第41話

 やられたか!

 にしては音が小さいが………


 船縁にへっぴり腰でへばりついた予は船上を振り返る。


 そこには船の方向転換と、敵の攻撃にあわててひっくり返ったわが部下の者たちかチラホラ。

 まあ、大部分は予と同じ様に船縁にへばりついておるがのう。


 そのひっくり返った男が自分のとっくり弾を落として甲板でぶちわった。そして甲板には中味の黒い粘り気のある液体が広がっておる。


 そのほかはなんともない。船はジリジリ西洋船から遠ざかっておる。


 よかった~くじら丸、被弾はまだ全然しておらんようだのう。


 う、そうだったあれは可燃物じゃ。敵の火が移ったら危ない、はやく処分せねば!


 「床をふけぃ~急ぐのじゃ、早く!」


 周りの男たち、拭くものをさがしてうろうろしておる。


 「ええ、なにをしておる、こうじゃ!!」


 予は羽織っておった西陣織の陣羽織を脱ぎ、甲板にしゃがみこみ、それでもって拭く。


 みなもあわてて予に習い上衣を脱ぎ、必死に拭きとる。


 綺麗になった、やれやれと思っていたところに、再び斉射の音。


 「ド、ドーン」


 そして水ふぶき!!!!


 わ、ち、近いわ。我がくじら丸の近くで水柱が上がった、これはまずい……


 見れば西洋船はこちらに側舷をみせ、砲撃するのに絶好の位置にある。


 そして和船たるくじら丸の逃げる速度は遅い、あと一、二発で大砲に捕らえられるであろう。

 このままでは、絶望的であるのは明白、まもなく船上に敵の砲丸や、鎖だまが降り注ぐ。 


 ど、どうするか……

 

 うん。


 仕方あるまい、一か八かじゃがあの戦法しかあるまい。


 使いたくないのう、後で後悔するのは必定じゃのう……

 

 「まご、すて、居るか!!!」


 「は、ここに」

 「は」


 孫一と棄丸がにじりよってくる。


 予は船縁をつかんだまま告げる。


 「覚えて居るか?堺の港沖で訓練したあの戦法、『どげざ作戦』あれをやるぞ」


 「ええ~~~」


  孫一が大げさにのけぞる。


 「まことでござるか!!!」

  

  棄丸がその端正な顔を歪めて叫ぶ。


 「わかっておるわ。あの作戦、あの時は冗談であったが、幸い訓練しておいたことには変わりない。今、できるであろう?」

 

 孫一が泣きそうな顔で言う。

 

 「し、しかし失敗したら物笑いのたねですぞ」


 「いや、成功しても、でござるよ」


 棄丸がひどいことを言う。


 「じゃが、ほかにあるか?まもなく玉が命中するのは必定である」


 その瞬間、轟音が聞こえ、水柱がくじら丸の極々近くにあがった!


 船が揺れる、もうだめじゃやるしかない。


 「やるぞ」


 ふたりも、ここにいたっては仕方なしと覚悟をきめたか、うなづくと皆に指示を出し始める。


 「土下座作戦開始~~~~」

 

 号令一過、予を除いてみなふんどし一丁になり、土下座を始める。


 大帆を降ろし、船底にしまっておいた大きな『白旗』をあげる。


 予だけが船尾に立ち、愛想笑いしながら手を振り、大声で叫ぶ。


 「降伏じゃ~~命だけはお助けを~~」


 命あってのものだね、尊厳などかまうものか。しかし、あざ笑いながら皆殺しにされたらどうしよう。今われらは無防備じゃ。


 「ド、ド~ン」

 

 うわ、撃たれたぞ。


 「わ、わー」

 

 兵が逃げようとする。


 「動くな!このまま殺されようと動くな!我等、誇り高き秀頼様親衛隊ぞ、動くな~~~」


 棄丸が叫ぶ。


 みな、再び土下座の姿勢に戻り、歯をくいしばる。


 ありがとう、棄丸、予も今逃げようとしていたよごめんね、ふはは。


 よし笑いが出たぞどんとこい!!!


 着弾した!!!


 ブォンという風きり音と共に頭の上を通った奴が主柱に掲げておった白旗をもっていきおった。

 

 そしてくじら丸の廻りに水柱が幾つも立ち、船を揺らす。


 うー怖い、怖い。


 なんとか直撃はのがれたものの、白旗がなくなった、困ったのう………


 何か代用品は、と…………ふんどし????


 じゃが、おなごのならいざしらず、あいつ等のはさわりたくない、し、仕方なし。


 予は自分のをはずし、手に持ちヒラヒラと長い奴を西洋船に向かって振る。


 うう、情けない。


 「おーーい!!!降参じゃ~~~撃たないで~~~」


 西洋船は向きを変え、立ち往生しておるくじら丸の方に優雅にゆっくりと接近してきた。


 段々と大きくなる船の形、すぐ側にやってきおった。


 船上にはひげ面の荒くれ大男達が鈴なりになり、予の方を見て、腹をかかえ笑っておる。

 

 フリント式鉄砲をもったものもチラホラといる。こちらの方に筒先を向けてはいるが、やはり笑っておる。


 真ん中付近には船長や、重要人物らしき者がいてやはり笑っておる。

 

 くじら丸の船上で、ふんどし尻を突き上げて土下座する我ら秀頼隊の姿がよほど面白かったらしい。彼等のイメージどおりの、いくじないアジア土人の姿に大受けしておるのであろう。


 予は気弱な表情で、ちからなくふんどしを振り、愛想笑いをうかべる。


 「xxxxxxxx !!! xxxxxxxx???」


 赤鬼が何かわめいておるが、さっぱり意味がわからん。


 数少ない予の英語を使う。でもこいつらイギリス人か?オランダ人やポルトガル人なら通じんかも?まあ、とにかくやってみる。


 「へ、へるぷ、みーーー」


 「へるぷ!!!へるぷ!!!」


 おお通じたぞう~~~親玉らしき男がうなずき、なにか言いよった。


 次の瞬間、いくつかカギ爪が飛んできてロープで我がくじら丸と西洋船を結んだ。


 「いまだ、攻撃 」


 予は敵にわからぬよう小声でつぶやき、白旗(ふんどしです)を持たぬ方の手でちいさく合図する。


 土下座しながら、見えぬように下腹にとっくり弾を抱え込んでいた。同じように点火しておいた火縄もかかえこみ、それが消えぬよう祈っていた。


 しかし、ほとんどの者が消えてしまった。


 だが、幸運にも消えなかった3人がとっくり弾に点火し、すっくと立ち上がると西洋船の赤鬼達にむかって投げ飛ばす。


  



 いけ~~~~とっくり弾~~~~







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