第8話 (別視点)
Side:騎士団長
史上最年少で騎士団長の座に上り詰めた俺は、その栄誉を胸に国の防衛に命を捧げる覚悟だった。
親父も祖父も、同じく騎士として国に尽くしてきたから、俺も尊敬する二人に恥じぬよう立派に勤め上げようと心に誓っていたのだが……あのわがまま聖女のせいで、騎士の誇りを散々踏みにじられてしまったのだ。
俺が団長に就任した頃と同じくして、聖女もそろそろ公務を行う歳になったということで、その護衛に騎士団の中でも優秀な者を選びだし、その者たちは聖女専属となったのだが、わずか一日で聖女が首を言い渡してきた。
そのため団長の俺が聖女の宮殿に呼び出され対面したのだが、あの娘は最初から最悪だった。
「騎士団てごつくてむさいゴリラばっかで最悪。あたしの護衛ならカッコいい人じゃなきゃ認めなーい。選び直して!」
なんと聖女は、護衛の顔が気に食わないからクビだと言ってきた。
護衛の仕事に顔もへったくれも無いと思うので、そのように言ったところ、聖女は大層へそを曲げて、陛下に泣きついたらしい。
今代の王は旧体制を改革するとかなんとか言って聖女を手元に置き甘やかし放題育てた張本人なので非常にたちが悪い。
結局、聖女のわがままは認められ、彼女が直々に騎士団の中から自分が気に入る護衛を選び直すことになった。
そして俺も、非常に迷惑なことに護衛メンバーに指名されてしまった。
団長としての仕事もあるし四六時中聖女の護衛につくのは無理だと言って、陛下にも直訴したのだが、その態度がまた聖女は気に食わなかったようだ。
再び聖女の権力を振りかざし俺を無理やり護衛に加え、挙句どうでもいい嫌がらせを毎日しつこく俺にしてくるようになった。
聖女はとにかく俺を屈服させたいらしく自分の下に置こうとしてくる。
そこに椅子があるのに、『ダレン、椅子になって』などと言いだし、四つん這いになった俺の上に座るのだ。
もちろん最初は『それでは護衛の仕事ができません』と断ったのだが、聖女はなんと王命まで取ってきて俺に絶対服従を命じてきた。
椅子、ひじ掛けまではいいが、馬車に乗る時に階段扱いされて踏まれるのは屈辱以外のなにものでもない。それに、俺よりも部下たちがこの仕打ちに怒り、騎士団と聖女側は一触即発の状態になってしまった。
王が聖女側についている以上、逆らえば罰せられるのは我々のほうだ。団員の中には一族の生活を自分だけの収入で支えている者も多い。俺のせいで彼らを失職させるわけにはいかない。
この状況を見かねた貴族院のお歴々が、『国の防衛がおろそかになる』と王に上告してくれて、ようやく護衛の役目から離れられることになったが、結局毎日なんだかんだ理由をつけて呼び出される日々が続いていた。
この巡礼は国政に関わる大事な行事なので、王も失敗するわけにはいかないと俺をこの旅の同行者に指名してきた。
巡礼期間中、聖女にまたどれだけ無理難題を言われるのかとうんざりしていたが、聖女は新婚旅行に行くと言い出して、なんと本当に王都を発った直後に取り巻き連中と共に逃亡してしまった。
教会側はその計画を事前に察知していたらしく、それを逆手に取り、取り巻きと引き離して聖女だけを旅に連れて行くという計画を立てていた。面倒な取り巻きを払い落として来れば、さすがの聖女も少しはおとなしくなるだろうとの考えだった。
司祭のルカは頭の切れる男で、一人で暗躍し、みごと聖女だけを捕獲し旅に連れてくることに成功した。
いくらあの傍若無人な聖女であっても、四面楚歌の状態ではなにもできないだろう。
俺の部下たちも、魔術師の双子も、これまでの恨みを巡礼中に晴らしてやろうと息巻いていた。
巡礼先は、元は他国だった土地も含まれている。それらの地域は、属国となる際にそれまでの信仰を捨て女神教に改宗を迫った我が国を恨んでいる者が多い。無理やり建てられた教会と住民とで何度となくトラブルになっているところも少なくない。
今回は特に、そういった地域に布教に廻るので、辛い仕打ちを受けることは最初から分かっていた。
さっそく最初に立ち寄った村で、キツイ洗礼が聖女を待っていた。
今まで聖女としてもてはやされ、どんなわがままも許されてきたこの小娘が、純粋な悪意をぶつけられてどんな顔をするのかと楽しみに思っていた。
生卵を投げつけられた聖女は、助けてくれる取り巻きもいない状況では泣くしかできないだろうと思っていたのだが……彼女は俺のどの想像も超えてきた。
『ごるぁああああああああ!こンのクソガキがぁああああああああ!』
ゴリラみたいな怒声をあげた聖女は、すごい速さで卵を投げた子どもたちにとびかかって行った。そして食べ物を無駄にする行為について叱り、卵の栄養について語り、挙句養鶏家と鶏に謝れと切れまくっていた。しかも聖女は、生卵じゃなくてゆで卵だったらぶつけられても食べられたのにと文句を言っていた。
え……?怒るとこソコか?生卵で頭ベシャベシャだけどそこはいいのか?
俺もだが後ろに控えている部下たちも、怒られている子どもたちも、怒られている内容に戸惑っている。
しかし、冷静になって考えてみれば、聖女の言っていることが正しいあのわがまま聖女がまともなことを言うわけがないと色眼鏡でみていた俺たちの目が曇っていた。
この出来事で、俺は聖女の見方が変わった。
今までは取り巻き連中が常にそばにいたから、あの子も悪い影響を受けていたのかもしれない。
これまで散々酷い仕打ちをしてきた聖女をこんなことだけで見方を変えることはできないが、もし彼女に聖女としてふさわしい資質があるのなら、この旅の間でちゃんと偏見ナシに見極めようと決め、いつもなら見もしない祭壇での祈りの儀式から立ち会うことにしたのだが……。
祈りの儀式など形式だけだと思っていたのに、自分の常識がひっくり返されてしまった。彼女を聖女としてふさわしいかどうかなんていう傲慢な考えはこの時吹っ飛ばされてしまった。
聖女が祝詞をあげはじめてすぐ、空気がかわった。
ほこりっぽかった部屋が一気に清浄になり、それに驚いて彼女のほうを見ると、聖女の体から光の粒がパアァーーーっとはじけて、次の瞬間には部屋の隅々まで浄化されていた。
その場にいた俺も、土埃で汚れていた服が洗い立てのように綺麗になっていた。
立ち上がってこちらを振り返った聖女のヴェールがふわりと浮いて、窓から差し込む光で、微笑む彼女の顔が一瞬見えた。
その顔を見て、俺はようやく合点がいった。
彼女こそが、本物の聖女だったのだ。
俺は愚かだ。本当のことが何も見えていなかった。真実は目の前にあったのに、見抜くことができなかった。憎しみで周りが見えなくなっていた。
こんな俺が人の上に立てるわけがない。己の愚かさを忘れないためにも、彼女に罰せられなくてはならない。いや罰せられたい。
だから俺は彼女にこう告げた。
「聖女様!どうか俺を踏んでくれ!」
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