第10話
村人陣営がモタモタしているうちにこちらは私の指示により泥団子が山のように出来上がった。まあ騎士団長さんが泥を大量に運んできて、光の速さで団子を作っていったので私の出る幕はほとんどなかった。
あちらがまだ泥を丸めているところに、私は容赦なく泥団子を絨毯爆撃していった。
「うおっ!ちょ、待てよ!どんだけ投げてくんだよ!」
「先制攻撃したもん勝ちですぅー。よし、手持ちが投げ終わったら一時撤退!」
「畜生!おい、俺らも反撃するぞ!」
先制したこちらが有利かと思いきや、村人も普段から畑仕事で鍛えているためか、強肩で確実に泥団子をぶつけてくる。全部一番でかい騎士団長さんが被弾しているが。
泥まみれにされた騎士団長さんは怒るでもなくむしろ嬉々としている。泥んこ遊びが好きなの?
「聖女様!さあ俺の上に乗って投げてください!俺が踏み台になりますので!」
「なんで騎士団長さんは積極的に踏まれたがるの?そういうのいいから壁になってくださいよ」
ちょいちょい変な会話をはさみつつも、さすがは長が付く役職に就いているだけあって、てきぱきと塹壕とか掘り出して泥んこ遊びがだんだんガチの戦いになってきた。
村人陣営は圧倒的不利を感じ取ったのか、通りすがりの他の村人に声をかけて味方に引き込んでいる。数で物を言わせて勝つつもりだ。
くやしいのでこちらも通りすがりの人を無理やり引き込んで、気付けばものすごい人数が泥にまみれてわーわーしている文字通り泥仕合となって、いい加減飽きたらしい司祭様が『もうドローで』と宣言したので、決着はつかないまま終了となった。
はー、ひさびさに童心に帰って遊んだわー。
被ったヴェールの泥水を絞っていると、最初の村人たちが近づいてきて、私の泥人形みたいになった姿に絶句していた。そして三人がお互い目配せをして、苦笑しながら頭を下げてきた。
「最初、俺たちあんたに嫌がらせしてやろうとしてたんだ。それがなんか変なことになっちまったけど……とりあえずごめんな」
「あんた、すげえな。頭のてっぺんからつま先までまじで泥まみれじゃん。あんた聖女とかいうやつなんだろ?いいのかよそれで……」
「なんだろな、俺、聖女様ってもっとちゃんとした人なのかと思ってたわ。思ってたのと全然違った。全然ちゃんとしてなかった。つーか、最初あんたのこと、教会の回し者だと思って色眼鏡で見ててごめんな」
「へ?いえ、そんな。楽しかったしいいですよ。耳の中まで泥入りましたけどね。ていうか耳かきあります?」
なんか今日は謝られることが多いなあ。なんだろう?本物聖女様の情報がないから分からないけど、なんか最初っから領民に嫌われているような気がするけど。でも聖女様って崇め奉る対象なんじゃないの?ちょっとよくわからないからあとで司祭様に訊いてみよう。
本当なら今日はここの領主の館に宿泊する予定だったらしいのだが、私を含め護衛の騎士たちも全身泥まみれだったので、移動もできないため教会を宿代わりにさせてもらうことになった。
私は教会にある客室でお風呂も入らせてもらったのだが、騎士たちは教会の庭へでかい樽をいくつも置いて、湯を入れて即席露天風呂を作っていた。みんな野外なのにすっぽんぽんで樽風呂に入っていたけど、気高き騎士様がそんなんでいいんだろうか。
そのうち村人たちが次々と食事やら寝具やらを差し入れをもってきてくれて、いつの間にか教会の庭は大宴会場のようになっていた。
私はふろ上がりに持参の部屋着を着て、気配を消してすみっこで食事を食べていた。
上着のフードを深くかぶっていると誰も私に気付かないようなので、コソコソと食事を食べられるだけ食べていた。
腹が満たされると猛烈な眠気が襲って来た。運動した後に風呂まで入ったので眠くてしょうがない。
これを食べ終わったらこっそり寝てしまおうと思いながら、最後デザートを卑しくほおばっていると、すっと目の前に誰かが座った。
「お疲れですか?今日はよく働いてくださいましたからね。あなたのおかげでこの村での巡礼は大成功ですよ。本当にお疲れ様でした」
司祭様は相変わらず隙のない完璧な作り笑顔で私にほほ笑んだ。
「大成功……ですか?いや、完全に失敗じゃないです?私、日程が頭から飛んじゃって、今日は結局泥んこ遊びで終わっちゃいましたし……ごめんなさい」
