第6話
「……と、えーーーっと、食べ物は大事にしましょうというのが女神の教えですからねー……よく覚えていてねー。じゃーもう卵投げちゃダメだよーじゃなかった、ですわよー?オホホホホ」
いやもう第一村人との遭遇から聖女様印象最悪じゃん。もうこの村での巡礼失敗確定じゃん。子ども泣かせた極悪人じゃん。怒られるだけならいいけどさっそくクビを言い渡されると困る……と冷や汗をかいていると、赤髪騎士団長さんがズカズカと圧強めで私に近づいてきた。
怒られるのかなー怒られるだけならいいけど手をあげられるのは嫌だなあ。と考えながらぼんやり見上げていると、騎士団長さんが気まずそうに口を開いた。
「あー、あのな……その……悪かった。あんたの言う通りだ。すまん。この子どもたちが卵を投げようとしているのに気付いていたんだが……聖女様が生卵を投げつけられたらどんな反応するのかと思って……黙認したんだ。だけど食べ物を粗末にしちゃいけないよな……。俺はそんな当たり前のことを忘れてしまっていたなんて……」
「え?あ、いえ、そうですね。この子らも投げるならなんでゆで卵にしなかったんでしょうね。ゆで卵だったらぶつかっても食べられるから無駄にならずに済んだのに。勿体ない……。まあ騎士団長さんもあれが生か茹でかぶつかるまで分からないんですもんね。しょうがないですよ」
「生か、茹で……???」
「ええ、茹でなら……」
「「「「……?……?……?」」」」
一瞬の間があってから、騎士団長さんとその仲間たちが地面を揺らす勢いで爆笑しだした。
「おっ、お前……!大事なとこソコ?ゆで卵ならいいのかよ!論点おかしくねえ?!」
「生卵にまみれながら言うセリフじゃねえぞ!」
「つーかゆで卵なら落ちたのでも食うのかよ?!聖女様は!」
ゲラゲラと腹を抱えて、なんなら地面に転げて笑う騎士ども。おい、そこの若いの、人を指さすんじゃない。
なにかそれほどまでに笑う要素があったか理解に苦しむが、まあ場が和んだので良しとするか。
まだ笑いの収まらないこの集団の元に、教会の中から魔術師双子が不思議そうにしながら出てきた。
「ちょっとお~なに?この騒ぎはァ。こっちは先に来て準備してんですけどぉ」
「あれー?聖女様でろでろじゃーん。卵ぶつけられたの?ププ、さすが嫌われてるよねー」
「おい、ファリル、ウィル、どっちでもいいから湯とタオルを持ってこい。あと着替えができる部屋を用意してくれ」
赤髪騎士団長さんがニヤニヤしていた双子を教会の中へ押し戻していく。
双子は先に来て教会の準備をしてくれていたらしい。まだうちの弟くらいの子どもなのに、ちゃんと働いて偉いなあ……。
「ちょっと!ダレン!なんで僕らがそんなことしなきゃいけないのさ!」
「なんで庇うわけ?ダレンもコイツのこと大嫌いだったじゃん!」
「うるせえ、俺が間違ってたと思うから後始末をするだけだ。手伝え」
ギャーギャー叫ぶ双子を連れて、赤髪騎士団長さんは教会に入っていった。
「さ、聖女様。お召替えをしましょう。そのあと祈りの儀式が控えていますのでお早く」
ぼんやりしていると司祭様が後ろから声をかけてきた。あ、はい、とか適当な返事をして私は言われるがまま教会側が用意してくれた部屋に入る。
「ヴェールはひとまず予備の物と取り換えましょう。あと服も儀式用に着替えてください」
「はい、分かりました。じゃあ着替えるので、司祭様は……」
「手伝います」
「は?」
「儀式用の服は着るのが難しいので私が着替えを手伝いましょう。まずはその汚れた服を脱いでください」
なんかさらっととんでもないことを当たり前みたいに言われたけど、さすがに私もそこは流されない。この人確か性別は男だったよね?あれ?本当は女性だったとかそういうオチ?いや、んなわけない。整った顔だけど骨格とか絶対男だし。
「いやいやいや、着替えを男性に手伝ってもらうなんて無理です。こんなんですけど一応女性ですし、嫁に行くまで男性に肌を見せるなって母に言われてますし。とりあえず一人で着てみますから出て行ってください」
「ああ、一応そういう常識はあるんですね。ですが侍女はいませんしお手伝いできるのが私しかおりませんから仕方がないですね。大丈夫、私は聖職者ですから」
「いや、聖職者とか関係ないんで、私の気持ちの問題なので……だから無理ですって……!ちょ、まっ……!ぎゃ、ぎゃあああああああ!」
嫌だと言っているのにこの司祭様は問答無用で私を捕獲し、遠慮なく服を脱がせ着替えを遂行した。
……この辱めも報酬に含まれているんだろうか……!確かに法外な価格だったけど!だったけど!
着付けが終わった頃には私はもう疲労困憊だった。着付けの仕方を完璧に覚えて次は絶対自分で着られるようになるんだ!今日の辱めは忘れよう。
教会の祈りの間は、なんというか荒んでいた。一応女神アーセラの彫刻が中央に飾られていたけれど、掃除された様子もないし、ずっと締め切っていたのか埃っぽい匂いがする。
あれ?教会って普通毎日誰かしら信者が来ておしゃべりしたり、取れすぎた野菜を寄付したり小さい子どもの保育所だったりするところじゃないの?
ウチの村の教会と雰囲気が違いすぎてちょっと驚いた。
ここにいる神父様は中央から派遣されている人らしく、一年で年季を終えて交代するらしい。だから地元に根付いた活動をできていないのかな?
色々気になったが、その辺の事情は私には関係ないので、とにかく仕事として、薄汚れた祭壇に上がり祈りを捧げる。
私は本当に申し訳程度の力しかないのだが、この祈りの時間は心を込めて行うことにしている。
女神さまは決して祈る人にひいきをしてくれるわけではない。
不運は避けようもなく訪れるし、幸運が平等に訪れるわけでもない。
だが祈るたびに頭が澄んでいく感覚がして、妬みや恨みみたいな負の感情が浄化される気がするので、私は祈りの時間を大切にしている。
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