第55話~9年ぶりの更新です。
う~む。まだか‥・海原を眺めて何刻たつか。
甲板に仁王立ち。
疲れたぞよ。
「大将、いつまでここで待つんで」
「阿呆!お主らが食いすぎてのう、食い扶持がのうなったわ!」
「う、申し訳ござらん」
孫一、が大げさに土下座をする。
慌てて、棄丸が続き、そこらにうろついておった家来共が土下座に続く。
船の上とて、刺し子一枚、つんつるてんの着物である。
小汚いふんどしのケツがずらりと見えるわ。
コイツラ食うわ食うわで、瀬戸を抜け、紀伊半島に達したところで食い物が足りなくなった。
このままでは江戸にたどり着けん。
やはり大阪で調達すべきであったか、だが我らは隠密行である。
寄れば、徳川に知られたかもしれんしのう。
で、ここで網を張って獲物を待っておる次第じゃ。
朝から、待っておるが…
「大将!見えますぞ~~」
帆柱の天辺にしがみついて遠見をしておった水夫が叫ぶ。
「来たか! 」
「メシ~~」
「待て待て、船足が早いぞあの弁才」
ほう、べんザイというのかあの貨物船は。
400百石積みぐらいかのう。
「襲うぞ、帆をはれい!」
「は!いけいけ~~」
慌ただしくなる船の上、水夫は帆に舵に、武者は火縄銃に、刀に。
ググッと傾き、帆走を始める。
横には棄丸と、孫一。
「フ、戦は久しぶりじゃのう」
「誠に誠に、ヤタガラスが大きく口を開けて火を吹きたがっておりますわい」
「いや、あれは軍船ではござらん、単なる商船ですぞ」
「棄、しらけることを言うでない」
「さよう、さよう。楽な戦は樂しいですぞ、ガハハ」
などと、首脳陣はのんびりと獲物を追い詰めるのを待つ。
「なかなかに近づけんのう、あの様な船にのう」
「は、岸近くなれば、我が方、図体がでかいので、操船が難しくござる。
ひるがえって、和船は岸近く、常に海岸を見、そって進みまする」
「ま、何事も専門には勝てぬということでございますな」
うんうんとうなずいてる孫一。
「孫、逃げられてしまうではないか!何とかせい!」
「さすれば、一発驚かせて停船させましょうず」
孫一、ヤタガラスを手に喚く。
「雑賀衆、あの船向かって構えい!火縄準備、船の上とて火を消すなよ」
「うを~い!」
十数人の鉄砲を持った刺し子一枚の薄ら汚し髭面男たち、一斉に膝折、構える。
「これ、孫よ。我ら、上下に揺れとるが、あの和船もひどく揺れとる。当たるのか」
「はは。ま、当たらんでしょうな。威嚇でござるよ。火薬の轟音、黒煙。そして玉の飛んでくる音。
こりゃ~怖いでござる。ただの船頭、水夫なれば恐れ入って停船するでござろう」
「ふむ、せぬときは?」
「そ、そのときは五代殿の出番で」
「何!せ、拙者が!」
棄丸、慌てた、慌てた。
「うむ、さすれば棄はその時の事を考えておけ。又は孫六がうまくいくか祈っておけ」
「は、はっ」
棄丸は一心不乱に手を合わせ、祈り始めよった。
孫一、船の浮き沈みと和船の浮き沈みを合わせるがごとく、じっと待つ。
合った。
「放て!」
「ドゴーン」
まるで一発の大砲のごとく一斉に放たれ、真っ黒い煙の花が開く。
そして、音。
「カシャ~ン!」
なんか割れたわ、煙が晴れると、そこには和船の上にコブが如くあったものがない。
「お、あたったわ、奇跡ぞ。皆、喜べ」
「おお~やったわ」
「わし、天才」
「なんの、拙者の玉ぞ、あれは」
「嘘こけ、金玉ほどに当たらんわ」
「なんのこっちゃ、ワハハハ」
「それ、わっしょい、わっしょい」
雑賀衆、その場で例の踊りを小さく始めよった。
ま、負けるか!
それよいとな、わ、コケた。
船上で踊るとコケる~彼奴等はなぜにこけん。
「秀頼様、大丈夫でござるか」
慌てて棄丸が駆け寄って抱き上げて起こしてくれる。
「うむ、すまんの、しかしおぬしも嬉しそうじゃのう」
「は、これにて難題は解決しましたし、あれをご覧あれ」
見ると、帆を降ろし、停船した和船が波間に揺れて追った。
よし!
「寄せるろ! 綱投げい」
「棄、主が乗り込め、そしてな、ゴニョゴニョ」
「は… わかり申した」
棄を先頭に二三人、刀を背負って、刺し子一枚で乗り込む。
和船の甲板らしきものというか、板が載せてあるだけと思しき
ものの上に巨大な樽があり、鉄砲の大穴有りて、何やら液体がこぼれており、
周りに 小汚き男どもが、土下座して棄丸たちを迎えておる。
「あれは樽廻船でござったか、嬉しいような嬉しくないような」
「ん?どういうことぞ、話すがよい」
「にごり酒を江戸に運ぶ最近流行りの船でござろう。拙者も見るのは初めてでござるが。
江戸が豊かになり、酒が足らぬと、船にて上方より運ばれております」
「酒は飲みたいが、腹は膨れん。まあ、にごり酒なれば少々は良かろうが、酩酊して
遭難しかねんぞ、こりゃ、ワハハ」
なんと!
