第17話

第十七章(高台院〜その弐)


【本文】

 「な、なんと!」

 し、しまったぁ!

 時間をかけすぎたか……

 あの老女が、なかなか門をあけんからだそ、もうー

 「いかん、直ちに脱出の準備じゃ!」

 「門が一頭ずつしか通りません。すぐ、討ち取られてしまいます! 

 ろう城した方が良いと思いますが?」

 「で、誰が助けに来るのじゃ? 

 このこと、大坂に知れたころは、我ら討ち死にか、人質かどっちかじゃ。」

 みな、うろたえて右往左往しておる。

 なんとか、脱出法を考えなければならん。

 し、しかし、どうしたらよいか?

 考えろ、考えろ……

 この時代のものを使って、何か敵の気をそぐことをしなければならん。

 さすればその間になんとか逃げられよう。

 何かないか……

 うーん、何にも思い浮かばん! 困った!

 予が苦吟していると、孫一が奥の部屋から出てきおった。

 こやつ、庭に居ったのではないのか? 

 予が予期せぬ出会いに驚いていると、側までどたどたと、おぼつかない足取りでやってきおった。

 「な、なにごどでごじゃりゅか?」

 こ、こいつ、酒を飲んどるな!顔も赤い。

 右手にはでっかい徳利とっくりをもっておる。

 予は、あきれてものも言えないでおった。

 突然、捨丸が孫一を殴った。

 さすがにグウではなくパーでではあるが、

 当然ながら、孫一は吹っ飛び、

 豪華な襖を突き破り、ひっくり返った。

 顔は、手に持ってた徳利の酒でびっしょりだ……

 むくりと起き上がった孫一、

 目をぱちくりさせ、口を大きく開け、予を呆然と見ている。

 と…捨丸が優しく言った。

 「孫一どの、目が覚められましたかな?

