第20話

 窓の外には夕闇が迫りつつあった。

 開け放たれた窓から、薄暗くなり始めた部屋の畳に、

 赤黒い残照が差し込んでいる。

 まるで血のようだ!

 これまでの合戦で、たびたび見たのを思い出すのう。

 戦で予の為に死んでいったものたちはやっぱり地獄に行ったのであろうか?

 すまぬのう、いつか行くから、待っていてくれ。


 気分最悪である。

 内省的な気分に陥っておる。

 理由はわかっておる……

 上手くいっておらんのだ。

 はっきりと味方になると言ってくれたのは、福島正則だけじゃ。

 あとは返事なしか、あっても、どっちつかずの返事ばかりである。

しかも、正則め、領国の廻りが東軍支持ばかりだといって、とんで帰りよった。

 それから、今しばらく、今しばらくばかり言いよって、大坂に出てきよらん。

 あてが外れたわ……

 なんでじゃ?いくら関が原で家康が劇的勝利を治めたとは言え、

 これはひどすぎろう?

 家康嫌いが何人かいてもいいはずじゃ。

 やはり歴史のゆり戻しか……

 予を抹殺したがっておるのではないか?

 しかも、頼みの毛利輝元は国許に帰ってしまった。

 吉川広家が大阪城に来ず、あろうことか、国許にて叛旗をひるがえしたののじゃ。

 それを鎮めるべく、輝元は大半の兵を連れて行ってしまった。

 かろうじて残してくれた兵の数、三千足らず。

 大坂城の護衛兵たる七手組も、関が原の戦いから帰ってこんとか、

 いつの間にかいなくなるとかで、けっこう減っている。

 関が原の敗残兵を含めても一万いかんかのう……

 うーむ、大坂城でろう城するにはなんとかなる人数だが、いつまで持つかのう。

 まあ、領地から今までどおり、年貢をあつめていけば一万ぐらいは楽に養えるがのう。

 役人はたっぷりおるから、あやつらのケツを蹴り上げれば内向きはなんとかなるじゃろう。

 優秀な官吏はそろっておるようじゃからのう。

 問題は今後、どうするかじゃ。

 家康も予の行動に、困っているとみえ、伏見城に兵をおき、

 大坂城を監視する以外のことはしておらん様にみえる。

 そのうち、使者でも送ってくるじゃろう。

 それはともかくじゃ……

 予が一声かければ、けっこう将たちが集まってきて、

 その上に乗っかれば良いと思っておったんじゃが……

 何とか対策をとらねば。どうしたもんじゃろう?

 まあ、この時代、なんでも時間がかかるし、その分、みな、悠長である。

 のんびりこのまま、一年ぐらいは楽にこの状態で行けそうではあるがのう。

 しかし、それではジリ貧であるのは確かじゃ。

 なにしろ、確立された家臣群をもつ徳川家康と違い、

 こちらはすべて、臨時みたいなもんじゃからのう。

 今までのものたちとの摩擦がひどいひどい。

 かといって、首にしまくったら、人手不足になる。

 結局、予がすべてを動かさなければだめじゃ!

 だが、いかに知識が優れていようと、21世紀と桃山時代とでは離れすぎじゃ。

 予のデータでの歴史は、あったかもしれん歴史しか残っておらん。

 改変が行われているようで、歴史のデータ、使うのが怖いわ!

 じゃが、このデータを使うしかないのう、これでは……

 予は戦にはど素人じゃから、戦略も戦術もない!

 とにかく、頭のデータをつかって、打開策を考え付かなければならんのう。

 なんかないかな〜なんかないかな〜


 と、考えているうちに一日が暮れてしまった。

 広い部屋の中に座卓を置き、何枚もの和紙を並べた前に座り、

 正座してぼんやり残照を見ておった。

 そばにはともえがおる。

 予のために墨をすってくれている。

 乾くたびに何度もすりなおしてくれておる。

 反対側には小姓の木下重成が小さい身体で太刀を抱きしめている。

 太刀を長いことささげ持つのは小さすぎて無理なので、畳に置けと言ったのだがのう。

 離さんので、それなら抱いとけと命じた結果じゃ。

 おお、うつらうつらしておるのう……

 無理もない、まだ八歳だもの、予の遊び相手として付けられたんじゃもの。

 遊びたかろう?可哀そうに……

 うん?そういえば予も八才じゃったよのう、忘れとったわ。

 この時代、夜の明かりは高くつく、じゃからみんな早寝、早起き。

 朝日と共に起き、夕日と共に寝るのが基本である。

 もうすぐ暗くなる。

 そろそろ奥に引き返して寝るか?

 だが、貴重な一日をここですごして、何もなしで終わるのは腹立だしい。

 昔を思い出して、ちょこっと遊ぶか?子供らしくのう。


 「これ、ともえ、明かりを持て」

 「はい、直ちに」

 え?まだやるんかい?という顔を貼り付けてともえは明かりを取りに行った。

 最近、かなりともえの顔が、読めるようになった。

 やはり愛人、(うわーはずかしい)ともなるとチョッと違うな。

 などと考えていると、ともえがろうそくを二つ持ってきて、座卓の両側に置いた。

 太い!現代で見慣れておったろうそくの倍はあるのう。

 「カチ、カチ」

 火打ち石でともえが器用にかつ手早く火をつける。

 こつがあってのう、予は未だにつけきらん。

 マッチはないのか!とわめきたくなるからのう。

 明るい!これが太いせいか、原料がハゼの実のせいか、ケッコウ明るい。

 ただ、高価じゃ、誰でもは使えんのじゃよ。

 普通は皿に菜種油をため、灯心を浸したものに火をつけて用いる。

 それだけでは風に弱いから障子で囲ったのがアンドンよ。

 時代劇で出てくる長方形のやつ、あれよあれ。

 でもアンドン、暗いんだよなあ。

 金持ちの予はいつもろうそくを使う。

 ささやかな贅沢というわけじゃよ。

 で、卓上の上等な和紙をじゃ、細かく切って10センチ角にたくさん作ろう。

 「ともえ、その懐刀を貸せ」

 「え?あ、はい」

 ともえは突然のことに困惑しながら、懐より、

 きらびやかな金襴緞子の袋に包まれた懐刀を取り出した。

 包んでいる紐をぎこちなく解いておる。

 「おまえ、あまり取り出したことがないな?」

 「は、はい。錆びぬよう時々打ち粉をしてもらうだけでございます」

 「打ち粉とな?」

 「はい、係りのお女中に時々お願いしております」

 ほほう、そんな係があるのか、さすが人件費の安い時代じゃのう。

 渡された懐刀はなかなか立派じゃ。

 白い鞘の短刀で女の子の持ち物らしい、可愛く、物騒なしろものだ。

 刃渡り20センチくらいか、ちょっと生暖かいな、

 人肌の温度じゃな、ほほ……


 うむ、これはよく切れる。

 たちまちの内に沢山の和紙の小山が出来た。

 これを使って手遊びをしょうぞ。

 うーん、あれをするか……

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