第37話
くじら丸は上手回しを完了し、風上に対し斜めに進み始めた。
三隻の小早船は櫂走なので、委細かまわず真っ直ぐに逃げていく。
見る見る遠ざかっていくのう。追いつけるかどうか…………
「孫一、離されていくぞよ大丈夫か?」
「ああ、こちらは帆走でござるで、ジグザグに進まざるをえません。近距離ならとても追いつけません。
ですが、彼等の正体は知れております因島村上のもんでござるよ。
いま、彼等は我らを振り切ろうとして因島の方向と違う方へにげてござる。当然ながら、いつかは根城である因島の方へ行かなければなりません。
と、言うことは村上衆は長距離逃避行を選んだということでござる。
櫂は疲れますぞう~~、段々と速度が落ちましょう。ま、つまり必ず追いつけますぞ」
「うむ、なるほど。……………」
予は納得して、小さくなりつつある小早たちをながめておった。
もう、丸の中に上を描いた旗も字が判別できなくなりつつあった。
この時代、眼がみないいからかなり遠ざかってしまったということじゃ。
「う?し、しまった!」
あわててくじら丸の船上を見る。無い、無い!
「しまった!豊臣の旗、五七の桐を出しておらんかったぞ。隠密行とて隠しておったが、撃ったあとは出さねばならん!」
「お、そうでござるのう、これは村上衆に失礼でござった」
「彼らも、我らもバカばっかりじゃのう」
「そ、そうでござるのう」
「わは、わは、わは」
孫一、棄丸、にせ重成の三人、大いに笑う。
なぜか船に乗ってから陽気になり、良く笑えるようになった。
やはり、重圧がかかっておったのじゃのう。毎日が楽しい、楽しい。
さて、桐の旗と、ついでにこっそり持ってきておった『千成り瓢箪』も船上に掲げ、右に見たり左に見たりしながら追跡する。一時は見えなくなる寸前まで離されていたが、段々と近づきつつある。
数時間後、完全に追いついた。三隻の小早の、最後尾船の真後ろ近くを間もなく間仕切るぞ。
「うお~いとまれとまれ~~、豊臣じゃ~~、うお~ぃ」
みなで声かけをするが、村上衆、櫂走に必死でこちらを誰も見ない。へろへろの様子。
「ダーン」
孫一が自慢の『ヤタガラス』を空に向かってぶっ放す。
「ほう、親父殿から盗んだ鉄砲」
「う、イヤなことを知られてしもうた。へこみますぞう」
予と孫一がいつもの漫才をしておると、ようよう気づいた村上衆、漕ぐのを止めおった。
帆船はすぐには止まれない。あっという間もなく追い越してしまったくじら丸、あわてて止まろうとする。
「帆をおろせ~~、急げ急げ!!!」
船上は再びドタバタと大忙し。大帆は下ろされ、船は失速する。惰性でしばらく走った後、唐突に止まるくじら丸。
「櫂走はじめ!」
「えっさ、ほいさ。ほれほれさっさ」
かけ声も軽やかにちから十分のわが部下達、孫一も、棄丸も総出で櫂をこぐ。
「やれいけ、それいけ」
予は一人で船首に立ち、気分良く扇子をふるい、調子をとる。
それとはかかわりなく船尾の船頭の指示で舵はきられ、くじら丸は反転し村上衆に近づいていく。
三隻は穏やかな瀬戸の海に
船内ではへたった村上衆がひっくり反ってあえいでおる。
じゃが、くじら丸が側まで来ると上役らしき男の号令一下、みなガバと起き上がり平伏した。
イヤ~そろっておるのう、見事見事。予は思わず扇子を振り振り言ってしまった。
「見事見事、あっぱれな平伏じゃ~~」
「はあ?」
予の言葉に脱力する孫一と棄丸。
うむ、我ながら馬鹿殿になりつつあるのう。まあ、それもよしか?と思う予であった。
「これは豊臣秀頼様が側近、木村重成殿を主とする使者である。我ら急ぎの用で旅をしておる。
その我らを止めんとするは何様じゃ?毛利殿の命か?如何~~」
「ま、まことに申し訳なし!!!しょ、正体不明の商船と思い、臨検を試みましてござる、へ、へ~~~」
ぺこぺこと平伏を繰り返す上役らしき男。船の上で波にゆられ、上下しながら、頭を上下させる。
うーむ、なにやらぼやけて見えてきた。イカ~ン、あの兆候じゃ。
予はあわてて遠くを見つめる。
そこには薄ぼんやりした陸地が見える。
「これ、船頭、あそこに見えるものはなんじゃな?」
「へえ、因島でさあ。あの海賊衆、い、いや村上衆の根城で………」
「なに、そうか、そうか」
しらぬ間に因島に近づいておったということか、さすが海賊衆。
なにやら孫一と村上衆が話しておったが、委細かまわず、予は言った。
「これ、海賊衆よ、ぬしの
「はぁ?い、いらっしゃいますが………」
「よい!!!今から海賊衆の
「か、海賊ではござらん。因島村上でござる~~」
「あいわかった!!!因島海賊、あないせい、出発~~」
「は、はぁ~~」
一隻の小早を先頭に、くじら丸は櫂走にてのんびりと因島にむかった。残りは後から来よう。
「海賊みっけ、海賊の娘、娘~~~イヤ~~ ロマンじゃ!!!」
楽しくはしゃぐにせ重成であった。
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