 一大事でござるよ。囲まれてしまいました」 

 「おお、捨丸どの、わかり申した。」

 そういうと、孫一、残った徳利の酒をぐいと飲み、徳利を振り回し、

 庭から面白そうに孫一の醜態を見ていた雑賀衆に言った。

 「皆の衆、戦の仕度じゃぞい!」

 「へーい。」

 しょうがない頭じゃな、という愛情のこもった顔で、雑賀衆が答えた。。

 このことで、みな、緊張が取れた。

 戦いに向け、鉄砲騎馬隊は、気が充実してきた。

 予も、頭がやっと回り始めた。

 孫一の徳利じゃ!あれをつかうぞ。

 「みな、石なげは出来るな?」

 「雑賀のもの達は石つぶては得意でござる。

  しかし、生身の人間ならともかく、二十人くらいではよろいかぶとの武者には効果ござらん。」

 別に石を投げるわけではない、予の考えている物があれば良い。

 「油はどこじゃ?徳利はどこじゃ!大量に必要じゃ、さがせ、さがせ!」

 予は指を突きつけて言った。

 「孫一!ぬしはあるとこを知っていよう、さっさともってこい!」

 へッ、これを?という顔で手に持った徳利を掲げて見せた孫一、

 あわてて雑賀衆をひきつれて台所に走った。

 老女たちにも手伝わせて、集めさせた。

 幸いなことに、高台院をはばかってか、まだ突入してくる気配は無い。

 菜種油のおおつぼと、多数の徳利が見つかった。

 それらは孫一の指揮の下、庭に集められた。

 「よいか、徳利に油をたっぷり注ぎ、くちに導火線代わりに木綿の布をつめこむのじゃ。

 木綿にはあらかじめたっぷり油をぬっておけよ」

 即席の、火炎瓶まがいが完成した。

 本当はガソリンで作るのじゃが、無いものは仕方ない。

 代わりに油をうんと温めさせてつめた。

 火が着くか、どうか、一か八かじゃ。

 成功してくれ、と予は心の中で祈っておった。

 もちろん、自信なんかない。

 しかし皆には自信ありげにしなくてはならん。

 誰かに相談したい!心配だ心配だとわめきたい。

 いやー、やばい時の指揮官はいやだなー。

 今まで順調だったから、気づかなかったわ……


 「よ、よいか。今から手順を述べる。心して聞くように」

 「ははーッ」

 みな、一斉にこうべをたれ、その顔に迷い無し。

 責任重大じゃのう〜

「まず、甲部隊は、予の合図と共に火をつけた徳利を外の敵に投擲する。

 次に、乙部隊が合図と共に投擲する。

 と同時に、敵の混乱に乗じて、一頭ずつ門より走り出る。

 とにかく素早く、次々に脱出するのじゃ。よいな!」

 「ははーッ」

 みな、勇気百倍という顔をしておる。

 特に孫一なんか、張り切ってもう門のまえに行こうと、乗馬の方に行こうとしておる。

 「あの、秀頼さま」

 雑賀衆の副将たる参吉が珍しく予に声をかけてきた。

 「ん? なんじゃ?」

 「先頭には孫一さまではなく、拙者にしてくだされ」

 「なんでじゃ?」

 「もしものことあらば……」

 「おおそうじゃの、孫一は後に回そう。」

 「申し訳ございませぬ」

 そういうとあわてて孫一のほうに行き、

 そでをつかみ、予のもとへ引っ張ってきた。

 「あー、孫一、おぬしは後、先頭は参吉が勤める。おぬしは乙部隊の先頭じゃ。」

 「な、な、なんと。孫一、承知できませんぞ!」

 仁王立ちの孫一、顔を真っ赤にして怒りくるっておる。

 わかりやすい奴じゃのう。

 「おぬしは雑賀の頭じゃ、真っ先に飛び出してどうする。

 なにかあったら、部下どもが困るじゃろう」

 「むむむ。し、仕方なし。これ、参吉! わしの代りじゃ、張りこめよ!」

 「へい、がってんでさ」

 参吉は勇躍、馬に乗り、門の前に張り付いた。

 「孫一、ぬしの部下はよい奴ばかりだのう」

 「ふん、うるさいやつばかりでござるよ。」

 憎まれ口を言いながら、孫一はどすどすと足音も荒く雑賀衆に戻って行った。

 火を用いて、徳川勢を混乱させ、その隙ににげる!

 しかし、これをやったら高台院様に迷惑をかけるの、だが仕方がない。

 予は高台院様に黙礼をした……

 彼女はわかってますよと言う様に笑ってくれた。

 もはや実行あるのみ!

 鉄砲隊の二十人にいくつものとっくり焼夷弾をもたせ、

 中庭で、門の両側にずらっと並べた。

 予は羅津鬼の上で捨丸に肩車をさせた。

 おう、見えるぞ、見えるぞ。

 何百人もの武者が槍をもち、すぐ門の外におるわ、おるわ。

 鉄砲もちらほらみえる。

 よし、やるぞ……

 地獄の親父様、秀頼を守ってくだされ!


 「目標、、塀の外の敵。点火!思いっきり投げよ!まずは甲の部隊」

 「てーッ」

 甲、部隊、十人が一糸乱れず、投擲!

 外で、瀬戸物の割れる音がする。

 「うわー。火じゃ、消せ消せ!」

 うまくいったぞ、もう一度じゃ。

 「乙、部隊、やや弱く、てーッ。」

 乙、部隊、弱、投擲!

 再び、割れる音、混乱が増しているのがわかる。

 よし。脱出じゃ。

 「門あけー。甲、乙の順に突進!」

 門が開いた。甲、一頭ずつ走り出る。

 出ると同時に発砲。

 次々に発砲しつつ、脱出していく。

 「ダダーン、ダダーン」

 敵は大混乱でわが部隊に対処していない。

 甲部隊の後に、予も脱出じゃ。

 その後、孫一を先頭に乙部隊が脱出する。

 「いくぞ、さらばじゃ、まんかかさま」

 「おたっしゃで」

その声を背中に聞きつつ門を飛び出た二人と一頭。

 委細かまわず、部隊を追う。

 一部、立ち直った敵がおんぶを襲う。

 右に捨丸が槍で突き、左に羅都鬼が蹴り飛ばす。

 正面から来た敵は予が短筒で撃つ。 

 正に三位一体の戦鬼じゃぁ〜

 他にも敵がいた気がするが、羅津鬼の足元に消えおったわ。

 先行した部隊には、容易に追いついた。

 サラブレットは早いのう……

 みな、満面の笑みで予らを迎えてくれた。 

 そして、乙部隊を待つ。

 ほどなく合流、二十二人全員、みな、無事じゃ。 

 「おんぶ大将、おんぶ様、ウォーッ」

 「ブ、ヒヒヒ、ヒーン」

 勝どきが嬉しいのう、羅都鬼もな。

 さあ、大坂城に帰るぞよ。

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る