第15話

第十五章(鉄砲騎兵隊、京へ)


【本文】

 つ、疲れたぞ、予は空腹じゃ。

 晩めしを食うぞ、なんじゃまた湯漬けといわしの干物か。

 あーつ、ビフテキが恋しいのう……

 「ともえ、予は疲れた。寝るぞ」

 「お布団は敷いてあります」

 「よいの、わかっておろうの?後からじゃぞ」

 「はい」

 ともえは真っ赤になって答える、楽しみじゃ~~


 予は布団に入って待った。


 …………


 次の瞬間、次の朝になっておった。

 なんか忘れてる気がするが、めざめが爽快じゃ。

 そうじゃった、そうじゃった!

 今日は京都へ、高台院様に会いに行く日じゃった。

 冒険じゃ、冒険じゃぁ〜〜

 大坂城のなかでずっと過ごすのなんて、まっぴらじゃ。

 少しは冒険せんと、面白くないわ。

 この間の戦いが忘れられんわ、あの高揚感をもう一度じゃ〜

 わくわくするのう。

 はよう、朝飯を食って支度せねばならん。

 「これ、朝飯はまだか?」

 また、いわしの干物と味噌汁か? 代わり映えせんのう。

 それになんか、ともえ、機嫌悪いのう……

 あッ、しまったぁ!昨夜また寝てしまった……

 すっぽかすのはこれで三度じゃのう。 

 仕方ないわ、連日疲れて、いっぱいいっぱいじゃからのう。

 気まずく朝食を終えた予は、表御殿へ向かった。


 * * * *


 そこには捨丸が完全武装で待っておった。

 おう、凛々しいのう、黒光りした南蛮作りの胴が映えるわ。 

 予もよろい、かぶとを着なくてはならん。

 「この度は隠密行動じゃ。目立ってはいかん、予のよろいかぶとの、金をはずせ」

 ただちに予の鎧から、金ぱくが削り取られた。

 うん、白銀ののつや出し風で、これもなかなか良いのう。

 「鉄砲騎兵隊は準備できておるかの?」

 「はッ、これに」

 表御殿前の広場に並ぶ二十騎の武者たち。

 総員、雑賀のてだればかりじゃ。

 鉄砲も馬もこなす、この時代に数少ないものたちじゃ。

 それに加え、短槍を即席で訓練し、騎兵隊ができあがった。 

 上手くいくか、お楽しみじゃの。

 「ブヒヒン!」

 「おー羅都鬼、おったか、久しいのう。会いたかったぞ」

 予と馬は、顔をこすりつけ合って、友情を確かめ合った。

 われらふたり、勇躍、羅都鬼にまたがる。


 「いざ出陣!」

 「おーッ、おんぶ大将、おんぶ大将!」

 このかけ声とともに部隊は、駈けはじめた。

 な、なにこのかけ声はなんじゃ?恥ずかしいぞ。

 おんぶ大将とは予のことか? みっともないではないか、ぜひ止めさせなければならん。

 「こ、こ、れ。す、て、ま、るよ。おん、ぶ。大将、はいやだ」

 この時代、道はデコボコ。その上、馬のうえとて、言葉がどどりおる。

 「お拾い様、おあきらめくだされ。皆にもう広がってござる。 

 あれはお拾い様をたたえているのでござるよ、拙者もおんぶ侍と呼ばれてござる」

 「うむ、む、む」

 くそ、捨丸め、いまおぬし、よろこんどったろう? 

 しからば、いまからおんぶ侍と呼んでやるわぁ……

 おぬしは、予のことをおんぶ大将とは呼べまい?

