第23話

三日後、棄丸が帰ってきた。

 この時代、何をするのも時間がかかる、これが予にはつらいのう。

 「ただいま戻りました」

 「うむ、待っておったぞよ、詳しく話せ」

 「は、そつじながら、秀頼さまは突然、お変わりになられました。

 危機に際し、素質が花開いたとは言え、まだ八歳なれど、鬼神のごとき活躍をなされましました。

 また、そのご様子、お言葉。まさしく英雄のごとしでござる」

 「おいおい、言い過ぎじゃ。みんな、はったりよ」

 「いや、いや、いや……

 お側にお仕えしてるわれ等とて同じ思いでござる。

 敵なればその思い、もっとでござろう。

 それを家康は逆手に取ろうとした模様。

 秀頼様はもはや人間にあらずとひそかに噂を流してござる。

 キリシタンバテレンに助けを求めた豊臣家はあろうことか、悪魔にすがって、天下を治めようとしている。豊臣の悪魔に気をつけよ、と……」

 予はあきれて言った。

 「まあ、なんとむちゃくちゃな話よのう?」

 「この迷案、家康の参謀たる僧侶、天海の案だそうでござる。

 関が原の戦いには勝ったものの、秀頼様の思わぬご活躍!

 ずるずると豊臣家より権力を取り上げる予定が、秀頼様と敵対する立場になり、大義名分が立たなくなり、このような案を思いついた模様でござる。

 庶民どもも、武者も皆、このこと、本気で信じておるわけではないと思います。

 じゃが、彼等とて、自分が生きるか死ぬかの境目でござるから、勝ち組に逆らうには慎重になっております」

 ふむ、天海……聞いたことがある。たしか武家諸法度などの法律を作ったやつではなかったかな?家康のブレーンじゃ。

 「そんな馬鹿な噂、相手にせず、笑い飛ばしてやるわ、ほ、ほ、ほ」

 「さすれば、かえって家康は男をさげよう」

 「たしかに!うまくすれば、その様な噂が立つほど秀頼様が英雄たることを喧伝できましょう」

 「うむ!その為の第一弾が漫画よ」

 「ま、漫画?」

 「ん、説明すると長くなるから、後でともえに聞け、よいな?」

 「は、はあ?」

 「第二段として、あと一戦して、完勝しなくてはならん。

 それでもって予の強さをその『漫画』でもって知らせ、全国の武将達を豊臣方に引き込むのじゃ」

 「そ、それは、ちょっと強引すぎます......

 第一、攻める大義名分はどうされます?それに、どこをせめますので?

 それこそ家康にこちらを攻め込む理由をあたえてしまいますぞ」

 「ふーむ、それもそうじゃのう、予は戦略に素人じゃからのう。戦術はあるがのう」

 「それはどのようにでござるか?」

 「 おう、相手より軍備を圧倒的にして戦う、兵力か、火力でもよいぞ、どうじゃ?」

 予は胸を張った。

 「そ、それは子どもだましでは?当然過ぎますぞ」

 「予は子どもじゃ、忘れたか!」

 「は、そ、そうでしたな......」

 当然の戦術こそ最良の戦術じゃ、素人の予にもそれぐらいわかるぞ。

 その為には、予にはもっと強力な武器がいる。なにかあるか?

 それこそ未来人、『おたく』の出番じゃな〜

 それでは、ひとつ。

 な、何も思いつかん!

