第38話
島の前に来とる。因島じゃ。
瀬戸内海にある何の変哲もない島である。ああ、しまとしては規模は大きい方かのう。
今まで停泊した島と違うのは、ここが有力な水軍の根城であると言うことである。
港としての規模は堺などと比べればささやかじゃが、船着場には何艘もの船、関船(?)が停泊しておる。サイズとしては小早より大きいのう。
それに続く砂浜には何艘もの小早がのり上げられ、並べられておる。
そして、粗末な石造りの小さな砦が隅に築かれておる。中には十数人の兵がおる。素肌に粗末な鎧をまとい、手には槍。みな物珍しそうに石垣から身を乗り出し我がクジラ丸を見ておる。
その目線には敵意は感じられぬ。ただただ田舎の男たちの好奇心爆発という感じである。
クジラ丸が停泊するちょっと前に到着した小早からあわてて飛び出したひとりの男、見たところ先程応答をしとった男か、その男は何やら喚きながら島の石段を駆け登る。
石段に続き土を固めた坂道がある。それをずずっと眺めれば、島の中にある小高い山に通じておる。まあ、三百メートル弱くらいかな。
その山頂には城らしきものがある。これが因島村上の城か?うむ、城と言うよりは大きめの館と言う感じじゃのう。
しかし、あの男、散々船を漕いだ後であそこまで駆け登るのはたいへんじゃのう。
ここからは駆け登っていくのが良く見える。おう、ソレソレ、ヘタったぞう、あの男途中でとまりよった、そしてうずくまる。
ああどうするのかな~と思ったら、館から誰から迎えが来て、だき抱えるようにして連れて行く。
これでその内、城から正式な使者がここに来るであろう。
……とりあえず飯でも食うか?
「飯にするか?」
「は、承知つかまつる」
「めしじゃ!皆、めしじゃ!」
孫一の号令一下、飯の準備が始まる。
船上はバタバタと動きが起こり、大忙しじゃ。なにしろ狭い船上で百数十人の飯を用意するのは大変じゃ。
まあ、干飯と味噌と水だけじゃがのう。ボソボソしてるので水が無いと食いにくい。
それを眺めて居った砦の村上兵、何を勘違いしたが、慌てて戦闘準備を始めおった。兜をかぶり、手に槍、鉄砲を持ち、コチラに向かって突き出しおった!
失礼な奴らめ……飯がまずくなるわ!
だが無視して、皆で船上に座り込み、皆で仲良く同じ飯を食う。
もちろん予もじゃが、この後、ご馳走をくえるかもしれぬので、控えめに……
スッカリセコくなった偽重成であった。
それでも村上衆は警戒をとかず……コレコレ、火縄をつけるのはヤメよ、鉄砲の誤発が怖いわ。
そうこうするうち、城から数人の侍が駆け降りてきた。
船着場にたどり着いた侍たち、戦闘準備が整った砦の男たちをみると、血相を変えて怒鳴っておる。
砦の男たちは慌てて武器、槍や鉄砲を放り出して出てきたと思ったら、船着場に並んで綺麗な土下座を始める。
「ほ~~村上衆は土下座が綺麗じゃのう」
「まことに、まことに」
そのような会話をしてる間に一人の侍が船上に乗り込んできた。
結構年配じゃ。この時代老けるのが早いが四十台か?黒々した引き締まった顔の中にはヒゲが偉そうに鎮座しておる。この男結構偉いんじゃないか?
「ハ、ハー。因島村上家の家老を勤めおります村中友進にござる。
こたびは我が家中のものが大変失礼を致しまして申し訳ござらん。
つきましては我が主、村上元充がお詫びいたしたいと申しております。
ぜひ館に来ていただきたく罷り越しました」
平伏しながらいっきに言いおったのう……
「待たれよ、わびならそちらからこの船に来るのが筋でござろう。
この方を誰とこころえとる!豊臣の……」
「わ!待て! 豊臣秀頼公お側用人、木村重成である。知りおけ」
予はあわてて孫一を遮り、言葉をかける。
「ハハーッ」
「それでじゃ。拙者、船の上の粗食にまいおっておる。ご馳走を食べさせてくれるかのう?」
「モチロンのこと。今、館にて準備中にござる」
「ならよし。馳走に預かろう」
「あ、有り難し!それでは島にてお待ち仕る」
村中友之進、喜び勇んで船を降り連れてきた侍に耳打ちする。と、侍、慌てて道を駆け戻っていきおった。
「さ、それでは下船し、村上殿の馳走に預かるぞよ」
「いいのですか?この様な所で油を売っておいて。急ぎ九州に行かなければならぬのではありませんか?」
「ああ。いいのだいいのだ。 旅行は楽しまんとのう~~~それに、因島村上と言えば毛利の家臣も同然と聞く。ちょっと毛利についても知りたいしのう。輝元どのが吉川広家とどうなったかも知りたいしのう」
「それもそうでござるのう。さればお供つかまる」
「孫一はこんで良い留守番じゃ、棄丸を連れて行く」
「は」
「ええ~~留、留守番でござるか?」
「そうじゃ。この部隊の次席はおぬしじゃ何かあったら対処せよ。
拙者は棄丸とたらふく喰うてくる、ふ、は、は、は」
「ク……お早めのお帰りとおみやげをお待ちしております」
意気消沈した孫一を船に残し、棄丸とその他十人程度の護衛兵とともに船を下りる。
船着場で待っておった村中友進を先頭に、棄丸があたりを警戒しつ続く。次が予、にせ重成である。その後、鉄砲や槍を持った我が秀頼親衛隊の精鋭が十人続く。
「いざ、まいらん」
棄丸の掛け声と共に、一行は結構急な坂道を登り始めた。
ふむ、ここがこの島のメインストリートか?