 「しからばおんぶ侍どの、なん時ぐらいで着けるかの?」

 「う!京まで、急げば二刻半(五時間)でござろう」

 いま、一瞬、イヤな顔をしおったぞ、ほほほ。

 「おんぶ大将様にはしばらくのご辛抱を!」

 なに〜、いいおったわ。

 などと、低次元の戦いをしながら、予の部隊は一路、京を目指して進む。


 予の鉄砲騎馬隊は、二十騎の鉄砲を持った騎馬武者と羅都鬼で構成されとる。

 十騎ずつ二つに分け、甲と乙と称する。

 甲が先を走り、羅都鬼をはさんで、乙が走るという編成だ。

 先頭にはもちろん、あの孫一が走る。

 一応、捨丸が指揮官であるが、鉄砲に関する戦いは副官格の孫一が指揮するであろう。

 その辺はきっちり決めておるはずじゃ、指揮の乱れは困るからのう。

 みな、背中に鉄砲とそれとクロスするようにごく短い短槍を背負っておる。

 携帯する鉄砲の種類は、普通の火縄銃とはちょっと違う。

 着火を火打ち石で行う、フリント式の鉄砲を背負っておる。 

 外国製じゃ。数は少ないが、輸入されておったのを、予が購入して、改造して装備させたのじゃ。

 作りが雑じゃったので、すりあわせを行って、命中率を向上させたものである。

 火縄式では火縄に火をつけておかなくてはならぬので、馬上で取り扱いしにくいのだ。

 ただ、フリント式は発射時、銃身が動きやすく、命中率が落ちるとされる。

 それで、精密な射撃を好むわが国で余り普及しなかったのであろう。

 ちなみにヨーロッパではフリント式が主流である。

 そして、予は、銃身に工夫して、ごく短い槍を装着できるようにしている。

 アタッチメント( 装着)を、 工夫したのじゃ。

 金属製を設計したのじゃが、この時代、金属の鋳造技術が貧弱で、簡単には作れぬ。

 職人を呼び、指示したが、半年はかかると言いおった。間に合わんぞよ。

 仕方ないので、これは技術が優れておる、木工職人に依頼した。

 すぐ出来たわ。耐久性はないが、一回の出撃ぐらいは耐えられる。

 これでもって、着脱して、接近戦ではやり付き鉄砲として使おうというわけである。

 その時はなんとも思わなかったが、後で考えてみれば、わが国初の、剣付ならぬ、槍付鉄砲じゃ。


 もちろん、いつでも撃てるように弾は装填済みじゃ。

 まあ、そんな編成で、わが鉄砲騎馬隊は進む。

 大坂城を出た部隊がまず進むのは淀川の右岸の堤である。

 わが父、豊臣秀吉さまが作られた堤の上を、部隊は疾走する。

 この道は伏見に通じておる。そこには伏見城がある。

 そこは西軍が攻めおとし、天主が焼けておるが、駐留しておった西軍の軍は離散しておる。  今は徳川勢がはいっておることであろう。

 当然のことながら、大坂城とを結ぶ道であるこの道、途中に徳川方の軍勢がいることは必至であろう。

 だが、関が原の戦いからまだ日がたっておらん、大軍はおるまい。

 どこかで敵とぶつかるか?丁度よいわ、わが部隊で蹴散らしてやるつもりである。

 わが新生、鉄砲騎馬隊のちから、見せてもらうぞよ!


 それから半時(一時間)後、休憩の為、われらは停止した。

 余り長く走ると馬をつぶしてしまう。

 機動力を重視した為、一頭も、替えの馬をもってきておらんし、羅都鬼の代わりはないからのう。 

 どの馬も、汗びっしょりじゃ、ケロッとしておるのは羅都鬼のみじゃな。

 馬達に、水を小川にて飲ませる。

 その間、地面に降り立った予は、立ったまま休んでおった。 

 尻が痛くてすわれんのじゃ!

 そこへ孫一が寄ってきて言いおった。

 「おんぶさま、おんぶさま。戦いのとき以来でござるな、すばらしき活躍と称号、おめでとうございます」

 へらへら笑いながら頭をさげおった。

 こいつめ、予が嫌がっているのを知ってわざと言っとらんか?

 「うむ、ありがとう。そちにも称号を授けよう。『おんぶ侍甲』じゃ。これからそう名乗れ、よいな!」

 「ひえ〜 そ、そのような名は勘弁してくだされ!」 

 「なに、『おんぶ侍乙』のほうがよいか?」

 「ご、ごかんべん〜」

 孫一の奴、あわてて逃げおったわ。


 再び出発した鉄砲騎馬隊は一路、京へ向かう。

 予の尻が、再び日本猿の尻もかくや、という様な真っ赤な尻になってしまった頃、前方に道をふさぐ者どもが見えた。

 「秀頼さま、敵の検問所でござる」

 「ふむ、鉄砲騎馬隊のちから、見せてやれ」

 「はッ。孫一どの、孫一どの。手筈どおりにお願いする!」

 捨丸が大声で叫ぶと、先頭を走る孫一が振り返ってにやりと笑った。

 ふむ、この様な場では頼もしき奴よのう。

 敵どもも、こちらを見つけたらしく、わらわらと集まり、迎え撃つ態勢をとり始めている。 その数、二百ぐらいか。

 「止まれ!」

 孫一が命じた。

 疾走していた騎馬隊は、あと二十間(約四十メートル)のところで止まった。

 「下馬じゃ。そんで、みなの衆、撃っちゃれ!」

 あまり品良くない孫一の掛け声で、二十名の騎兵はゾロゾロ降りると、各自狙いが突き次第、撃ち始めた。

 「ズガーン、ズガーン、ズガーン」

 バラバラの発射音だが、一発必中である。名人ぞろいなのだ。 

 この距離では外れっこない。敵はバタバタと倒れ、大混乱である。

 あたり一面、黒色火薬の煙とにおいが充満している。

 このにおいをかぐと、予は興奮する。

 エンドルフィンが脳を駆け巡り、そらもう大興奮じゃ!

 いよいよじゃ! 楽しみじゃ!