 うーん、技術水準がちがいすぎて、知識が、余り役にたたんのう。

 まずは無難なところで、大砲でも……

 「大砲はどうじゃ?大坂城にはあるのか?」

 「さあ?拙者、専門外でござる。鉄砲奉行を呼びまする」

 * * *

 そして、鉄砲奉行の後藤大八が呼ばれてきた。

 「はは〜。後藤大八でござる」

 まあ、それから説明が延々とあったが要約すると以下の通りじゃ。

 大砲は原則、余り国産はなく、主に、ヨーロッパ製が幾分入ってきているが、非常に高価である。しかも、鉄の大玉を飛ばすのみである。

 城門や、屋根の破壊など城の攻防では効果あるが、野戦では機動力がないので使い物ににならん。

 従って、現在、大坂城には一門もない。

 しかし、徳川家康は何門が持っている模様。

 名は石火矢とか、フランキとか言うらしいが、何でそういうのかは知らんと。

 青銅製で、非常に高価、なおかつ製作に時間がかかる。

 こりゃ、いかんわ、未来の大砲に比べ、幼稚すぎるわ、使い物にならんのう。

 うーむ、大砲がだめなら、鉄砲の親玉、大筒を沢山そろえればよいのではないか?

 あれなら、鉄砲製作のノウハウが使えてすぐできるかもしれん。

 とにかく、鉄砲鍛冶を見物して参考にすることにした。


 * * *


 「たのもう!だれかある!」

 棄丸の大音声を背中で聞くのは久しぶりじゃ。

 羅都鬼に乗ると楽しいのう~。

 ここは、堺、鉄砲鍛冶で有名な芝辻清右衛門の屋敷の門前じゃ。

 我ら、鉄砲騎馬隊がずらり臨戦態勢で居並ぶ。

 門が開き、驚きあわてた当主とその使用人らしき男達がころがり出てきて、平伏した。

 「い、いずこのお方たちでございましょうか?」 

 「秀頼様じゃ!頭がたかい!」

 「ああ、よい、よい。すまぬが、清右衛門、ちょっと鉄砲作り、みせてもらうぞよ。」 

 「へ、へー。いかようにも」

 「いざ、入らん。孫一、あとはたのむぞ」

 「は、お任せあれい!、鉄砲隊、臨戦防御体制!」

 「おう!」

 掛け声と共に、部隊は下馬し、門を中心に散会し、伏せ撃ちの態勢をとった。

 この姿勢、火縄銃時代ではめずらしいらしいが、熟練するといいやりかたである。

 なにしろ、相手にとってまとが小さく当てにくいからのう。

 はじめてみた清右衛門達はびっくりしておる

 棄丸と予は下馬すると、びくびくしておる清右衛門らをうながして鉄砲製作の現場にはいっていった。

 広い作業場には沢山の半裸の男達がそれぞれ一心不乱に作業をしている。

 まずは銑鉄を備長炭でふいごを用い、赤々と熱する。

 この時代、一番高熱を出せるのは、動物の皮で作ったふいごで強制的に酸素を送る。

 すると、非常に高温となり、鉄がやわらかくなる。

 なおかつ備長炭の炭素が鉄の中に取り込まれる。

 それを何度もたたいては延ばしを繰り返すと、強度を増し、鋼鉄となる。

 次に鉄の棒に巻きつけてはたたき、鉄の筒にする。

 筒の内面を竹べら等で磨き、滑らかにする。

 次に、一番大事な工程じゃが、銃尾にねじを切って、オネジをねじ込む。

 これをしとかないと発砲時、砲尾が爆発に耐えられなくて破損してしまうのじゃよ。

 その他、火口をあけたり、火皿をつけたり、みがいたり、銃床をつけたりじゃ。

 これらが大量の、男達によって一種の流れ作業で作られておる。

 ふーむ、馬鹿に出来ん製作風景じゃのう......

