第33話

…………………予はたそがれておった……………………



 表御殿の一室で、むくれておった。

 あんなに怒らんでも……

 しかも、入れ替わり立ち代り、文句いいおって!

 しかも、最後に必ず泣きをいれよる!

 反則じゃあ、泣かれては、得意の逆切れもできんわ。

 ………謝るしかないわ。あんなに頑張って戦ったのに!

 ………戦ったのが悪かったらしい………

 

 棄丸。

 「お拾い様!死んだらどうしますか?生け捕られたら、豊臣はおわりですぞぅ………

お拾い様が死なんでよかったぁ~~~せ、拙者、おう、おう、おうぅぅぅぅ……」 

 孫一

 こいつが又、腹立つ。

 「おんぶ大将、ひゃははは。足軽大将の真似でござるか?面白かったでござるかぁ?指揮官としてはダメでござるなぁ。あ~これは、いや、失言でござった。平にご容赦、ふふふ……」

 な、なんちゅう皮肉じゃ、じゃが、反論できんわ~~~

 五郎。

 「ひ、秀頼さま~。頼みまするよ~。うぉん、うぉん」

 真面目に泣かれても困るのう。

 かかさま。

 これがきつかった!

 「お拾い!大馬鹿者!」 

 「バシッ!」

 「もう、大坂城から出てはなりません!うぅぅぅ……」

 叩かれた……泣かれた……… 

 こたえたのう。じゃが、しょうがないではないか!

 成り行き上、あんな風になったのじゃ……

 予とてさっさと逃げるつもりであったわ!

 じゃが、重成にあんな風に言われたら、予の性格上、反発して反対をやるのは仕方ない。


 且元

 「秀頼様、淀君様の命により、お側用人に、大野治長、治房、治胤三兄弟が決まりましてございます。今後、彼等を通して下々のものとお話になりますよう」

 「爺、阿呆!予がそんなものに従うか!」 

 「し、しかし、淀様の命ですぞ」

 「適当にはいはい言って無視しとけばよい。おなごには戦はむかん。大野三兄弟には、棄丸と試合したら、と言ったろうが!やったのか?まだ?じゃ、だめ」

 まあ、こんな風に、えらい逆風が大坂城には吹き荒れとった。

 じゃが、何が悪い!予は戦士になったんじゃ。三人も殺したぞう。

 もう、予は一人前、なんじゃあ~~~

 腹が立つ、ええもう腹が立つ。

 うう~~ん、ひねくれてやる。

 家出してやる!!!

 大坂はもういやじゃ~~~~

 こ、この時代に、飛ばされる前の故郷、福岡を見たい!

 一度でいいから帰りたいよう……

 何じゃろう?この気持ち、ホームシックじゃな、これは……

 家出決定!もう知らん!

 

 よし、ではやるぞ、帰るためにはまず工作じゃい!

 「重成!重成はおるか?」

 「は、これにおりまする」

「おぬし、太れ!良いな、一ヶ月で予と同じ重さに成るのじゃ」

 「え?そ、れは……」

 「予の影武者となるのじゃ。予は痩せる。そうすれば、この前のようなな時、身代わりに成れるであろう」

 「な、なーる。ご名案でござる」

 側に控えておった、ものどもが賛成する。

 ふふふ、今に見とれよ、びっくりさせちゃる。

 九州はこの時代、遠い。じゃから、船で行くぞよ。

 この時代、帆船じゃな、和船はどんなのがあるのかのう?

