第4話
ていうか司祭様も一緒に閉じ込められているけど、いいのかしら?と思ったけれど、雇われのニセモノごときが口を利くのもはばかられたので黙ったままおとなしく馬車の椅子に座っていた。
しばらく司祭様も黙って馬車に揺られていたけれど、なんだか司祭様から視線を感じて落ち着かない。なんならちょっと不躾すぎじゃないかと思うほど見られている気がする。
「…………」
「…………」
心を無にして気付かないふりをしていたら、司祭様のほうから話しかけてきた。
「……そういえば名乗ってすらおりませんでしたね。私は司祭のルカ・デ・ラ・ロヴェと申します。先ほどの赤い髪の男が、騎士団長のダレン・ロンハイム。双子の少年らが、魔術師のファリルとウィルです。彼らはまだ十三歳の少年ですが、国内で五本の指に入る能力者ですよ。他の騎士たちをあわせても二十人に満たないですが、あの三人が居れば安全です」
「はあ、ソウデスカ」
どうにも聖女様って嫌われているようだけど、守ってもらえるのかしらと思ったが、きいたところで解決しそうにもないし、聞くだけ無駄なので黙っておくことにした。
さすがに死なない程度には守ってくれるだろう。それに国内の教会をめぐるだけなんだから、いくらなんでも命の危機はないよね。
どうせなにか意見する権利が私にあるわけじゃなし、黙っておくのが得策だ。私は馬車のなかですることもないのでぼんやりと窓の外を眺めることにした。嗚呼、空が青い。
そうやって焦点の合わない目で現実逃避していると、また司祭様が話しかけてきた。
「あなたは肝が据わっているというか、変わっていますね。なにも訊いてこない上に、私のほうを見ようともしない」
「ええ、まあ、仕事ですし、引き受けた以上文句を言っても始まらないですからね。それに私これでも人見知りなんで、友達でもない司祭様と会話を楽しむほどのコミュ力がないんですよ。あ、気を遣って話しかけていただかなくても大丈夫です。私のことは路傍の石だとでも思っていただければ」
「……女性に話しかけるなと言われたのは初めてですね。常日頃、女性信者の方々は私にしつこいくらい話しかけてきますから、ご婦人というのは皆姦しい生き物なのだと思っておりました」
「ひとそれぞれってやつですね」
「あなたは私の顔を見て、どう思われますか?」
なぜか司祭様が会話を終わらせてくれない。
雑談とか苦手なのよね。連絡事項だけでいいのに。
あ?でもこれも仕事の一環なの?人の質問にどう答える的な練習?
司祭様の顔を見てどう思うかと言われても……なんというか……。
「肌ツヤもよく健康体にみえます。歯並びもよいです。目鼻立ちもほぼ左右対称で、良いお血筋なのでしょうね。身長も高く手足も長くていらっしゃる。幼い頃から十分な食事を与えられて栄養が行き届いた結果でしょうから羨ましいです。子どもの頃栄養が足りていないと低身長になりがちですから、私の村では大柄な人は少ないのですよ」
私ももう少し満足に食事がとれていればもうちょっと身長が伸びたはずなのに……と若干恨みがましい気持ちがにじみ出てしまったのか、余計なことまでしゃべってしまった。
司祭様は私の返答が思ってたのと違ったのか、きょとんとした後、爆笑した。
わぁ……こういう整った顔の人が爆笑するとちょっと狂気じみているように見えるのは私の偏見だけど……正直怖い。
「はははっ!健康体ですか!女性にはこの顔が好まれるようで、たいてい初対面から顔の造形について褒められることが多いですが、顔が左右対称だと言われたのは初めてです。面白い表現ですねえ。ですが、血筋と左右対称は関係あるんですか?」
「血筋というと語弊があるかもしれませんが、生まれつき丈夫な子どもは、体のバランスがいいんですよ。手足の長さが揃っているとか、背中が歪んでいないとか。左右対称であるのは健康な証に見えると思いますよ。
そして、健康な人の子どもはその良い特性を受け継いで生まれてくると考えると、女性が左右対称の優れた容姿の男性を好むのは、そういった理由があるんじゃないですかね?ホラ、子どもは育ちにくいものですし。
私の村でも、子どもが五人生まれても半数は五歳前に死んでしまうなどザラですから、健康で強い子どもを産みたいと女性が思うのは当然だと思います」
私は話しながら過去のことを思い返していた。私の家族は兄弟がたくさんいるが、本当ならもっと人数が多かったはずなのだ。
私の兄や姉がいたのだが、私が生まれる前に病気だったり怪我だったりが原因で亡くなっていた。
強い子だけが生き残り、生まれつき体が弱い子はどうしたって淘汰される。私が癒しの力が使えることがわかってからは、母や兄弟たちのちょっとした不調なら治せていたので、私より下の子の生存率は格段に上がったと思う。
……っと、いけない。余計な話までしてしまった。姦しいと言われる前に口を噤もう。
司祭様といえば、ぱちぱちと瞬きをしたあと、さらに私をガン見してきた。
「ふぅん……環境が違えば物の見方も変わりますね……興味深い意見です。あなたの目線で見ると私とは全く違うものが見えてきそうで面白いですね。それに、あなたが私にかけらも興味がないことがよくわかりました」
「興味……?いや、どうでもいいとかではなく、司祭様に関してなにも知りませんからなんとも申し上げられず……」
「ああ、私のことはどうぞルカと呼んでください。かわりに私もあなたをセイランと呼ばせていただきますし。もちろん皆の前では呼びませんよ?ちゃんと聖女様とお呼びしますからご心配なく」
「心配……?いや、別に使い分けとかそんな面倒なことしなくても、役割名で読んでいただければ……」
「いいえ、切り替えは大切ですから。ねえ、セイラン?」
司祭様がにっこりと後光が差しそうな尊い笑顔で言っていたけれど、なぜか悪い顔に見えるのは何故なんだろう?
いや、笑ってるけどむしろ怒ってらっしゃる?私がペラペラ調子に乗ってしゃべったから癇に障ったのかもしれない。口は災いの元だ。もう下手なことはしゃべらず『ハイ』か『イイエ』で返そうと決めた。
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