 予は感心して、製作現場をキョロキョロ眺めておった。

 「これ、清右衛門よ、この大量の鉄砲はどこの依頼じゃ?」

 「そ、それはその......」

 俯いて、汗をだらだら流しておる。これは明白じゃな。

 「家康の依頼か?隠さずともよい。それがお主の仕事なんじゃろうからのう」

 「ま、実に申し訳ござりません。来られる事をひとこと言ってもらえれば:::」

 「何じゃ、隠せたというのか?それとも徳川軍を待たせとったか?予はそんな阿呆ではないぞ」

 「い、いえ、とんでもございません」

 ますます汗がひどくなる清右衛門。滝のように流しておるわ。

 「のう、清よ。口径がこのくらいの大筒は作れるか?」 

 予は両手で五センチくらいの穴を作り指し示す。

 「そ、そうでございますな、日にちと費用をかけてよければ作れますでありましょう」

 「どれくらいじゃ?」

 「設計、雛形、金形などなどで、費用と日数は概算でこれくらいでありましょう」

 さすが商人、そろばんをぱちぱちやって直ちに概算を出しおった。

 「なんと!一丁、鉄砲二十丁分か?日にちは一年じゃと。費用はともかく、日数はおぬしあんまりであろう!嘘をつくと、明日には、ここはないぞよ」

 「と、とんでもございません。決してそのような。わたしとしては秀頼様を応援しております。しかし、徳川の言うことをきかなければならん苦しい立場をわかってくだされ、これこのとおり」

 土下座しおった。ふん、心にもないことを言いおるわ……

 ならば利用させてもらうぞ!

 「お、そうか、有難し。ならば今作っている鉄砲、半分、予によこせ、金は払う」

 「へ?そ、それは!」

 「無理というか!予のたのみぞ!」

 「わ、わかりました。そのかわり、このことはご内聞におねがいいたします!」

 「おう、有難し、来たかいがあったぞ」

 予は、平伏する清右衛門の手を取ってぎゅっと握った。

 「さすれば帰るぞ、ニ〜三日中に送れよよいな!」

 「へ、へーッ」

 平伏したままの清右衛門を残しわれ等は門を出た。

 「孫一ご苦労、帰るぞ」

 直ちに鉄砲騎兵隊は乗馬し、風のようにその場を去っていった。


 * * *


 結局、火力増強は期待はずれに終わった。

 鉄砲は少し増加したものの、熟練の鉄砲兵は余り増えとらんしのう。

 熟練の技だけに、ど素人にすぐできるというものでもない。

 新たに雇った兵を雑賀衆なみに訓練しとる暇もない。

 出来れば、堺や大坂のあぶれ者たちを募って、即席の兵団をつくりたい。

 簡単に習得できる新兵器を考えねばのう。

 例えば……

 バズーカ砲みたいなもんとか……

 だめだなあ、とにかく鉄の加工技術が低すぎる、無理じゃ、うーむ。



 無理!ヤメ〜、もう遊ぶ!


 

 気分直しにともえとあそボーっと。

 「ともえちゃん、漫画でも描こうよう〜」

 「はい〜」

 絵のド下手な二人は、仲良く絵を描いて見せ合い、ほめあう。

 「おお、個性的な絵じゃのう、ともえにしか描けんぞ」

 「あら、だんな様こそ、日ノ本に二つとない絵でございます」 

 「ホ、ホ、ホ」

 「ウフフ」

 しかし、なんだな、ホント予は絵が下手だな〜

 この筆が悪いんよ。この竹、曲がっとらんか?じっと見る。

 ん?竹の筒とな?砲身を孟宗竹で代用できんか?竹の束で弾除けにするぐらいだから、強いし。

 さっそく、庭に降り、生えておった竹を一本、切り取る。

 切り口をじっと見つめる予であった。

 うーん、中の節をくりぬいても、内側は結構、凸凹しとるのう。

 少々、削っても、玉が飛ばんぞ、中で爆発するのがオチだのう。

 ダメか…

 

 そ、そうじゃ!竹でダメなら、木じゃ!

 真っ二つに割って、上手にくりぬく。火口も付けてな。

 その後、ぴったりと合わせて、丈夫な綱でぐるぐる巻く。

 うむ、いけそうじゃ、何発か撃てる筈。

 ダメになったら捨てればよい、割れば薪になるぞよ。

 沢山作っとけばいいだけのことじゃ。

 しかも軽いから、機動力抜群じゃ。

 う…………ん………… 

 これは良い!