 「棄丸よ、予はでかい船が欲しい。どうしたら良い?」

 「さ、それはまた突然に……そうでござるな、九鬼殿に頼まれるのが良いかと。九鬼水軍の大将で、九鬼嘉隆様が、西軍にお味方されておったはずでござる。ただ……」

 「ただ、何じゃ?」

 「息子の九鬼守隆様が東軍に参加されたと聞きますぞ」

 「ん~、複雑じゃな、どちらが勝ってもよい様にしたか?」

 「は、さようでござるか?」

 「それじゃ、予が豊臣をわずかなりとも寄り戻したで、困っていよう、ふ、は、は、は」

 苦笑いをする側近団、無言じゃ。

 下手なことを言うと、予が切れるでのう。

 この間、みなに怒られてから、予は切れやすくなっておるで、みな何も喋らん、情けなーぃ、側近団である。

 ああ、それから、とりあえず、戦士になったで、公家笑いはやめじゃ~~~、ぷんぷん。


 * * *


 堺の港に来とる。外出禁止が母から出たが、な~に無視じゃ。

ちくった奴はひどい目に遭わせると言っといたから、大丈夫じゃろう。予は結構、怖がられとるからのう、ほ………ではなく、ふ、は、は、は。

 港から、ちんけな小舟に乗って、沖にいる大型の和船に向かっておる。

 付き添う者、棄丸、五郎、孫一の三人じゃ。予は初めてじゃが、三人は何度も乗ったことがあるらしく落ち着いておる。

 『ぎい、ぎい』という櫓の音と共に、穏やかな堺港の内を進む。

 うん、揺れも少ないし、身体も変わっておるし、大丈夫かな?じつは予は前世では三反神経が弱く、すぐ酔っておったが、大丈夫な様じゃな~~良かった、良かった。

 着いたぞ、大型の和船、千石船という商船じゃ。なんでも、荷物を千石詰めるというから来た名前らしい。

 見るに、全長、二十メートルくらいか。大して大きくないように見えるが、これより大きいのは商船ではあまりないらしい。

 戦闘艦である安宅船になると何倍も大きい物があるらしいが、大体、帆ではなく、櫂を使って進むのが主であるそうじゃ。


 さて、乗船じゃ。タラップなどあるわけもなく、予は、船縁から、縄でぐるぐる巻きにされ、船上につり上げてもらう。

 か、カッコわるい………大人は垂らされた縄をたぐって、乗船する。

 いや、思ったより、全然揺れんのう。まあ、湾内じゃし、今、なぎじゃから。外海に出たら、わからんが……

 甲板を歩く。ギシギシ、うるさいし、少したわむぞ。ひどい作りじゃのう。

 「これ、この船、床がギシギシ揺れるぞ。雑な作りじゃのう?」

 孫一、答えていわく。

 「床ではござらん、これは荷物室の蓋でござるよ。商船でござるから。安宅船なれば、床を張りますでござるよ」

 「な、なんと!さすればあの一枚の大きな帆は、どこで支えておるのじゃ?」

 「もちろん、船底の柱にくくりつけておりもうす。ついでに、可倒式でござるよ、便利でござろう?」

 阿呆な、その様な脆弱な作りで、嵐にでもあったら、たちまち折れるのではないか?

 「その様な作りでは、嵐の時困るであろう?」

 「だからこその可倒式。直ちに倒して、ひたすら耐えまする。まあ、基本は嵐になりそうなら、港や島影に隠れてやり過ごしますが」

 孫一、帆柱をぴたぴた叩きながら説明する。船には詳しいようじゃのう。

 「そもそも、千石船は沿岸航行用で、常に陸地を見ながら進み、夜は停泊して、昼のみ航行します。それに、順風でないと、余り進んでくれず、風まちも結構ありまする」

 「なんじゃ、それは~~~。遅れておるのう。唐船や、西洋船は逆風でも結構、進めると聞いたぞよ」

 「おう、よくご存じで。その理由は、この大帆にありまする。下端をねじれば、ある程度、角度がつき、逆風でも進めるようになりますが、船全般の強度が不足しておりますし、大きすぎて、扱いずらいので、つい順風のみの航行となりますなあ」

