第45話

空は曇天、朝早いとて川面にはあさもやが出でおり視界が悪い。

 声は聞こえど姿は見えずかのう。

 その時、天から日光があふれ出し、薄もやを射る。

 あっという間にあさもやは溶かされ視界が開けた。


 そこには雄大な光景が広がっておった。


 川を挟んで両側に広大な平地があり田畑が広がる。一つ一つは小さく区切られた田んぼが網目状に地平線まで広がっており、山々がここでは遠くに見える。山だらけの日本には数少ない光景ではないか?そう、ここは筑後平野であり、九州いち広い平野であるからのう。

 田んぼの間には小さな林があちこち点在しており、そこには必ず農家らしきものがある。そして、縦横に走る水路が多数認められ、ここが良く開墾された豪農地帯であることが明白である。


 そういえば柳川は現代では川下り観光で有名であったな、この当時当然のことながら観光のためではなく治水や、物流の為であろう。さすが、弥生時代より水穂栽培の行われていた場所であるのう。


 おうそうそう戦いのことであったのう、すっかり忘れておったわ。


 え~と見たところ………


 右側に堀に囲まれた屋敷群が見える。あれが柳河城やながわじょうか?敷地はそこそこじゃが天守閣は無い。2階建ての大きめの館がいくつかありそうじゃ。しかし守りは堅そうじゃ素朴だが頑丈な石垣が築かれ、その上には板塀がある。周りの堀はえらく広く、水が満々とあり日光を反射してキラキラ光っておる。 堀は川とも周りの水路とも繋がっており、城内に樹木が多いこともあってまるで浮島の様である。


 さて攻撃陣の様子であるが………んーと人数は結構多いのう万は超えておるか?じゃが、麗々しく大量の旗指物をならべ、城を遠巻きして脱出不可能としておる。堀近くに頑丈な竹束を大量に並べ防御幕とし、鉄砲隊が配置されておる。そして時々鉄砲隊が城に向かって射撃しておる。それに併せて歓声を発し法螺を鳴らす。


 威嚇射撃じゃのう、必死で攻めようとする姿勢が見られんわこりゃ~~

 どことなくのんびりした雰囲気が感じられる。

 周りの兵たちは歓声と法螺や、かねを打ち鳴らし、騒々しいが一向に堀に取り付く気配がない。

 堀もきれいなもんじゃ死体ひとつないわ、これはあれじゃな威嚇して降伏を促しておるといったところか?

 城方がこれはまた大量の旗を並べてはおるが一兵たりとも姿をみせず、不気味な沈黙をしておる。


 攻めておるのはどこの軍勢じゃ?こりゃ、あの旗はと………

 あのでっかい葉っぱが対称に並んでいる紋はどこのじゃ?わからんぞ。


 「これ、棄丸あの攻撃陣の紋はどこのじゃ?」


 「は、あれは杏葉紋ぎょうもんでござる。確か、鍋島や大友の紋でござったが、あれは鍋島でござろう」

 「ふむ、そうか鍋島が攻めておるのだのう。そういえば鍋島は隣の藩、佐賀の領主であったのう。

ん?柳河城にひるがえる旗指物も同じではないか?もう占領されてしまったか、それは困るのう」


 「いえ、よく見てくだされ僅かに模様が違いまする。確か立花も杏葉紋でござった。そもそも大友から広がった紋でござるで使う武将がこのあたり多くござる」


 「く、迷惑な似たような紋を使うでない田舎大名どもめ!あ、これは立花には内緒ぞハハハ」


 「は、承知つかまつる」


 もお、棄丸は冗談通じないんだから~~~


「ところでいかがされますか?このままでは城にはいれませぬ。強行突破しようにも我ら百名足らず、いかに我らが強力ごうりきものとて無理でござろう。お拾い様が是非にと仰せならお供つかまつりますが」


 「いや~~そんな事ちっとも思っておらんよ、何か考えなくてはのう」


 「は、お任せつかまつる。我らお待ちつかまつる」


 そういうと棄丸、ああ、終わった終わったという顔をしてしれっとしておる。これこれ、誰が考えんでよいと言ったか!と思ったが無駄だし。


 うー仕方なし、考えるか………


 鍋島に身分を明かして下がるように言うか?いやだめじゃ今頃攻めているということは家康に対する点数稼ぎじゃな?あっさり捕まって喜んで徳川に売り渡されて終わりじゃ。と言うことはここで豊臣とばれるのも不味いかな?


