第14話 オリエンテーション旅行④

 なんとか再起動した唯音を連れて肝試しのコースを進む。


 さっきから俺の左腕に縋りつつプルプル震えている唯音は控えめに言っても可愛い。


「ゆ、唯音ほんとに大丈夫か?」


「う…うん。」


 色んなお化けをモチーフにしたおもちゃやクラッカーの音などで驚かされながらもなんとか森林ゾーンを抜けていく。


 ただし、事前情報によると森林ゾーンより裏の廃倉庫ゾーンのほうが3倍くらい怖

いそうだ。


 俺は楽しみでしょうがないのだが…唯音はもうほんとに気を失わないか心配になりそうなほど顔を真っ青にしている。


「よし、じゃあいくからな?」


 こくっこくっ


 森林を抜け廃倉庫ゾーンへ入る。


 左右を見渡すとそれはそれは雰囲気がにじみ出てる倉庫が所狭しと並んでいる。


 と、次の瞬間。


 後方からざりっ…ざりっ…と何かを引きずるような音が響く。


 振り向くと、コスプレではあるが肌が腐っていて噛みつかれるとそれになってしまうそれがいた。


 そう、ゾンビである。


 不意に俺の左腕が質量から解放される。


 左を見ると…唯音が地面に倒れていた。


「ありゃりゃ。機織さん失神しちゃった…。そんなに怖かったかなあ?」


 ゾンビ役の数学科の先生、木島祐樹先生がそう言う。


「おーい唯音ー?マジで気を失っちゃった?」


 声をかけてみるも反応なし。


「まったく…。先生どうしましょう…。」


「そうだなあここ虫がいっぱいいるし連れて帰ったほうが得策かも…。」


「えぇぇ…。どうやってですか…?」


「どうしましょう…。」


「だってここに女性の先生いませんよね?」


「いないね…。起きるまで待つか…。」


「了解です。あ、ここで静かにしてるんで続き驚かしてもらって大丈夫ですよ?」


「一人だけ先生置いていくよ。なにかあったら怖いしね。」


「りょーかいです。」


 唯音が起きるまで俺は何度哀れな被害者の悲鳴を聞いたのだろう。


「あ…あれ?ここは…?」


 やっと唯音が起きた。


「ゾンビ覚えてる?その怖さに唯音は失神してました。」


「え…嘘…。そんな恥ずかしいことある…?」


「残念ながら事実です。よし、じゃあ唯音も起きたし帰るか…。」


「その…遥眞まだ歩けなくて…。」


「まじかなら待つか。」


「でも…暗いとこで待つの怖いから…おんぶしてって…ください…。」


「っはあああああああ?」


「ダメ…?」


「いや…その…いいのか…?」


「遥眞なら…いいよ…。」


 そういう唯音の姿はとても儚げで美しかった。


 夜、満天の星空の下という雰囲気による効果もあってか、唯音が織姫のような天女に見えたんだ。


 月明かりに照らされたその表情は潤んでいてだがどこかに決意を感じさせる。


 あまりの可憐さに俺はつぶやくことしかできなかった。


「唯音………。」


 少し時間を忘れて見つめあってしまった。


 硝子細工のように美しくそれでいて繊細な唯音の姿の手を伸ばした時場違いな言葉が響いた。


「おーい、きみたちー私のこと忘れてないかなー。」


 俺たちの見張り役でここに待機してた国語科の更科圭吾先生だ。


 はっと今俺がしようとしたことに気が付いた俺はその意図がなくても止めてくれた先生に感謝すると同時に少し恨みもした。


 だがしかし、ここで新たなハプニングに見舞われる。


 この先生ゾンビのままだったのだ。


「っ……………!」


 声にならない悲鳴を上げさっき歩けないと言っていた唯音は全力疾走で逃走した。


「あっ、おい唯音待て!危ないぞ!先生あいつ連れて帰るんで!残ってくださってありがとうございました。」


「お…おー。やっちゃった…。だけど、不純な異性の交遊は推奨しないからな?」


「しませんよ!まだ…。」


「ん?なんか最後に変なのが聞こえた気が…。」


「気のせいです。では。」


 釈然としなさそうな先生を残し俺は唯音を追いかける。


「おーい唯音ー!帰るぞー!」


「は…遥眞…。ゾンビが…ゾンビが…。」


「もういないって。ほら、お前がいいならおんぶでも抱っこでもしてやるからはよかえろーよ。」


「じ、じゃあおんぶ…。重いって言わないでね…?」


「はいはい。ほら、おいで。」


 そう言ってかがんだ俺の背に確かな体重がかかった。


「よっこらせ。」


 掛け声を出し俺は歩き出す。


「遥眞…ごめんね…何時も助けてもらってばっかりで…。」


 唯音は肝試しで俺におんぶにだっこ状態だったのが結構こたえてるようだ。


「別にいいよ。お互い様だろ。」


「でも…。」


「俺は唯音のことはいい友達だと思ってる。なんで、友達を助けるために対価をもらわなくちゃいけないんだよ。こういう時に助け合えるからこそ友達なんだろ。」


 この時の俺はちょっと自分のハートフルなセリフに酔いしれていた。


 そのせいもあってか唯音の続く言葉が聞こえなかった。


「遥眞のばか…。」


 唯音が出したその声は届くことなく星空に吸い込まれていった。

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