第25話

予には兵力の増強が必要じゃ。


 じゃが、史実では西軍に属しておった武者たちの大量の失業で、兵を集めるはわりと簡単であった様じゃが、予の干渉の結果、豊臣本体は弱体したとはいえ、何とか持ちこたえておる。

 だもんで、大抵の武将は、領地にもどり、近隣の国々と小競り合いやにらみ合いを始めておる。天下が決まってしまう前に、領土を広げようとしておるのじゃな。徳川は各大名の調整に大わらわであると聞き及ぶ。その点はよかったのじゃが、おかげで熟練の兵が集まらん。

 まあ、そんなこんなで、余り浪人が発生してない模様。

 まあ、頭の固い、古兵より、ど素人の兵を鍛えたほうが予の兵にふさわしいのじゃが、なにしろ時間がない。

 町人、百姓から兵を募るぞ。


 そしてじゃ………

 即席の訓練で良い様に、素人でも扱える兵器を考えねばのう。

 それで、木砲の次に考えたのが火炎弾じゃ。

 京で敵をかく乱するときに用いた、とっくり弾をヒントにして実験を繰り返した。

 あれがかく乱だけでなく、実際、焼夷弾として運用できれば、投擲とうてき兵が運用できよう。


 火炎弾といえば、思い出すのが前世の第二次世界大戦で、「モロトフのカクテル」と異名をとった、ビンや、陶器の容器にガソリンをつめたもの。

 ビンの口に装着した火薬に火をつけ、戦車に向かってぶんなげる。

 すると、戦車に当たり、戦車の表面で盛大に火が燃えて表面温度が上がる。この当時の戦車はガソリンエンジンなので火に弱く、結構、やられて火を噴いて止まってしまったという。

 これを狙ったのじゃが、ガソリンなぞない。代替に、以前の様にとっくりになたね油をつめ、火をつけ投擲をしてみた。

 が、パリンと割れた後、うまく火がつく時もあり、着かない時もあり…

 まあ、どちらかと言えば着かない方が多い。

 着いたとしても、しょぼくチロチロと燃えるのみである。

 着火したところが可燃性の物であればよいが、瓦や石塀、土塀等の場合、なんにもならんしのう。

 たとえ可燃物の木に着火したとしても、簡単に水等で消火される。

 かく乱にはよいが、有効な武器ではないのう……

 たとえば、中味は高濃度のアルコールとか?

 そのアルコールが、ひょんなことから手に入った。

 それはこんなわけじゃった…… 


 * * *


  ある日のこと、予は表御殿で事務仕事に苦吟しておった。

 すべて官吏の武士どもに任せておってはなにされるかわからん。

 かとゆうて、漢文の書類は全然わからん。まあ、いくら秀頼が公家みたいなもんと言っても、まだ八歳、読めんわな~

 もう一個の奴も、漢文は全然ダメ。ああ~授業サボるんじゃなかった……

 で、各部署の役人の頭を次々に呼びだし、まず、概論を説明させておった。

 だが、専門用語を使い、予を煙に巻こうとするので、怒号を浴びせ、わかりやすく説明させるので大変じゃ。

 何日もかかる。嫌気が差した。だが、大体のところは掴めた。

 そろそろやめじゃ、あきたぞ。

 なんか、散歩でもしようぞ。大坂城内も、まだよく予は知らんでのう……

 護衛に棄丸を伴い、大坂城をうろうろする。堀の内側を歩くのは飽きたので、外側をぶらぶらしとる時であった。

 「今日は、いい天気じゃのう。なんか、のんびりするぞ」

 「は、まことに」

 2人は、お堀の廻りに咲いた草花なんか、ながめながらのんびりと歩く。

 「う、う、う……」

 苦悶の声が聞こえよる!

 「なんじゃ、なんじゃ!ど、どうしたことぞ、あの声は!」

 「は……お耳汚しの声にて、申し訳ござらん」

 なんか、棄丸あわてておる。

 「そのようなこと、気にするでない!詳しく説明せよ」

 「じつは、ここには先の戦いで負傷した者達が療養つかまつる。軽傷者は家に帰しましたが、重傷者は、医者が日夜、診ておりますが、今おるは、重傷であろう者ばかりでござる」

 そう言って、余り大きくない平屋を指差した。

 「なに?そうか!今から見舞うぞよ」

 「さ、そそれは……

 ともえ殿に怒られます。どんな病気が蔓延しとるかしれんでござる」

 「なにゆうとるか、刀傷や鉄砲傷ばっかりじゃろう?うつりゃせん!」

 「さ、さようでござるか?拙者、医学にうとくて……」

 「いざ、見舞うぞ」 

 「は」  

 我らは、ずいとその家の中にはいった。

 う、なんじゃ?この匂いは!

 腐敗臭ではないか!

 だれぞ、創傷が膿んでおるぞ!

 「だ、だれだ!

 ここにはいってきちゃいかん!

