第5話




 その後も司祭様はずっと私と同じ馬車に同乗して、とにかく色々質問して会話のボールを次々投げつけてくる。イヤ、なんで?


 ハイ、イイエで乗り切ろうとするも、具体的な回答が得られるまでぐいぐい質問責めにしてくる。仕方なく当たり障りなく一般的な意見を言ってみるも、『で、あなたの意見は?』と言って追い込んでくる。もう勘弁して。


 長時間馬車に揺られる疲れとかよりよっぽど司祭様の質問攻撃のほうがきつかった。




 精神的疲労でぐったりした頃、最初の目的地である領地に到着したと赤髪騎士団長さんが司祭様に伝えてきた。



「さ、セイラン。あなたの聖女代役としての初仕事です。今日の流れはちゃんと覚えていますか?」


「はい、まずは教会で祈りを捧げて、そのあと領内を回って奉仕活動ですよね?奉仕って言っても領民に挨拶して回って握手とかすればいいだけですよね?そんなにやることないですよね?」


「ええ、あとせっかくなので、癒しを求められたら応じて下さってもいいですよ。でも無理はしないでください。できる人数だけで結構です」


「はあ、でも私の癒し効果ってほんとしょぼいですよ?膝擦りむいたのとか二日酔いとか治せる程度なんで、応じたらしょぼさが露呈するんですがいいんですか?」


「ええ、印象操作のためのパフォーマンスみたいなものですからね。もったいぶって癒しをかけて、やった実績だけ残せば十分です」


 適当な返答に不安しかないが、それでいいっていうんだからいいか。


 聖女様のヴェールを被って馬車の外に出ると、赤髪騎士団長さんが仁王立ちしていた。

 なにが面白いのかやけにニヤニヤして私を見ている。



 なんだろ?と思いながら教会への道を司祭様のあとについて歩いていく。


 と、次の瞬間、『グシャッ!』という音を立てて何か固いものが私の頭にヒットして、その後べちゃあ……と粘性の高いなにかが垂れる感覚がした。


 突然のことに茫然としていると、横に立っていた騎士団長さんが『ハハハッ!』と笑い出した。


「熱烈な歓迎を受けたみてえだなあ聖女様よォ!生卵のシャワーたぁ、ここの領民も気が利いてるぜ」


 生卵……。ああ、なるほど。生卵を投げつけられたのか。騎士団長さんはこれから起こることが分かっていたからニヤニヤしていたのね。


 卵が飛んできた方向を見ると、籠を持った少年二人が卵片手に爆笑していた。

そしてまた振りかぶって卵を投げるしぐさをしてきたので、それをみた瞬間私はブチ切れた。


「ごるぁああああああああ!こンのクソガキがぁああああああああ!」


 雄たけびを上げ私はその少年二人を猛ダッシュで追いかけ、両腕ラリアットをかまして素早く捕獲した。

少年らはまさか聖女が宙を舞ってラリアットしてくるとは思わなかったようで、地面に引き倒され茫然としている。


 私はキャッチした卵の籠をそっと地面に置いてから、二人に拳骨を落とす。


「ぎゃっ!」

「いてえ!なにすんだよ!聖女様が子どもをなぐっていいのかよ!」


「お前らこそなにやったか分かってんの!?卵を人に投げつけるなんて何考えてんだ!」


「へっ。また投げつけられたくなかったらさっさと俺たちの村から出ていけよ。次は生ごみのほうがいいかぁ?」


 一人はビビッて黙っていたが、正気に戻った強気な少年が皮肉たっぷりに言い返してくる。全然反省していない様子に私の怒りは頂点に達した。


「……今日び卵がひとついくらすると思ってんの?お前らは食べ物おもちゃにすんなって教わらなかったの?うっかり落としたならともかく、嫌がらせのために貴重な卵を無駄にするなんて馬鹿の極みだよ!

卵は完全食品なんだよ!栄養豊富!毎日一個食べられたらどんだけ幸せか!じゃなかった、健康になれるか知らないのか!お前!今すぐ謝れ!卵を産んでくれた雌鶏に、『あなたの卵をゴミにして大変申し訳ございませんでした』って頭地面にこすりつけて許しを請え!鶏が許しても私は許さんけどな!そして雌鶏が卵を産めるよう毎日餌をあげて世話をしている全養鶏家にも謝罪をして回れェェ!」


 食べ物を無駄にするのも許せない行為だったが、なにより卵をこんな使い方をしたのが許せなかった。

卵は栄養価が高いので、兄弟たちにできれば毎日食べさせてやりたいとおもっていたが、いかんせん高いので毎日食事に出すなど我が家の経済状況ではまず無理だった。


下の妹が長引く風邪でげっそり痩せてしまった時に、卵をたくさん食べさせてやれたらなあ、とか、ゆで卵を一人で丸々食べたいけど兄弟みんなで分け合うからいっつもちょびっとだけだったとか、貧乏を悔しく思った気持ちとかがぶわぁッと湧き上がってきて、少年のしたことがどうしても許せなくて、投げ捨てるくらいなら私にくれと恨みを込めながら襟首つかんでがくがくと振り回してやった。


 少年らが私の剣幕に完全にビビッて、涙と鼻水を垂らしながら『ごめんなさ……!ごめんなさいぃぃ!』と泣き叫んでいた。

 その辺でようやく私もハッと我に返った。


 顔をあげてみると、赤髪騎士団長さんとその部下たちが口を開けてポカンと間抜け顔で私を見ていた。その後ろでは司祭様が肩を震わせ笑っている。あ、これ完全にヤッチマッタやつですよね。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る