第47話

 日輪の武士に命ずる。


「降ろしてくれぃ」


 「は」


 城内にておんぶより降りたった予は色んな意味でホッとして大きく伸びをする。


 「うーん、疲れたぞよ」


 「さすれば兄にお会いになる前に一休みされまするか?」


 「そうじゃのう、なんぞ甘味でも欲しいのう。長い船上ぐらしであったからのう」


 「さすれば、こちらへ」


 「うむ」


 その時、ガラガラという音がした。振り返ると扉が閉じられる鎖の音であった。どうやら皆、無事に城に入ったらしい。

 しかし、この様なカラクリ、この時代には珍しい。まるでヨーロッパのはね橋を応用したかのごとくである。さすが海外と交流の盛んな九州だけあるのう。

 おう、そういえばあの水面下橋の工夫はどうなっておるのか………

 これは聞かずばなるまい。


 「直次どの、ちょっと聞きたいことがある。例のあの橋な?」


 「は?」


 「そちの背中から目をこらして見ておったが水面下のどこが橋か全然わからなんだ。なんぞ秘密があるであろう。たとえば藍を塗るとか……」


 「いや、藍なぞ塗っても剥がれますし、かえって腐れやすく成り申す。なんせ水の中でござるから」


 「うむ、そうであろうのう。あ~差し支えなくばそのカラクリ予に教えてくれ」


 「それはかまいませぬが、どう教えたら……………

 そうそう同じ仕組みのものがござる。ささ、こちらへ!」


 直次、先にたってドンドン歩き始める。予はあわてて急ぎ足でついて行く。


 余り細やかな気配りはできぬ奴と見える。いったん目的が決まったらわき目も振らずという性格か?


 予なんか現代人まじりの性格だからけっこう周りを気にするがのう……と思っておるのだが。


 基本、予は怠け者で理想は酒池肉林なんじゃがどういうわけだが今まで勤勉、勤勉であった。


 我が命助けるためとはいえ大変だったのう、じゃがこれからも大変そうな予感がする。


 でも面白かったからいいか?などと妄想しておると突然直次は立ち止まり、そして黒々した倉庫らしきものを指差した。


 「この蔵の壁板をごらんあれ」

 

 なんじゃ?これは。一度火事にでもあったものか?表面が炭?になっておるぞ。


 「火事か?」


 「はは、ちがいまする。わざと表面を焼けこがし薄く炭の層を作ってござる。そうすることにより、炭の吸着性により湿気をふせぎ、なおかつ乾燥を防ぐというものでござる。これには別の効能もありまして腐りにくいのでござる。


 この炭焦がしの廃材を水面下橋に張ってみたところ見えにくいし、腐れにくいのでこれはよいと使用してござる」


 「ほほ~そのような使い方があるのか、 『タメになったね〜タメになったよ〜』ははは」


 「ははは、さてさてお疲れでござろう、こちらにてご休憩をどうぞ」


 本丸らしき二階建ての館に連れて来られ、全員いくつかの部屋にて落ち着く。


 「皆のもの、疲れたであろう、しばし休むが良い」


 「は」

 「ははー」


 予は皆の邪魔にならぬよう、別に一室をもらい休憩する。


 ふー、久々の畳じゃ、つ、疲れたわ……


 ひっくり返って座布団を枕に寝っころがる。


 身分の高い武将にあるまじき態度であるが、まあ誰もみとらんからよいか……


 「お拾い様、お拾い様。行儀がわるいですぞ秀頼さまのご身分は中納言でござる。さすれば正座でご休憩を!」


 「うるさいのう、おぬし予の護衛であろう、空気にならんか棄丸、空気はしゃべらんぞ」


 「で、ですが……」


 「無視、無視」


 予はうたたねをたのしんでおった。

 

 「失礼します」

 