 「そうか、西洋の船は、そういやたくさん帆がついとるなあ。それにくらべりゃ、この和船、どでかいのか一本だもんなあ」

 「さよう、さよう。ですが、この和船、最先端の船で、一応、できるようになっとります。ほれ、この下端をごらんあれ」

 「おう、たくさんの縄がぶらさがっておるのう」

 「これを、引っ張って、帆をねじり、向かい風に対して、斜めに進みまする。じゃが、大帆だけに非常に大変でござるよ。

いまからやってみますかな?」

 「うん、是非頼む」

 こう言ったのが、後の地獄の始まりよ………


 孫一、船乗りの頭らしき男に何か言っておった。

 その男、こちらを見ると、ぺこんとお辞儀をし、なにやらわめき始めた。

 「船を出すぞ、出航ぞい、急げ急げ~~~」

 船上を半裸の水夫たちがばたばたと動き始める。

 ぎいぎいと轆轤ろくろが廻され、大きな帆が張られていく。

 ほう、西洋船の様に、人が張り巡らされた網を登り、マストの上にて張り巡らすのとはちがうのう。みょーなところが近代的じゃのう。

 予が変なところを感心しておる間に、大帆は張り巡らされ、碇はあがり、十数人の水夫は櫂をあやつりはじめた。

 「エイヤ、エイヤ」

 かけ声と共に、船はゆっくり沖に向かって動き始める。


 港の外に出た船は、波のうねりを受け、ゆっくり上下しながら進んでいく。

 「いや~~、今日は波が穏やかで良かったでござるな~~」

 「う~~ん、そ、そうであるか?」

 いくぶん、変にになりつつある予はそう答えるのみ。

 「初めての秀頼様がおいでとて、海が荒れておったらと心配しておりましたが、これ以上ない状態でござる。よかった、よかった」

 予は無言で、遠くを見つめるのみ………………

 大帆は順風をうけ、ふくらみ、バタバタと音がする。

 同時に、グンと押されたように進み始めた。体感スピードは結構早い。どんどん堺の港から遠ざかる。青空がひろがり、カモメが舞い踊る。典型的なシーンである。

 だが、ちっとも楽しめん。まだまだ大丈夫じゃが、不安が心の中で広がって来る。なにがって?わかっておる癖に!言葉にだすとホントになるから、しゃべらん!


 「さ、そろそろこの船の力を見せまするぞ、『間切り』でござる」

 「間切りとは?もそっと詳しく説明せんとわからんぞよ」

 「あ、これは失礼つかまつった。おんぶ様には何事もご存じでありましたんで、つい………」

 「皮肉か?孫一、禄高をへらすぞ!」

 「ああ、い、いま説明つかまつりまする~~」

 「冗談じゃ、早く言え」

 「は、「間切り」とは風上に船を走らせる帆走技術でござる。その際、帆の角度、長短十数本の綱を一気に張替え、調整し、固定しなおさなければないませんん。大きな帆だけに、舵角と各綱の張替えの調子が難しいのでござる。失敗すると、裏帆、つまり帆の前面に風が当って、バタバタとなり、止まってしまいまする」

 「なるほど、なるほど」

 

 船頭(船長のこと)が叫ぶ!

 「北東へ間切るぞ! 左の綱、ミヨシ(船の先頭)へ! 舵、十度きれぃ~~」

 水夫どもが帆に繋がった縄をもちバタバタと走り回り、所定の位置に着くと、渾身の力をこめて引っ張る!!!

 予は邪魔にならぬよう、船の先っぽ付近でしゃがんでおる。

 今までにない緊張感が船上を支配しておる………

 数秒後、船は北東に船首を向け始めた。大帆は右側で風をはらみ、船を風上に走らせた。

 「おお~、成功じゃ、初めてみたぞ、風上へ進むのを。やった、やった」

 孫一、偉そうに説明しとった割には、飛び跳ねて喜んでおる。

 確かに、船が風をはらんで、大きく傾き、方向を変える様は、勇壮じゃ。そ、それはわかる。じゃが、この上下左右の揺れはたまらんぞ、予は予は船酔いじゃ~~~~。し、辛抱たまらん!

 「か、厠はどこぞ………ぅぷっ………」

 「おう、船酔いですかな?厠はありません。そうですな、和船は船尾の舵の部分が大きくあいとりますので、そこで代用しとります」

 「ぅ、わかった………」

 予は、揺れ動く船の中を、這いずるように船尾に向かった。


 それから、船は何度も間切って、元の堺港に帰って行った。

 その間、予はもちろん寝込んでおった。

 いや~~今度は船になれねばならんか、大変だのう。

 それから、やはり安宅船を手に入れて改造しなくてはならん。

 こりゃ、家出までには時間がかかりそうじゃのう。





 

【後書き】

秀頼様、自分では一人前と言ってますが、基本、ガキなので気まぐれです。大坂城にじっといるのが嫌になり、ついでに豊臣家を守る為、我慢するのもやめました。で、家出を決めましたが、一人では嫌なので、部下を連れてくつもりのようです。

 

 

 

 

 

 

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