「いいえ、これ以上ないくらい成功ですよ。この地域は女神信仰に対する反発が強いですから、下手したら滞在も許されず追い出される可能性もありましたから」
「そういえば気になっていたんですけど、聖女様ってなんかやけに嫌われてません?おかしくないですか?女神教は国教ですよね?」
「セイランはこの国の成り立ちは知っていますか?」
突然本名で呼ばれてドキッとする。誰が聞いているか分からないのに大丈夫なんだろうか。
「はい、もっと昔は魔物も世界中にたくさんいて、世界が混沌としていたって習いました。女神アーセラがこの国に降臨されて魔を祓い、その時女神によって選ばれた聖女様がバラバラだった民族をまとめて、ひとつの国として結束させたんですよね」
「そうですね。教会も学校でもそのように教えていますね。ですがそれは国が広めようとしている話です。我が国は国土を広げるために聖戦と称して近隣の生国を武力で制圧してきました。それを正当化するために、神話として広めているのです。
無理やり統治下におかれた小国は、蹂躙こそされなかったので表向き平和的に統合したと思われていますが、実際は危うい状態です。
中央は、統一国として教育や宗教の一元化しようと力を入れていますが、別の国だったところではもともと独自の文化と宗教を持っていたところも多いので、反発に拍車をかけているのです。
聖女が今回、各地の教会を巡礼することになったのも、女神教を拒む地域へ聖女を派遣し、改宗を促す目的があるのです。国は今、女神教以外を信仰することは原則禁止していますから」
教会で学んだ内容しか知らなかったから、司祭様が教えてくれた話は衝撃的だった。
王国では女神信仰以外は邪教として扱われ取り締まり対象なので、属国でもそれまであった土着信仰は禁止され、女神を信仰するよう強制されている。
とはいえ、いきなり信仰を捨てろと言われても人々がそれを受け入れられるわけがない。
あの村人が言っていた意味がようやく理解できた。教会がほこりだらけで誰も来ていなないのも当然だ。
ていうか、だったら、女神教の総大将みたいな聖女様なんかがノコノコ現れたら、非難轟々どころか……ん?
「今日まさにその洗礼を受けたのでお分かりでしょうが、この巡礼の旅は非常に困難な地域を巡る予定になっています。投げつけられるのが火矢や石礫でなかったので、優しいほうだったんじゃないですか?
もっと反発の大きい土地では、過激な行動に出る者もいるかもしれないので、命を狙われる可能性もあるかもということで、騎士団長とその精鋭が同行しているんですよ」
「ちょ、ちょっと待ってください。不穏な単語が多すぎるんですけど、その危険性ってどう考えても出発前から分かっていた話ですよね?まさかと思うけど、本物聖女様じゃなくて代役を立てたのって……」
「ああ、取り巻き連中が聖女様を危険な目に遭わせられないと言って新婚旅行という国外逃亡を後押ししたんです。
彼らは内密に進めていたつもりらしいですが、雑な計画ですし、最初から分かっていました。だから私も随分前から代役を探していたんですが、なかなか見つからなくて。ぎりぎりであなたが仕事を引き受けてくれて助かりました」
「ちょっと待ってくださいよ!最初っから聖女様が逃げると分かってたんだったら、逃げないよう確保しとけばいいじゃないですかー!なんでむざむざ新婚旅行に送り出しちゃうんですかー!」
「本物の聖女様は兎角扱いにくいんです。おそらく聖女様は聖都からこの地に馬車で来るまでに不満を爆発させて八つ当たりをされるでしょうから、こちらの精神が持ちません。
それに、もし本物聖女様が、この村で起きたような嫌がらせを受けたら、心酔している取り巻き達が怒り狂って、村人を皆殺しにしかねないですから、本物を連れて行きたくなかったんですよ」
司祭様はにっこり笑いながら黒い計画を暴露する。
そっかー、教会を巡礼するだけの簡単なお仕事ですって話だったけど、そんな裏があったのねー。巡礼先は完全アウェーだったのね。危険手当が入っているから、あんな破格の報酬だったのねー。
……って、命の危険もあるとか、そんなの後出しが過ぎない?
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