いくぶんか広い泥道の両側には、結構な量の掘立て小屋(?)が建てられており、そこかしこから我らを物珍しげに覗き込む老若男女の人々。
皆、色が黒く、痩せておリ、女は地味な色の単衣の服を纏い、男は同じく単衣で、尻はしょりをしてるもの多し。
な、なんか南洋の島にでも来た気分がするぞよ。そして、男女ともになんだか精悍な感じがする。
やっぱり海賊とその家族という雰囲気じゃのう……
それらの人々に向かって、両手と眼で『かしこまれ、かしこまれ』と合図を送る村中友進。
それにつれ、皆が頭を垂れてかしこまる。土下座はしない。この時代、余程のことが無いと土下座はしない。
拙者はもの珍しく、村中友進に問いただす。
「うむ、この道の両側に住むものたちはなんぞや?」
「は、我が家中の家人ども、及び家族にござる。道の両側に住み、『いざ鎌倉』というときは直ちに駆けつけまする」
「うむ、なるほど、で、あの城の名はなんというのじゃ? おおッ!」
「は、あれなる城は青影城、因島最高峰の青影山の頂上に有り…え?」
拙者は村中の話を最後まで聞いておらなんだ。なにしろ好みのおなごを見物人の中に見つけて駆け寄っておったものだから。
我らを避けて隅により、頭を下げていた二人組のおなご。その小さい方が好奇心に負けたのか、拙者の方をチラッと見よった。
その顔、こ、これこそ海賊の姫様、ハートにズドンと来たぞよ。
次の瞬間、拙者は思わず娘の前にフラフラと吸い寄せられておった。
びっくりして困惑し、深々と頭を下げる娘、悪いことしたかなあ、でも言葉が止まらない。
「ああ、すまぬ、娘よ。悪いがちょっと顔を見せてもらえんかな?」
硬くなに頭を下げ続ける娘。
こ、困った……非は予にある。
そこに助け舟じゃ!
「おう、コナミ殿ではないかな?わしじゃ、村中友進じゃ。だいじなお客様の望みじゃ。顔をあげい! ご挨拶を頼むぞ」
「あ、おじさま……でも……」
顔をあげてくれた少女は村中殿を、見ていたが、思い切って拙者のほうを見てくれた。
そして、恥ずかしそうに頭を下げると言った。
「村上コナミと申します。お見知りおきおねがいします」
顔を上げて、予!い、いや拙者の方をじっと見る。
好みじゃ!!!なぜかしらんが、好みじゃ!!!
その切れ長の目、細面の顔、小さな赤くひかる唇。
青い蕾!!!大輪の花の予備軍と言うところであろうか……
(なお、予に憑依したオタクは強度のロリコンである)
とにかく一目惚れしたにせ重成は気を引く為、二一世紀のテクニックを用いることにした。
それはプレゼント!!!
「これをどーぞ。」
特注、十八金柄付き櫛を差し出す。しかも本命用の桐の刻印が散りばめられた奴じゃ。
「え?」
困惑するコナミ殿、しまった突然すぎたか?
「ああ、予、拙者、豊臣ひで…い、いや、そのあのとにかく、お近づきの印に物をあげるのが
くせでしてな。気になさらず、軽く受け取ってください」
眼前につきだされた櫛をみつめてますます困惑する彼女。
十八金が太陽の光をあびてピカッと光る………
成金趣味かのう?でも、男たるもの、もてようと思ったら、容姿か(全く自信なしああ、本物の木村重成の顔であったらのう)、金か(自信あるぞう、親の金じゃが)、地位か(これも自信あり。腐っても豊臣家の跡取り)、で気を引かねばならん。まずは財力の証したる贈り物、次が地位じゃ。
これで彼女も………む、まずい!今の予は木下重成であった。
これではすこし弱いのう………よし、ならば!
「お初にお目にかかる。 予は豊臣秀頼と申す。毛利の一応、主筋にあたる。今後よろしゅう」
強引に彼女の手をとり、十八金,紋入り櫛をわたす。
ビックリしたか、硬直したまま受け取り、何の反応もない彼女。
しまった!逆効果であったか?反省じゃ~~~
周りもビックリしておる。村中は予の正体に、棄丸はじめ、秀頼隊はこの様な所で正体を表したことに対して。
「ま、誠でござるか!!!重ね重ね失礼おば~~~」
あらら、また土下座しちゃったよ、困るのう。ほら、おぬしがそんなことするから、周りの人々全て土下座しちゃったじゃないの~~あれ、コナミちゃんまで~~~
「面を上げい!お忍びじゃから、礼はいらんむしろ困る。命令じゃ!みな立て!頼むから立ってくれぃ」
予は強引に彼女の手をとり立たす。ああ、ほかのものはどうでもよい、適当にするがよい。
「後で、また城、青影城というのか?あそこで会おうぞ、よいのう?
ああ、村中殿、それでよいですな?」
「は、はい」
「されば、行くぞよ」
「しゅ、しゅっぱーつ」
硬直しておるコナミちゃんに手を振ると、予は再び行列の一員となった。
棄丸が顔を近づけて来て言う。
「良いのですか?正体を表わして?」
「良いのだ。どうせここの主に表わして、兵と船を少々調達するつもりじゃったからのう。
其れに……」
「は?」
「はじめに嘘ついてると、彼女に嫌われるであろう?」
「…………」
まあここでの最大目的は達成した。後は城内でじゃ、ふっ……
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