 どうしよう?これは立花に迎えに来てもらうしかないのう。だめだったら尻に帆かけてとんずらして加藤清正のところでもいくか?あいつは東軍だからもう一つ信用できんのだが仕方ない。

 まあ、博多から前もって立花には知らせを送っといたから予の来とることがわかったら少しは何とかしてくれるであろう。


 そうこうしてるうちに敵もクジラ丸に気づいたらしく、動きがありこちらの方に向かって百人程度の兵士が川岸に近づいてきた。鉄砲四~五十丁残りは槍の混成部隊である。


 

では作戦の開始である。


 「よいか、まず第一にこちらが豊臣勢であることを明かし、平和に城に入らしてもらうように説得する。その際、大声で城内の立花にこちらのことを喧伝し武力で迎えに来てもらう。予はこれを期待してじゃが。

 どちらもだめで鍋島勢が我らを捕らえようとしたら反撃しつつ、碇を切り海に逃げる。

 まあ、五分五分じゃな棄丸おぬし声がでかいで頼むぞよ」


 「は、わかりましてござる。みな、準備じゃ!急げ急げ」


 打てばひびく秀頼隊、ただちに桐の旗や千成瓢箪は準備され、船縁には攻撃用の木砲を隠し、火炎弾、鉄砲、弾薬を目一杯に身につけて皆は待つ。

 緊張がクジラ丸を覆い、異様な雰囲気である。

 湿度が高い!汗がにじみ出る。湿度がたかい~~~


 敵が船着き場に到着した。鉄砲兵が鉄砲の筒先をクジラ丸に向ける。槍兵も槍衾をこちらに向ける。威嚇じゃな威嚇。わかっておっても結構怖い。


 「これは鍋島直茂様が軍勢である。いかなる家中のものか?名を名乗れ、臨検をする。逆らえば撃つ!!!」


 応じて棄丸が叫ぶ。


「これは豊臣秀頼様からの立花への使者である!!!」

  

 大きい!!これならば城にもとどこうぞ、拡声器がいらんのう。


 船着き場の鍋島衆にザワザワとした雰囲気がする。驚いたようじゃ。

 

 再び棄丸が叫ぶ。


 「鍋島は直ちに兵を引け!立花は我らを迎えにこい!秀頼様の命であ~~~る」


 鍋島勢に困惑が広がる。その鉄砲は引っ込められ、本部へと使いが飛び出していく。

使いは鎧を着て居るから遅そうじゃ、少々の時間は稼げるであろう。

 さて立花はどうでるか?


 待つのみである。


 その時、動きが起こった。



バリバリガシャーンという音とともに城が割れた!い、いや城のこちら側、つまり何もない裏側と思っておった堅固な壁が突然開いたのじゃ。それも左右にではなく先端が落ちて開いた。両側にはささえておった鎖が見える、その幅約二間(3m半)ぐらいか。


 びっくりして硬直しておると、そこから竹を丸ごと使った橋らしきものがずりずりと伸び、堀を渡り始めた。堀の幅は十間以上有るぞ、現代の電動式ならいざ知らず、人力では無理ではと思うまもなく半分も行かずに静止した。


むう、先端が沈むかと思えば沈まず安定しておる。なんかな、先端が開いた長方形だなそして両側は高さ半間くらいか。沈まないのは堀の中に見えない支柱があるのであろう。あそこから迎えの小舟でも滑り落ちてくるのか?それにしては中途半端な長さじゃのう。

おう真っ黒の鉄砲兵がぞろぞろと出てきおった。橋の上にずらりと並び、欄干から砲列を敷きおった。

発砲する。白煙で一瞬見えなくなる。直後に音が到達する。

 「 ババーン」

 ほとんど一つの音と聞こえんばかりの斉射。思わぬ位置からの発砲に鍋島勢は当然のことながら備えがない。玉は命中し、最前列の鉄砲部隊がバタバタ倒れた。驚いた最前列の鍋島勢、もろくも崩れて慌てて逃げていく。堀の周りに鍋島勢が一時的ではあろうがいなくなった。


 そして、立花鉄砲衆は玉込めを終えると、堀の中に踏み出す。え?と思うまもなく慎重に水面を渡っていく鉄砲衆。


 「え?彼らは忍者か?水遁の術か?初めて見たぞうぃ!」

 「まご、そんなわけあるか、あれは水面下に橋があるのであろう。みごとなカラクリじゃ」

 「な~る、さすがお拾い様、何でもご存じじゃ。おっ、木砲用意、各自発射!」


 「ドゴーン」 「ドゴーン」


 船着き場におった鍋島勢が向こうを向き立花勢を攻撃しようとしたところを木散弾砲でなぎ払う。バタバタと倒れ、助かったものは居らぬようじゃのう。


 ではこちらも行くか。


 「船着き場じゃ、出発~~~」

 「お~~」

 「いちに、いちに」 

 

 クジラ丸はゆらりと船着き場へと進む。





 



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