 けが人の気を乱すでない!早々に立ち去りなさい」

 「おう、すまんの、ちょっと皆に、お見舞いをと思っての」

 「秀頼様である。頭がたかい!」 

 「ひえ~」

 みな、その場に這いつくばった。

 「そのまま、そのまま。これ、けが人は起きんで良い」

 長屋では十数人の男たちが寝ておる。

 予はすばやく手近の、寝ておった小汚い男の元にちかづいた。

 男は板張りの上に薄べりを引き寝ておる。

 この薄べり、黒々したものが付いておる。膿まじりの血ではないか?におうのう。

 うん?この右足は丸太ん棒のように腫れておるのう。しかもどす黒い。きたない包帯がまいてある。この様な包帯ではよくなるものも悪くなるぞよ。

 意識がない。素早く右手をとり、脈を診る。

 だ、だが手首のどのあたりをさわるんだっけ?

 取り合えず、自分の手首をさぐって脈を診る。

 「ドクン、ドクン」

 おお、このあたりか、よし。

 再び男の脈を診る。

 うーむ、微弱じゃ……

 ながくはないのう、かわいそうに……

 見渡せば十数人、小汚い包帯だらけで、うめいておる。

 予の行動に、棄丸をはじめ、医者らしき男も驚いておる。

 「ひ、秀頼さま、医学の心得がおありで……」

 「うむ、聞きかじり程度じゃが、南蛮渡来の知識があるぞよ、そちゃだれぞ?」

 「はい、医者の凝理庵こりあんでございます。まだまだ未熟者にて、お師匠さまから、命じられてここをあずかりおります」

 「ふーむ、確かに若いの、二十歳ぐらいか?じゃが予よりはおじんじゃのう、ほ、ほ、ほ。」

 「はい、確かに」 

 笑わんぞ、真面目な奴じゃのう、予の冗談が通じんとは。 

 それとも予が下手すぎるか?うーむ、悩むのう……

 ま、まあ、よい。それよりここのことじゃ。

 「これ、この男、意識がないが、全身に毒がまわっておるようじゃのう」

 「はい、最初は右足の大怪我ではありましたが、若いし、良くなるじゃろうと思っておりました。

 傷の膿もほどよくでておりましたから、大丈夫と思っておりましたが、二三日まえから急変いたしまして、あげくこの様に……

 今晩が山でございましょう。」

 敗血症を併発したか?今夜死ぬと言うことじゃ……

 予の知識をもってしてもどうにもならんのう。

 細菌感染をしたのであろう。

 ここは感染源がゴロゴロしとるわ。

 今後、衛生の観念を皆に植え付けなければならん。

 「そうか……かわいそうにのう」

 それで、他のものは大丈夫か?」

 「大体は回復するとおもいます。ココにおるは残りの重傷者のみでございます。助かるものはすでに自宅にかえりましたし、死ぬべき者達はすでに死んでおりますし……」

 そうか、この時代、簡単に人は死ぬのであったな、忘れとったわ……

 腹を切られた者はすべて苦しんで死ぬ。手足の傷でも細菌感染で敗血症を起こして、結構死ぬ。

 基本、みな頑丈じゃが、色んな病気でコロコロ死ぬ。平均寿命、五十、ないんだっけ……

 食い物に気をつけねば、生ものは食わんぞ!

 ああ、そうじゃった、衛生観念を植え付けるんだったな。

 「よいか、凝理庵。包帯が汚い。部屋も汚い。秀頼のものぞ、ここは。いつもぴかぴかに掃除しろ。そして、包帯はすべて毎日取替えよ。そして、洗え。木灰水でな。そして、煮立ったお湯につけ、煮たたらせよ。しかるのち天日ぼしをすべし。傷も清潔な布で冷まし湯で洗うべし。よいな!」

 「はい?お金がかかりますが、全然ありません」

 「予がはらう!役人に申し出よ、よいな!」

 「はい、かわらんとは思いますが、不潔よりいいと思います。さっそくに実行いたします」

 「うむ、棄て。行くぞ」

 「は」

 われらは、そこを出て、堀端で深呼吸した。

 うーむ、臭かった、悲惨であった。

 なんとかせねば、せめて消毒剤だけでもつくらねば。

 よし、アルコールを作るぞ。

 予の活躍がはじまり、まわりは再び、大いに迷惑した。

 

 * * *


 まずは大量の濁り酒を集め、蓋つきの大がまに放り込み、加熱して、蒸発させ、それを鍛造した銅管をくぐらせる。その銅管を螺旋状に巻きその部分を冷水で冷やす。すると、アルコール分の多い液体が出てくる。いわゆる焼酎じゃな。これを二回三回と繰り返すと、五十パーセント以上のアルコールとなる。これぐらい高濃度になると、殺菌性が強く、なおかつ安全でいい薬剤となる。

 けっこう費用がかかるのう、こりゃ……

  

 * * *


 まあ、こんな風にして出来たアルコールを一部、凝理庵に渡して使い方を教えた。

 二升ぐらい若医者ににやったかな?