 なったぞ、なったぞ。

 「すてを呼べ、早く、早く!」

 予はすっくと立ち上がり、喚き散らす。

 「は、はい」

 一瞬、驚いたともえだが、予の変人ぶりには馴れておる。直ちに呼びに行きおった。

 「できたぞ、できたぞ!」

 予はわめきながら、漫画を描いておった和紙の裏側に設計図を描き始めた。

 予が設計に熱中しておると、ともえに連れられ、棄丸があわててやってきた。

 「秀頼さま、まかり越しましてござる」

 「おう、来たか!これを見よ!大砲なったわ、木で作る。大量にな。

 これで火力は十倍増よ」

 「え?き、木でござるか…」 

 「なんじゃ〜その不審げな声は〜

 大丈夫じゃ、これ、この設計図どおりにつくれば、何発かは撃てるはず。

 壊れたら、棄てて、新しい砲を使えばよい。使い捨ての砲じゃな」

 「つ、使い捨ての砲ですと?とても拙者、わかりもうさん!

 かくなる上は、孫一どのを呼びまする」

 「そうじゃな、あいつは鉄砲の頭じゃからわかるじゃろう。すぐよべ!」

 「は、直ちに」

 孫一を待つ間、予はハイになって踊っておった。

 「成せばなる〜、成さねばならぬ、何事も〜。

 成ったぞよ〜を、成ったぞよ〜。ああ、よいよい」

 適当に節をつけ、扇子をヒラヒラと踊り狂う。

 あっけにとられている、ともえと侍女たち。

 「ほれ、お前達も踊れ!」

 「は、はい!」

 予の命令は絶対じゃ。みな、不承不承に踊り始めたが、なーに、すぐ楽しくなりおったわ。

 秀頼を先頭に、奥御殿の大広間で踊り狂う。

 「これは、踊りへのご招待でござったか!」

 気がつくと、嬉しそうな孫一と困惑した棄丸がいる。

 「来たか!まあ、これを見よ」

 勇んで設計図を見せる予。

 「こ、これは!」

 「新しき大砲よ。木でできた大砲、木砲?じゃな。」

 「この様なもの、上手くいくはずが…

 うむうむ、これがこうなって、砲身がこうで、発射口はこうなっておるのか……

 いや、ひょっとしたら上手くいくかもしれん。理にかなっとる!」

 「そうじゃろ、そうじゃろ。直ちに作ってみようぞ、とりかかれ!」

 「はッ」

 「は、はー」

 木砲の製作がはじまった。

 

 * * *


 木の種類はその強度、手に入りやすさから、取り合えず、樫と赤松に決まった。

 大坂の材木屋にて簡単に手に入った。

 作るのは孫一ら雑賀衆と、普請役の役人の指導の元、大工、左官にやらせた。

 木の加工だから、指示さえしっかりしとけば、器用な日本人職人だもの、問題ない。

 それで出来上がったのがこれ!

 とりあえず,2メートルくらいの丸太ん棒に、口径十センチくらいの砲口をあける。

 もちろん、この時代の技術からしたら、そのままでは奇麗な、穴を穿つのは難しい。

 じゃから、真っ二つに割り、それぞれ、半円の、砲口から砲尻へ向かって溝を彫る。

 行き止まりの砲尾から、砲口へむかってわずかに傾斜をつけてある。

 つまり、砲口の方が、ほんのわずかに口径が大きい。

 じゃないとうまく発射できず、爆発してしまう恐れがあるから慎重につくらねばならん。

 それから、砲尾付近に火口を付けて終わりじゃ。

 最後に、ピッタリ二つを合わせて、丈夫な縄でぎりぎりと巻く。

 インスタント大砲の出来上がり、出来上がり。

 口で言うほど簡単ではないが、まあ、上手くできたわ。

 「出来ましたな」

 「うむ!できた」

 予と孫一は嬉しそうに、棄丸は疑わしそうに見ておった。

 「いざ、実験じゃ」

 「は、はー」

 


 * * *

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