第48話


 「ひ、秀頼様、まさかあなた様がなさるので?いくらなんでもそんなことはありませぬよなぁ、お抱えの医師を同伴されておるのでしょうなぁ」


 そう直次が聞く。


 予は軽やかに答える。


 「ん?予に決まっておる。予は秀頼隊の医師を兼任いたしておる。な~に心配するでない。内科の方は無理じゃが、切った張ったの外科は得意じゃ。この辺の医者には負けんぞ。大体、内科はともかく日本の外科は遅れておる。予の納めた南蛮渡来の外科の方が優れておる」


 ホントはこもりの時に読んだ親父の歯科の本から得た知識や、ネットの知識からのもんじゃがのう。


 「そ、そうでござるか……………………」

 「し、しかし医術は知識のみでは無理でござろう。失礼ながら秀頼様のごとき身分の高い方はその様な機会はない様に思われますが?」


 直次め、うざいのう、ならばもっと詳しく説明してやるわ。


 「医学を志すもの、実務が一番というのは当たり前である。予は我が豊臣家御用医師、凝理庵の指導の下、十何例も施術を行っておる。最後には師匠から切開の免許皆伝を貰っておる」


 ホントに無理矢理勝手知ったる診療部屋に押しかけ、強権をもってでき物、腫脹の切開を行っておったのじゃよ。この時代不潔にして栄養不良があるからでき物、腫脹多し。見てたら切りたくなってのう。

 まあ、やったのは本当はほんの三~四例ではあるがの、最後は凝理庵も感心して予の切開を真似たほどである。


 なにしろこの時代の医者はほとんど切開をせん。傷は縫い針でぬうだけ腫れたら吸い出し膏薬であるからのう。


 「中納言さま、いけません!身分の高きものその様なことはよろしからず」


 「えい、棄丸うるさい。このままでは宗茂は助からんぞ。遠からず………じゃ。予が施術すれば助かる見込みがあると言うておるのじゃ」


 適当に脅かしておく。見ろ、立花のものたちびびりおったわ、予をすがるような目で見始めたぞ。


 「し、しかしお拾い様が施術された足軽、一度大出血して大事おおごとで御座ったではないですか」


 「う!あ、あれはまだ慣れなくてついうっかり動脈を切っただけじゃ。イヤ~あの折は焦ったのう。なにしろ血管をぬう道具が無くてのう、ははは。じゃが、ちゃんと止血はしたぞ。患部を思いっきり焼きごてで焼いてのう。時間はかかったがなんとか直って今回も付いて来とろうが」


 「はあ、それもそのとおりでござるのう、痕は残りましたが………」


 くっ、棄丸め余計なことを言いおって。立花兄弟が怯えた顔をしておるではないか、ここはひとつふかさねば!


 「心配いたすな、今はあの時の予ではない。ずいぶん技術があがっておる。免許皆伝である」


 ほれほれ、みんな納得したようじゃのう。


 直次が言う。


 「さすれば、お願いつかまつります」


重臣達も一斉に平伏して同意を表す。


 「へ?せ、拙者は承知しとらん。切るのはイヤじゃ~~~」


 「殿、ここに至ってはしかたござらん、拙者も秀頼様と同じに思いまする」

 「殿、我慢を!」

 「お願いしまする~~~」


 重臣達が叫ぶ。


 「イヤじゃ、イヤじゃ」


 ええ、いい年して。一喝してやろうと口を開いた時であった。


 「あなた様!!!いい加減になされませ!!!」


 その迫力、びびったわ。おそるおそる振り返るとそこにはいつの間に来ておったのか怒れる誾千代ぎんちよどのが正座してござった。怖~~~。

 

「あなた様、これまでもいくさ傷をこじらせて死ぬ兵をたくさんみてこられたでしょう。もはやいけませぬ、何かせねば死のみ! 幸い、秀頼さまが施術してくださるとおっしゃってます。秀頼さまは幼いけど、天才児、麒麟児です。その方が大丈夫だとおっしゃっておるのですからお願いしましょう、良いですね!」


 「………わ、わかった………」

 

 「それでは秀頼様、なにとぞ、なにとぞ我が夫、立花宗茂をお助けください」

 

 重臣と共に平伏する誾千代。


 ここれは、したり。軽い気持ちで切開をしようと思うたに、楽しもうとおもうたに重いことになってしもうた………


 「う、うむわかった」


 いやいやこんな気持ちでは失敗するぞ、その要因をまずとりのぞかねば!!!


 「あ~誾千代どの、施術は血を見る奥でお待ちあれ」


 「おなごなれば血はなれております」

 

 え~、あんたがいると怖くて手がかじかんでしまうと言いたいがそうもいえずどういったらよいか?