とにかく、棄に命じたとおりにせねば。
棄丸、小さき樽を2つばかりこちらに送ると、帆柱に向かう。
「カーン、カンカン」
「わ、止めてくだされ!遭難してしまう」
打ち倒すと、海に蹴りやり、こちらの船に戻った。
「命を取らんだけ、ありがたく思え。運が良ければ漂着して助かるであろう」
帆を張りわが船はしずしずと離れていき、和船は波間に消える。
「全員殺さなくてよかったんですかな、我らのことがバレますぞ」
「ふむ、ま、素直に降ってくれたからのう、これぐらいの情けはのう」
棄丸が樽を抱いて戻ってきよった。
「お、ご苦労ご苦労。五代どの、早速の宴会を」
「馬鹿者!次の獲物を待つのじゃ、米が手に入るまでぞ」
「はは~~、でござるか」
孫一のアホウめ、露骨にへたりよって。
再び待ちの時が流れていく。
うん?寝ておったか、夕日がまぶしいのう。
いつの間にやら、甲板で寝て追ったらしいのう。
夕日、確か樽廻船を獲得したのは昼前ではないか。
「なぜに起こさん、棄よ」
起き上がりぐるりと見回したところ、
いや、海に沈む夕日がああ、赤赤と奇麗じゃのう。
そばにはやはり赤々と染まる夕日の子が浮かんでおる。
夕日の子?何だそれは?
「あれは、赤く染まる船じゃ、大きいぞ、安宅船か。
なぜにだれも気づかん!」
見渡せば、甲板のあちこちに倒れた刺し子のケツがずらりと。
流行り病か!いや、この漂う匂いは酒じゃ。
「こ、こいつら、予が眠りこけてるとて、こっそり酒を飲んだな、
しかも酔いつぶれるほどに」
ゆえに気づいておらん、あの船の接近をのう、これはいかん。
しかもよくよく見れば、あの船、帆を立てずに櫂走しておる。
旗指しものは、葵、葵~~~
「と、徳川じゃ、敵じゃ、こちらに向かってきておるぞ、起きんか!
馬鹿者ども!敵じゃ~~」
「はえ?何事でござるか」
足元から声がする。そこには目をこする棄丸の姿がある。
「起きんか!敵じゃ、徳川の安宅ぞ!」
流石に棄丸、起き上がり、元気に、ではなくフラフラとたち、言う。
「皆、腹減りすぎまして、濁り酒とて、米の变化したもの、大して変わらんという事になり申して、みんなでいただきましてござる。秀頼様にはお疲れの様子、なにちゃんと分前は取ってありますぞ」
「この酔っ払いめ!予は子供じゃ、酒はたんとは飲めんわ!」
「しかも、それどころではない。あの徳川の安宅が見えんのか」
「なんと!見事に夕日が反射してまっかっかの船でござるな、
なんででしょう?」
「あれは銅板でも貼り付けてるのかのう、手強そうじゃ、鉄砲が通じんぞ。
いかん、それどこではない。こちらに向かってきておるではないか。あの櫂走。
間違いない」
「戦うか…無理じゃ、こんな酔っぱらい船、逃げるのじゃ。沖の海流に乗ってしまえば
逃げられるじゃろう」
「皆のもの、帆走じゃ、逃げるぞ~~」
何たること、返事がない。
目覚めておるのは予とヨロヨロの棄丸だけか。
あとはすべておねんね中じゃ。
仕方なし。
「棄、急ぎおぬし、帆をできるだけあげよ、予は舵を握る」
「は」
棄丸は返事だけ元気に、身体はよろよろと帆に向かい、必死で一人、帆と
戦い始めた。
予はあせって後部の舵に走り向かう。
「ギャツ」 「グッ」
何人か踏んづけたら声がしたのは気付いてはいた。
回転式の舵を握って、全力で回す。
「あれ右に回せばよかったか、左に回せばよかったか、まあどうでもよい」
「回れ~~」
予は必死で回すが動かん!
「ド~~ン」
うわ、撃ちよった。
「ヒュ~ ザボン」
砲丸が頭上を通り抜けよった、怖かった、怖かった。
あれはブリキトースとかいう南蛮由来の大砲か?
ま、それはそうとて。
「おりゃ~~」
お動いたぞよ、舵輪がちょとだけ、そしてぐるぐると回し…
お、棄が主帆を半分ぐらい上げているぞ、力もちなり!
そして我が船はよろよろと動き始め、廻りつつ、赤い安宅の方へ突進し、
そっち行くな~
「うわ~~~~~」
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