 女性の声、戸があけられる音。


 「ん?」


 寝そべったまま顔を向けると廊下にうら若き、い、いや中年の上品そうなじゃがすごく狷介そうな女性が正座しておった。この女性、な、なんか怖いな~~~


 基本美人じゃが絶対手出したくないなあ。そんな風に思いながら見ておった。


 「お初にお目にかかります。誾千代にございます宗茂が妻にございます」


 深ぶかと頭を下げる誾千代とその後ろに座った二人の侍女たち。


 さすがに予もあわてて姿勢を正し、正座して彼女に向かい軽く会釈をして返礼する。


 「あ、おじゃましておる秀頼ですよろしくたのむぞよ、お茶はまだかの?」


 「まあ。オホホホ……可愛い。 さあどうぞ」


 後ろに控えた女中が予と棄丸の前にに茶菓子を置いてくれる。


「おう、まるぼうろではないか!前は嫌いであったが、甘味のすくないこの世ではうまいのう甘露甘露」


 「ほほほ。さすが豊臣秀頼さま、ご存知でしたか?私も一度だけしか食べたことのない珍味ですのよ。ちなみに宗茂は食べたことがありませんことよ、ほほほ」


 「ウ……そ、そうであるか…」


 どういうことだ夫婦仲わるいのか?そういえば今思いだしたけど家付き妻で豪傑だったと書いてあったな。


 こういう女は上から言うより甘えたらいいんだよな確か。


 「ありがとう誾千代どの、なんだか姉上のように思える~~」


 「まあ、姉上だなんて年ではありませんわそうですね強いて言うなら母上でしょうかね、うふふ」


  わが母、淀はもっと若いがのう、と心の中で突っ込みをいれる。


 「と、とにかく予は希代の英雄たる宗茂どのに味方を頼みたく、はるばる大坂より来ました」


 「まあそれはそれは。ぜがひでも立花家、非力なれど合力させまするええこの誾千代が約束します」


 「ウム、誾千代どのありがとう。ところでそなた、その若さの秘訣は……」


 「あはは」 「ほほほ」


 小一時間もわれ等は話し合い、笑いあい、彼女は機嫌よく帰っていった。


 「さて、嫁ごは攻略した。後は宗茂どのじゃな、いざ行かん」


 予と棄丸は宗茂の待つ部屋におもむく。





  立花のものに案内され一室の前に立つ。


 「中納言様、お成りにございます。ささ、入られませ」


 「うむ、あい分かった」


 部屋の中にはいっていく予と後ろに控える棄丸、とそこには思いがけない光景が………





 なんと、部屋の中央に布団が敷かれ、憔悴した中年のおっさんが寝ておる!そのまわりにはむくつけき男達がつめておる。


 その男達が一斉に予に向かい平伏する。


 無精ひげ、月代伸び放題のこの病人が立花宗茂か、これはまいったのう予定が狂ったわ。


 側にどっかと座り、顔色を観察する。色はどちらかというと赤みを帯び発汗が激しい、気分が悪そうじゃな。


 病人が顔だけこちらに向け、予をじっと見つめた。


さて、予のことどう見てくれたかのう。


 ことここにいたっては病人だろうがなんだろうがこき使わなくてはならん。もうひとがんばりじゃ………


 「お初にお目にかかります。この様な姿で失礼つかまつる。起きて挨拶をしたいのでござるが、なんとも身体がいうことをききもうさん。ぶざまでござるお笑いくだされ、はは」


 声もちいさく元気がない。


 「先のいくさのおり、なぜ大坂城に来てもらえなんだかと思っておりましたがこの様なわけでござったか」


 「いや、城の攻防戦の際敵のまきびしを踏み抜きましてな、ちゃんと傷は洗ったんですが運悪くこじらしてしまい、かように成り申した」


 「兄者がいくさ場での傷の手当てをちゃんとせぬからじゃ!」


 直次が吠える。


 「なに~~傷を小便で洗うなぞ死んでもイヤじゃ。しかもおぬしのなぞ………ちんぽむきだしでせまってきおって」


 「なに~~拙者、兄の為だと思えばこそあの様なとき恥をしのんで出そうとしたに!」


 「若いおなごのならともかく………イヤそれでもいや、いやじゃ~~~」


 病人、この話題となったら急に元気になったぞ、猛将とはいえ坊ちゃんそだちだからそう言うこともあるであろう。かく言う予も棄丸のおしっこはイヤじゃ彼女のならともかく………い、いやしぶしぶかけてもらうとは思うが小便は無菌だから傷洗いにいいんだよなあ。


 「あ、いや、待たれよ。宗茂どの。拙者趣味で南蛮渡来の医学を少々修めておるが、その観点から言うと小水を傷にかけて洗うは有用でござる。悪いものを洗い流すという効能があり申す」


 「ホレ見たことか、わしの勝ちじゃ、ははは」


 「く…………」


 勝ち誇る弟の直次。ますます憔悴する兄、宗茂。


 なんじゃこの兄弟は~~~仲が良すぎるではないか子供時代のままじゃなうらやましい。


 まあ、それはさておき、偽医者になろうかのう~~


 「では、患部を見せてもらうぞ」 


 皆が『え?』という顔をしてる間に委細かまわず布団をはぐる。そこには丸太ん棒のようにパンパンに腫れた左足が!


 切り時じゃのう、イッヒッヒ~~


 「あ、これはイカン。切開の用意!」


 「え、え~~」


 




 





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