 それで、残りをとっくりに詰めてとっくり弾(アルコール仕様)を何本か完成。

 いざ、再び実験じゃ……

 

 中庭に標的たる案山子を三体、横に並べておる。間隔は一メートルぐらいか。

 投擲の得意な雑賀兵が一名、十間(約十八メートル)ほど離れて予の号令を待つ。

 秀頼を囲んで、棄丸、孫一、五郎の三幹部が安全なように遠く離れて見守る。

 予としては近くで見たいのじゃが、3人が許してくれん。

 最近、3人の、締め付けがきびしくなってきて閉口してるのじゃよ。

 どうも、何するかわからん人として認定されてるみたいじゃのう、うざいわ……

 「そろそろ始めよ」

 予が命じる。

 「は」

 棄丸が孫一に目で合図する。

 孫一頷き、右手を上げる。

 ……メンドクサイノウ……

 遠くで、投擲兵、大きく頷き、火打ち石にてとっくりの口に突っ込んだ布に火をつける。

 おいおい、なんかで蓋しとかんと、蒸発してなくなってしまうぞよ、後で注意しとかんと……


 お、火がついた、投げた!

 案山子にうまく当たった、破裂した!

 案山子に火がついた。

 おお!す、すごい!大きく燃え上がった!

 「お、おーっ」

 皆が驚いていおるわ、炎は大きく広がり、両側の案山子に燃え移った!

 「まあ、大体は成功かの、ちょっと問題があるが」

 「な、何が問題なのでござろう?拙者には大成功にみえましたが?」

 「うむ、費用もさることながら、原料が濁り酒とて、大量には手にはいらん。 大量に入手するには濁り酒工房を作らなければならんわ」

 「な~るほど、早速作りましょう!拙者が差配いたしましょうぞ」

 孫一が隣からうれしそうに言う。

 「おまえ、ただで飲むつもりじゃな!金取るぞ」

 「そ、そんな~違いますよ、少し利き酒するぐらいでござるよ~」

 「阿呆、お前ら呑み助にまかせたら、なくなってしまうは必定」

 などと、馬鹿いいながら、われ等は、アルコールの消毒性を確かめるべく、治療院へと向かった。

 

 * * *


「ごめん!」

 戸を開けると同時に強烈な匂い!

 「う、なんだ?このにおいは?」 

 周りを見渡せば、みんな寝てる、あの凝理庵さえも!そして強力なアルコール臭。

 「す、すみません、余りにもいいにおいだったので、我慢できなくて……」

 「だからというて、けが人も皆、グデングデンに酔っておるではないか?」

 「そ、それが余り美味かったもんで、うまいうまいと言う言葉が出てしまいまして、それからはもう、やいのやいの責められまして、仕方なく……」

 「それで、皆、飲ませてしまったのか?この阿呆!切腹じゃ!打ち首じゃ!」

 「あ、あーーっ」

 「こら!孫一、勝手に死刑にすな!」 予はあわててたしなめた。

 「しょうがない、で、消毒効果はどうじゃった?」

 「はぁ……じつは、その、酒が余りにも強く、今まで意識を失っておりました」

 「な、なに~」

 周りの傷病人どもが、余りうるさいので、しぶしぶ起きだしてきた。

 そして、事情を知ると、予に嘆願し始めよった。

 「凝理庵殿を責めんでくだされ、われ等が頼んだんでござる。悪いのはわれ等でござる」

 「それにしても、強い酒でござった!ご、極楽、極楽。ありがたや、ありがたや」

 「これ、予を拝むでない!気持ち悪いではないか、わかった、わかった、責めやせん。皆、許してやるわ」

 「へ、へーっ。おありがとうござる」

 平伏して、一斉に言いやがる。まいったまいった。

 「これ、孫一、おぬし、飲み損なって怒っておるな、どうじゃ?」

 「う?そうですかの、自分でも良くわからんですが、とにかく腹が立ちますぞ」

 そこで、凝理庵の一言。

 「あ、あの、少し残っておりまする!」

 「え、え~」

 そう言いながら、予のほうを見よる。

 「まあ、良いわ。飲んでよし! 棄丸も五郎も飲むが良い」

 さっそく純度の高い酒が並々と注がれた茶碗を持つ孫一、棄丸、五郎。

 どういうわけか、予も持っておるぞよ。まあ、いいか。

 「乾杯~」

 ぐいっと飲む面々。

 予もちょびっと飲む。

 き、きついー。口の中が、火~~

 「げほ、げほ、げほ」

 「うーん、強い!じゃが、ンまいの~」

 孫一大喜び。残りの二人も「まことに、まことに」といいながら、ぐいぐいやっておる。予もちびちび飲む。

 「わはははは。気分いいぞ、よし、踊りますぞ」

 突然、雑賀おどり(?)を踊り始める孫一。

 「あっは、は」

 「うは、うは、うは」

 同じく踊り始める棄丸と五郎。

 それに続く凝理庵とその患者たち。

 ええくそ、予も踊らねば~

 「ほ、ほ、ほ、ほ~」


 そして、意識がなくなる……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る