 このスリルの為に来たようなもんじゃからのう。

 あまり、総大将にはむいとらんな、予は。やめられんぞ、この気分は……

 羅都鬼も興奮して身をうごかし、捨丸は押さえ込むのに苦労しとるわ。

 「秀頼さま、いきますぞ」

 え?なんだ、いくのか? 単身で? そりゃ、ちと怖いの。

 「皆の者、鉄砲に槍をつけよ。そしてわれ等の後に続け!」

 次の瞬間、戦鬼は疾走に移った。

 すごい勢いじゃ〜単身で、敵に突っ込む戦鬼!

 大身の武士と巨大な馬が、黒色火薬の、白煙の壁を突き抜け、つっこんでくる。

 まるで魔獣のようである。

 敵からしたら、えらい怖いぞ。

 「ウオオーッ」

 我ら、秀頼と捨丸は共に叫びながら突っ込んだ。

 敵陣に飛び込んだ戦鬼は、縦横無尽に突き、踏みつけ、叫び(これは予?)暴れまわる。

 敵は大混乱に陥っておる。

 捨丸は馬上から目ぼしい武者を突きまくる。

 一撃すると委細かまわず、次から次から突く、刺す。

 すばらしき槍術じゃ、相手にまともに向き合う間すらあたえぬ。

 この間の戦いで一皮むけたか、もはや鬼神のごとく強いぞ! 足軽なぞはひとにらみで逃げていく。

 敵は、大混乱の上にも大混乱である。

 これはいかんと敵の大将、声をからして叫んでおる。

 「いくら強くともたかが一騎、包め!包み込んでうちとれ!」

 そう簡単にこのおんぶ大将が討ち取られるかよ。

 見よ、見よ、この強さを、この速さを!

 すっかり予は自分が戦っている気分であった。

 しかし、長引くとこちらは一騎、ちとまずいなと思った瞬間、孫一を先頭に、鉄砲騎兵隊が突っ込んできた。

 「秀頼様、お待たせ!みんな、やっちまえー」

 「お、おーっ」

 「おう、待ちかねたぞ」

 「かたじけなし」

 予と捨丸、ホッとして声をかける。

 二十騎はすべて雑賀衆のてだれじゃ。

 すべて孫一の手下で、生まれて後、常に鉄砲とともにあった男たちじゃ、鉄砲のプロじゃ。

 皆、一様に銃を片手に持ち、短槍をとりつけた特製の、剣つき鉄砲ならぬ槍つき鉄砲で敵を突く。

 みな、器用じゃぁ…… 

 陣地内で、輪のりをこなしながら、クルクルと逃げる敵を追いまわしていく。

 これにはたまらず、敵は総崩れじゃ。

 「退け、退けーッ」

 あっという間に敵は居なくなった。

 さすがプロの武者たちである、逃げ足が速いのう。

 予は感心しておると、勝どきがあがった。

 「おんぶ大将、おんぶ大将! オーッ!」

 皆、ニコニコして予を見つめている。

 孫一なんかニヤニヤじゃ。

 もはや仕方あるまい、予はおんぶ大将じゃ……


 その場で、再び弾ごめを素早く行った騎馬鉄砲隊、予の命を待っておる。

 先を急ぐぞよ、ものども。

 再び疾走がはじまった。

 「伏見をぬければ、京も、すぐじゃの」

 「この後、敵と会わなければ半時でござろう」

 「ブルッツ、ブルッツ」

 ふたりと一頭で話していると楽しく、尻の痛みも忘れられるわ。

 「ウオーツ!」

 突然、斜め前の藪から武者がわらわらとわき出てきた。

 待ち伏せされたぞ、どうする?と聞くまもなく、孫一が叫ぶ。

 「馬上射!」

 「順番!」

 「甲さき、乙あと!」

 前の十名の騎馬兵が、片手に銃を持ち、発砲する。

 ズガ、ガーン。

 ほとんど、一斉に発砲する。

 敵がバタバタと、後ろに倒れた。

 神業じゃ!

 予は知っていても、びっくりしたぞ。

 敵もそう思ったらしく、あわてて逃げ始めた。

 そこに次は乙の射撃が続く。

 バタバタと、こんどは前に倒れた。

 撃たれかたで、身体の倒れる方向が違う。

 面白いのう、予は背中で見とった。

 我らはあっというまにその場を通りすぎていった。

 「捨よ」

 「はッ」

 「この部隊、使えるの」

 「はッ」

 「強襲偵察隊にうってつけじゃ」

 「はあ?」

 「偵察と攻撃が両方できる部隊よ。いけるぞ」

 「よいか、今後のいくさは、情報が戦いを制す、じゃぞ」

 「ほー、なるほど。為になり申す」

 本当はわかっとらんみたいじゃが、まあよい。おいおいやるとしよう。

 それから京までは、ふたたび敵に会うこともなく、到着した。

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