 そ、そうじゃ。

 

 「いや、宗茂どのも施術中の姿を愛する妻には見せたく無かろう。痛みがひどいからのう。格好つける為我慢するとショック、い、いやえーと。喪心?で命が危ない。痛いときは我慢せんでヒイヒイいうのが身体に良しである」


 「…………そういうものでございますか…………それなれば、宜しくお願いいたします」


 誾千代どのが奥に去っていった、良かった~~~





 さて、手術の準備じゃ、必要なものはメスと、傷口を広げる器具、ドレーン(膿を出すのと傷がふさがらないようにする)、器具を乗せるきれいな器、そうそう消毒剤がいる。抗生物質がないのう~~


 そうなると予後は体力勝負じゃが宗茂弱っておるからのう、栄養をつけさせねばならん。

 いつも何を食っておるかしらべねばならん。

 

 まずは道具を調達するぞ、第一に『メス』じゃなこれは予の大刀の小柄こづかを使う。


 「棄丸、予の刀をよこせ」

 「は、ここに」


 棄丸の背中から姿を現した我が大刀、子供用に軽くやや短く作られておるが、いるのはその中に添えられた小柄である。

 その小柄は予の希望で全金属製、持つところも同じ金属で出来ておる。メスの代用にぴったりである。


 次に傷を広げるものと、ドレーンじゃが………うん、あれを使おう。

 

 「あ~大きめの火鉢、たっぷりの炭がカンカンに熾った奴をたのむぞ、お湯のはいったヤカン、金箸もいるぞ、特に金箸が重要じゃ」

 

 「は、はい~~~」


 「それとじゃ………ほれあそこの隅に置いてあるは宗茂どのの下着かな?綺麗であるかな?」

 

 「はい、まっさらの下着にござる。宗茂さまはまっさらを好まれますので、毎回新ものでござる。費用がばかにならんでござるで、一回使われた下着はご兄弟や、我ら重臣が使っており申す」


 「なに~それは真か!!!拙者のふんどしを使うのはやめよ!」


 と宗茂の言。


 「なに~それは真か!!!拙者あにのお下がりをはいて居ったのか、やめよ!!!」


 と直次の言。


 「ええ、兄弟げんかは後にせよ、時間がないわ!!!」


 と予の言。



 「それから綺麗な大皿、瀬戸物が良いぞ。以上を直ちに準備せよ」


 「は、は~~」


 立花のもの達、どたばたと準備に走る。


 「ああ、それと、棄丸よ治療用の『酒精』を持ってこい」

 

 「え?も、もう有りませんが」


 「なに?まだたっぷり残って居ったはずであろう!」


 「それが、その~。大きなネズミが飲んでしまいました」


 「うむ、孫一じゃな~~これが終わったらぶん殴ってやるわ、しかたなし徳利弾の酒精を持て」


 「は」


 棄丸も準備に走る。

  

 予もまっさらのふんどしを短冊状に小柄を使って切り裂く。これをドレーンがわりとする。



 「準備、整いましてござる」

 

 目の前には大きい火鉢が有り、カンカンに炭は熾っており、ヤカンが掛けられ、シュウシュウと

音を発しておる。金箸もあり。

 徳利の酒精も届けられ、大皿の上にのせてある。


 まずは大皿を手に取り、重いのうこりゃ。しげしげと表面を見る。まあまあ綺麗か良し。降ろす。


 金箸を手に取る。まあ少々錆びておるがよくみがいておけばいいであろう。

 

 「棄丸、この金箸予がいいと言うまでこのふんどしにて必死で磨けよ」

 

 「は、承知つかまつった」


 予のそばにて一生懸命磨き始めた。ああ、良い部下をもったわ善哉善哉ぜんざいぜんざい


 次に短冊をヤカンの中に突っ込みぐつぐつと煮る。


 大皿に小柄、磨いた金箸、をならべ、酒精をぶっかける。



 「火をもて!」


 火の付いた蝋燭が来る。それを予は手に持ち、大皿に近づける。



 「ボアッ!」


 火炎がたちのぼりしばらくメラメラともえる。


 火炎アルコールによる簡易消毒である。


 この様な光景初めて見たのか、皆のもの驚き、目が点となっておる。

 棄丸までびっくりして居るぞははは。

 この消毒法、派手じゃからのう、予の医者としての信頼を高めるのに役立つかな?


 さて次は消炎した大皿に煮たらせた短冊の布を置き、さます。


 「うむ、準備はよかろう。宗茂殿、準備は出来ましたぞ、いざ!!」


 

 

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