになってくれる?」
「お姉ちゃん、約束のキスをして?」
「う~ん……うん、大丈夫だよ……お姉ちゃんがついてるから……」
寝ぼけ声で答えながら、彼女は僕らのおでこにそれぞれキスをしてくれた。
「僕らのそばにいてくれるんだよね?お姉ちゃん」
「もう撤回できないからね、お姉ちゃん」
そう言ってお姉ちゃんの胸に顔をうずめていると、やがてすうすうと穏やかな寝息が聞こえてきた。
ダレン、アンタの言ったことが正しかったよ。
僕らも大切なものが何も見えていなかった。
彼女は醜悪なわがまま聖女なんかじゃない。僕らの大切な姉になる人だったんだ。
「「……約束したから、もう逃がしてあげないよ」」
もう一度耳元に口を寄せて囁くと、彼女はくすぐったそうに身を震わせていた。
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