第32話
いくぶん、数を減らしてしまったが、予らの戦意は、まだまだ盛んじゃ。
『槍ねずみ』、息を殺して『赤備え』を待つ………
きた!!!
赤備えが襲ってくる!!!
『ガチィーン』という音と共に、槍と槍がかみ合う。
「押せ押せーー、押しつぶせーー」
より以上の力で押してくる、怒れる赤具足たち。
先ほどやられたという思いの為、その勢いたるや、生半可ではない。
ギリギリという槍と槍との擦れ合う音と共に、槍ねずみは、少しずつ押されてくる。
「ぬぬ、耐えよ、耐えよーー」
予は叫ぶが、そろそろ、味方の槍ぶすまも、予の心も、限界じゃ……
「あ、開けよ!」
再び開く!
それっ!と言う間もなく、羅都鬼が飛び出す。
じゃが、今度は敵にも備えがある。
「おう!」「そりゃ~~」
というかけ声と共に、待ってましたと繰り出される槍たち。
狙いは当然、羅都鬼の、大きな馬体。
「ジャリン、ジャキッ!!」
羅都鬼の馬体を覆う布をただの布と思ってか!日本一の金持ちの予を嘗めるでない。何重も鎖帷子を編み込んだやつじゃよ。
静止した状態ならともかく、動いておるときに、お主等のなまくら槍が刺さるかよ。
そして、飛び出た瞬間を狙った槍をからくもやり過ごした戦鬼は、再び赤具足の中をかけずり回る。
「ぶひひ~~ん!!!」「カッ、カッ、カッ」
赤具足はなんとか討ち取ろうと、必死じゃ。
「うわーー」
「押し包め、押し包めーー」
「乗り手を狙え!」
「くっ……………」
羅都鬼がターンする時が狙われた!
予に向かい、刺しこまれる槍!!予はなにもできん~~
「わ、わっ」
危ういところでその槍を、体をかわして
その時、羅都鬼の身体からか、眼からか、定かではないが、
『いまぞ、お拾い、とくと刺せ』という指令が下った気がした。
ええ~~とは思ったが、取りあえず、身体は勝手に指示に従う。
満身の力を込めて槍をとにかく突き出す。
「えい!!」
甲高い少年の声が聞こえる。どうやら予が発しておるようじゃ。
穂先は赤具足の首を狙ったようじゃが、惜しくもかすったのみか?いや、かすったせいで、頸動脈を切ったようじゃ。
みよ、噴水のように動脈血が流れ出てきた。首を押さえてもんどり打って倒れた。うわーすごいな、は、初めて人を殺したぞよ。
戦いの合間とて、人を刺し殺しても、何の罪悪感おこらない。それどころか、それまで、戦々恐々としていた心が落ち着いて、馬上にても周りが見えるようになった。
赤具足も、怪物馬の猛攻(体当たり、足蹴)は怖いから、攻撃はへっぴり腰じゃ。その敵の腰のはいっとらん攻撃は、羅都鬼がそらしてくれる。じゃから、予は敵が槍を空かされて、態勢が崩れた所をねらえばよい。
基本、力のない予は、首の頸動脈を狙い、刺す~~~
どうじゃ!三人、刺したぞう~~~~~~~
………………………………………………………
……………………つ、疲れました………………
いかに羅都鬼がすぐれていようと、しょせん、一騎。
多勢に無勢である。ひとり、またひとりと護衛の兵も倒れていく。
「すて~~。まご~~。まだか~。疲れたぞ~~。こわいぞ~~」
予は、喚きながら、羅都鬼の上で、必死に槍をふるう。もはや、まともに手が動かん。フガ、フガと羅都鬼の息も荒くなった。
このままでは………………
「ほうほう。秀頼様、信繁あらため幸村、御加勢いたしますぞ~~~」
赤具足が、なだれ込んできおった。違いは旗さしもの。
あの有名な六文銭が、風になびいておる。
有り難い!思わぬ加勢じゃ。真田勢、百人近くが加わった。員数外じゃで、忘れとったわ。これでもう少し、持ちこたえられるぞ。
先頭に立つ、真田幸村、なにやらわめいておる。
「ほう、『赤備え』ではござらんか。武田ではよく一緒に戦った仲ではござらんか!」
「ええ、うるさい!」
「ほう、ほう。危なし、危なし。これでどうでござるか!」
のべつまもなく、喋りながら戦っておる。変った奴じゃ。しかも、結構強い。相手は面食らって、勢いが鈍っておるわ。
「拙者、武田信玄公に可愛がられましてな。いかい武田にお世話になりもうした。その、その赤備えが、徳川の走狗とはあな、情けなし!」
「な、なに~。ぬしも、豊臣に、豊臣に~」
「あっははは。ほう、ほう。そうでござった。そうでござった」
よう喋って、よう戦う。真田幸村、強し。こ、これなら持ちこたえられる。
「ええ、面倒じゃ!このふざけた奴、鉄砲で撃ち取れ!鉄砲隊、前へ!」
「いったん引いて、鉄砲隊を出せぃ!」
「おおっ」
わ、やばい、やぶ蛇じゃぁぁ。て、鉄砲隊もおったんか!
