第49話
お、お願いつかまつる」
宗茂ではなく、重臣が答える。
さて~と思ったが、忘れておったわ、汚れるぞ。
「切開じゃから、血が出る。この布団とたたみに血が付着して良いかの?布団は駄目になると思うがのう」
「それは困ります。この布団でなくては拙者、寝れません。なにとぞわが愛用の、この布団だけはお助けをお願いいたす」
宗茂め、こちらを向いて拝みよる。イメージ狂ったなぁ、これではただのわがまま殿さんやん。
まあ、傷が治っていくさ場に立てば全然違うのであろうがのう。
汚れぬ方法を考えよう。
そうそう予も汚れぬよう手術着をなにか考えよう、この服が血だらけになるのはいやだからのう。
とりあえず、板張りの床が良いからほれそこの庭に面したおえんがわでやろう。
ここより明るいからちょうど良い。下には油紙でも敷くか?
「これ、油紙の大きいのがあるか?」
「は、鉄砲を包むためのものがござります」
「うむ、それをおえんがわにしくがよい」
「は」
直ちに襖は大きく開けられ、おえんがわにシャラシャラと音をたてて油紙が広げられてくる。
それに、日光が当たり、明るく反射して黄色いや黄土色っぽい。それを見てたら、予の頭の中に音楽が流れてきた。
「カアサンオカタヲタタキマショータントンタントンタントントン、オーエンガワニハヒガイッパイ」
ああ、母が割烹着をしていて、予が後ろから肩をたたいておる。なんか………思い出すわ割烹着。
そうか、割烹着みたいなもんがよいのう。
しかし、どんな連想をしておるのか?予は。
棄丸に命じ、まっさらの寝巻きのすそや、腕の部分を切り取り、予のサイズくらいにする。
次に逆向きに着、紐でぐるぐる巻きにすればアーラ、手術着姿のドクターの出来上がり。
マスクもほしいが無理であろう、あきらめる。
宗茂がおえんがわの油紙の上に移される。
予も側に移る。
さて、消毒じゃ。まっさらのふんどしに、トックリ弾の酒精を十分に垂らす。それにて十分に手を何度も手を拭う。次にもう一枚で患部、すなわち左足を膝から足首、足裏まで綺麗に拭う。
「う、冷たい!」
「そりゃそうであろう。気化熱を奪われるからのう。それはそうとまだ冷たいという感覚があるというのはいいことじゃ。うわ、汚いのう。みてみいこのふんどし、真っ黒になったぞ」
「申し訳御座らん。もう一月以上風呂に入っておりもうさん」
「汚い!身体は拭いとかんといかんぞ」
「今後は気をつけもうす」
などと予と宗茂は会話を行い、患者と術者の信頼関係?を構築する。
「いざ、始めるぞ。皆のもの。押さえよ」
「はは~」
さすがこの時代の武者は手術時何が必要かわかっっておるのう、何人もの屈強な男達が宗茂の手足を押さえる。
痛いからのう…………
「あ、ぁ、ぁ」
「宗茂どの、何を言っても良いし、わめこうが叫ぼうがかまわん。むしろその方が身体によい。じゃが、身体はなるべく動かすな、失敗するでのう」
「はぁ、ぁ、ぁ」
さて、波動(患部を押したとき、内部で膿が動くことによる皮膚の動き)を見るかのう。
ふくらはぎ、足首などを触診しながら、視診をおこなう。
「いたたたた………」
もう痛いのか?ちょっと早いぞよ。それはそうと…………
全然わからん!!!
どこも波動が触れん、まんべんなく腫れておる。
や、やばい!
今までやったのはすべて波動がふれて、そこを切開したものなあ、波動がふれんと…………
どこ切ろか?止めるか?今さら止められん、カッコ悪いわ。
うーっむ、仕方なしここを切るか?
足の裏、最初の傷口、土踏まずの真ん中付近。壊死気味になっておる。が、硬い!
ここを切ろーっと!!!
ああ、さすがに緊張するのう雑兵の足とはプレッシャーがちがうわ、さすれば緊張緩和の呪文を!
『予の足ではない!失敗しても大丈夫、ゴメンネとあやまればオーケー切っちゃえ切っちゃえ~』
「ひ、秀頼様~~」
「おっ、すまぬ。思わず声に出しておったわ気にするな、ではいくぞ!」
足首を左手でつかみ、右手でメス(小柄)をにぎり目をつけた部位に切りつける。
「ぐ、ぐっ!!!」
宗茂が唸る。
分厚い足裏の皮膚を貫通し、白い皮下組織が見える。一瞬後、血がにじみ出てきて見えなくなる。ぽたぽたと足首から油紙に落ち、血だまりを作る。今のところ、動脈は傷つけておらぬ。傷つけたらぴゅぴゅぴゅ~と血が吹くはずじゃからのう。あれ?足首の動脈血はそこまで派手ではないかな?心臓から遠いし。ま、まあここでそんなことを考えている場合ではない。もっと深く広くしなければ。切るのは怖いから金箸で広げよう。金箸を傷口に突っ込み、慎重に傷を深くえぐる。
「ぐわ~~、痛い痛い!!!」
じたばた暴れ始める宗茂、足が動く!
「こ、これもっと押さえよ!!!」
「殿様~我慢を!我慢でござる~~~」
「宗茂殿、動くとまずい、痛みはわめいて散らしてくれ」
「う、う。於福~~、たすけてくれ~~~痛いよ、うえ~~ん」
「ふむ、於福とはだれぞ?」
「は、宗茂どのの乳母でござる」
ほほう、乳母か………なるほど、殿さんは生母ではなく乳母が育てるからのう、現代人混じりの予はおかーちゃんだなやっぱり。
などと考えながら傷口をこねくりまわす。痛いぞこりゃ。
お、今までの血とは違うどろりとした固まりが奥からでてきた。膿だなこれは、掘り当てたぞよ、ピンポーン。良かった良かった。
宗茂は相変わらず大声でわめき散らしておる。膿が出てホッとした予にはうるさいのう!
お皿の上の煮沸消毒した布の短冊を何枚も奥深く突っ込み、体外にその端をたらす。うまくいけば残りの膿がつたわってでてくるであろう。
出来るなら抗生物質を浴びるほどのませたいところじゃがないものは仕方ない。切開による菌の拡散で病状悪化しないように祈ろう。
「終わった」
その言葉と共に、みなへたる。予もへたる。
宗茂め運のいい奴じゃ、気絶しとる。それに予の手術も成功じゃ。
後はよくある手術成功、でも患者もたないで死亡しましたぁ、にならぬよう祈るのみ。
予は台所から持ってこさせた手水で血だらけの手を洗い、再び酒精ふんどしで丁寧に何度も拭う。
弟、直次が予の元にやってきて平伏して言う。
「ありがとうございました。見事な施術、よくわからぬながらも拙者、感服いたしました。かくなるうえはこのご恩に報いるべく、何ごとも申しつけらせませ」
「それはありがたいがまだ助かるときまった訳ではない。特に今夜、悪化する恐れがある。それを通り越せば徐々になおるであろう。ああ、痛いのはしばらくひどいよ間違いなく、それは手術の痛みであるから気にするな」
「は、心しておきまする」
「それと、栄養がたらんと直らん。今夜、明日と食えるなら魚粉いりのおかゆなど食わせろ。食えぬなら塩と、うーん、ハチミツとで味付けしたさまし湯をたっぷり飲ませよ。吐いても吐いてもじゃ。良いかな?」
「は」
ああ、疲れた。部屋に帰って飯食って寝るぞ。
本日おわり~~じゃ。
ああ、手術着を脱がなければ。
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