「おんぶ様、お待たせ~~引いてくだされ!」
孫一の声じゃ!た、助かった……
「引くぞよ、急げ!」
赤備えたちが引き、敵の鉄砲隊が現れる。
しかし、その時、我らも、孫一ひきいる木散弾砲部隊の間を駆け抜けていた。
敵の鉄砲隊、約百丁、孫一の木散弾砲、十数丁。
ともに散開し、向かい合った。
「てっ」
「放て」
双方とも、同時に撃ち合う。
放たれる!!!
激しい銃撃音とともに玉が飛びかう、しかし飛ぶ玉の数が違う。
こちらの兵も、四~五人倒れたようじゃ。だが、あちらの鉄砲隊は全滅じゃ。
地面には、撃たれた鉄砲隊で、赤い堤防が出来ている。驚きあわてている、その後方の赤具足の群れ。どうして良いかわからず、まごまごしておる。
例の如く、投擲兵が現れ、とっくり焼夷弾を投ずる。
「投(とう)!」
「投(とう)!」
掛け声とともに、投じられる数、百、ちかく。
空に火薬の煙を引きながら、憤怒の悪魔は飛ぶ。
そして地上に、火炎の花を咲かせる。たくさん、たくさん。
そして灼熱地獄が始まる!
「ぐわー」「ぎゃー」
「助けてくれー、熱い、熱い!」
直撃を受けたものは、火達磨となって、転げ周り、死に至る。
凄惨な地獄が繰り広げられた。
赤備え、千人の内、命が助かって、降伏したもの約五百人。
しかも、それも火傷した者だらけで、無傷なものはほとんどおらんという状態である。
「勝ったぁ!」
そう思った瞬間、手に持った槍は突然重くなり、そちらに身体が引っ張られる。馬から落ちそうじゃ!
槍を捨てよ、お拾い………
だが………手が、手がはなれん!
「だ、だれか予の槍を持て!」
あわてて駆け寄った棄丸、予を羅都鬼から、抱き上げ、そっと地面に下ろす。
そして、そっと手から槍をはがして言った。
「大丈夫でございますか?お拾い様」
「大丈夫、で、は、ない。し、死ぬかと思った」
羅都鬼が心配そうに、予の顔をなめる。
「羅都鬼、大丈夫じゃよ、ありがとな」
羅都鬼の顔をだいて、すりすりし、予は心を落ち着かせておった。
大変じゃッたが、やり遂げた充実感もある。とにかく、今日は終わった。勝利じゃ…………
はあ~~疲れた……………
「御注進、ごちゅうしいぃん!東より、大軍が接近との知らせが入りましてござるぅぅぅ」
「な、なにぃーー」
え、え、えぇぇ~~~~~~~
「ご安心くだされ、お味方でござった!福島正則様の軍勢でございますぅ~」
なんだか、なんだか目がかすむ~~~
そのまま予は意識を失った。
…………………………………………………スすす…………………………………
……………………………………………………………………………………………
……………… 気がつくと、棄丸に抱きかかえられておった …………
目の前に、日焼けした、むさくるしい親爺がにこにこしとる。
「お待たせいたしました。正則、参上つかまつった」
「遅いわ!ばかぁ~」
「へ、へーっ」
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